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犬次郎編12 大魔神サヤカ

 知る人ぞ知る老舗スナック『大魔神』。


 聞き上手のママがいることと、地酒の銘酒『真魔王』が飲めることで有名だった。


 昼間は、みなぎあふれる魔力で魔物どもをパゥワーアップさせていたババアも、17時の定時を迎え、ここにやって来ていた。


 ラーララ♫ ラーラ♫ ラ・ラ・ララーララ♫


 カウンターに置いたガラケー(ストラップ増し増し)から『マツ○ンサンバ』の着メロが流れる。


 ババアは二つ折りのガラケーを開くと、着信画面に『軍魔司令パパチチイヤン2世』の名前を見るや否や、ため息をついてそっと閉じた。


「…出なくていいの?」


 カウンター越しに立つ和服美女…ママが妖しげに微笑む。


「いいの。どうせ大した用事じゃないんだから…」


 頬杖をついて、ババアはカクテルグラスに浮かぶ真っ赤なチェリーを見やる。


 ちょっと揺らすだけで浮き沈みを繰り返すチェリー…それはまるで自分の今の心のようだとババアは思った。


「またご主人のことを考えていたの?」


「ママ。その話は…」


 今はそんな話をしたい気分ではなかった。




──




 ここで唐突だが、ババアがママに話した回想。


 ジジイは芝刈りが仕事だった。


 「芝刈りって何やねん」と人々は思うかも知れんが、筆者が必死に妄想した結果、“芝”は“柴”に似てる気もしなくもないので、『犬をる者』であるとの結論に達し……まあ、そんなことはどうでもいいが、つまりジジイの仕事は“畑を荒らす野良柴犬を狩ること”だったのだ。



 ジジイはボルトアクション式ライフルM24を構え、低倍率スコープで獲物を追う。


 そして、獲物が汚染汁を電柱にぶっかけ始めたところで、十字線レティクルがピタッとその額部分を捕らえた。


「……いい子だ。動くなよ」


 ジジイは小さく呟くと、すんばらしい絶妙なタイミングで7.62mm弾が銃口から飛び出した!


 チュイン!


 だが、なぜか銃弾は電柱に当たる。


「ワン!?」


 獲物…柴犬はそれにびっくら仰天した。


「キャイン! キャンキャン! キャイ〜ン!」


 危険が危ないと察した柴犬は、トットコと藪の方へと逃げて行ってしまう。


「チッ。外したか…」


 口に咥えていたタバコをプッと吐き捨て、ジジイは震える手でライフルを下ろす。


 そう。照準が合っていたのに当たらなかったのは、手が小刻みにプルプルと震えていたからに他ならない。


「今日の収穫はゼロか…まあいい。次はない」


 革手袋に覆われた手で、ウェスタンハットのツバを持ち上げてウインクする。


 実は昨日も同じことをやっているのだが、認知症がかなり入り始めたジジイはすっかりそんなことを忘れていた。


 恐らく、明日も同じ結果になって、柴犬の次はあることだろう。


 ジジイは銃をケースにしまうと、家路へと向かう。


 ああ、今日もよく働いた。超後期高齢者の彼の仕事(およそ5分弱)は、これで終わりなのだ──。



「お帰り。ジ・ジ・イ♡」


「うおわッ!?」


 家の玄関を開けて入ると、そこには“バケモノ”が居た。


 アヒル口、裸エプロン、前屈み…男が理想とするお出迎えスタイルと言えよう。


 しかし、それは美女か美少女がやればの話だ。


 これをやったのは超後期高齢者だ!


  …いや、オブラートに包むのは止めよう。


 これをやったのは、ババア! ババアなのだ!!


 アヒル口はまるでタコの漏斗のようであり、裸エプロンはのたうち回る海蛇のようで、前屈みになったせいで巨大スルメ2体が地面にまで到達している…まさに深海の如き不穏な暗黒がそこには漂っていた。


「な、何をやっとるか! ババア!」


「何をって、サービスサービス?」


 どこぞの女司令官のような真似をしてウインクしてみせる。ジジイは怖気が走って身震いした。


「自分を幾つだと思ってやがる! 1998歳(超後期高齢者)だろうが! もうすぐ2回目のミレニアムだぞ! 少しは年齢としを考えろ!」


「だってぇ〜♡」


「裏声使って甘えた声だすな! 胸糞悪い!」


 ジジイは銃の入ったケースを押し付けると、靴を放り捨てて居間へと向かった。


 残されたババアは不服顔だ。


 そうだ。ババアは欲求不満だった。


 それはここ数百年、ジジイが相手をしてくれず芝刈りばかりしてるからだ。


 ババアは炊事、洗濯、掃除でもしていろ……そんな性差別はもうまっぴらだ。


 何千年経とうが、ババアの心は17歳の乙女のままだった。


 ババアは諦めない。ケースを床に投げ落とすと、去ろうとするジジイの腕に絡みつく。


 ジジイはそんなオクトパスホールドに耐えつつ、急須から茶を注ぐ。


 ババアにはやらせない。やらせたら最期、バイ○グラを混入されるからだ。


「ジジイ♡ ワタス、赤ちゃんほすぃの♡」


「ブーッ!」


 ジジイが緑茶を吹き出した!


「な、なにを考えてんだ! このクソババア!」


 突き飛ばされ、ババアはショックを受ける。


「そんな寝言は転生してから言え! 胸糞悪い!」


 ババアは不満だった。


 付き合う前はジジイから擦り寄って来て、新婚ホヤホヤの時は「やらせてくれ〜やらせてくれ〜」とせがんで来たのはジジイだったじゃないか。


 若い頃、「一生お前を大切にする」とか、「永遠に愛する」とか、そう言っていたのはジジイの方だったじゃないか。


 たった2000年で失われる愛のどこに真実があるというのか?


 世の中には1億と2000年前から愛して、8000年前にもっと燃え上がる愛もあると言う話じゃないか。


「わ、ワタスとは遊びだったのねッ!!」


 ババアが怒りに震える。


「はぁー?!」


 1900年以上一緒にいて何を今更とジジイは思う。


 しかし、ジジイが手を上げようとした瞬間、腹巻きから何かが落ちた。


 それはジジイが通っていたオッパブ『ムチプリ』のサヤカちゃんの名刺だったのだぁ!!


「し、しまった!」


「オッパイのことかーーーーッ!!!!!」


 ババアは怒りにブチ切れる!!


 人間、2000年近くも生きていればスーパー超地球人にだってなる!


 魔力だって得る!


 ババアってのは、そういうものだ!!


 そして嫉妬に怒り狂ったババアの周囲の温度は急上昇する! 血圧と尿酸値と共に!!


 健康に気をつけろなんて医者の言う事なんて聞かねぇ! ババアに説教たれた医者の方が、1800年も前に先に全員逝っちまったからだ!


 そして、マグマの如く煮えたぎったババアの憤怒の業火がジジイに襲いかかる!!


「ぎええええ!!!!!! そ…そんな…」


 ジジイは消滅して消し炭となった。


「し、しもうた! やっちまった! ジジイ! ジジイを!! あーん、怒りの余り燃やし尽くしてしまったわーい(涙)!」


 ババアはアンガーマネジメントできなかった自分を激しく呪ったのであった──




──




「──というわけで、後悔したワタスは、ジジイの消し炭を使って塵太郎として再生したのよ」


 遠い目をしてババアは語る。


 語りたくないとか言いつつ、バリバリ語る…それがババアだ。


 人の話は聞かないが、人に話はしたがる。それがババアのサガだった。


「…それでアッチの方は?」


 ママに聞かれ、ババアは頬を朱に染める。


「いやね。こんなババアに聞くことじゃないわよ」


 まったくである。


「でも、大事なことでしょ。私だって…全魔力の籠った玉袋さえ失わなければこの世界の支配者だったのに」


 ママは窓越しに降り出してきた雨を見やってホウと息を吐く。


「お互い大事なモノを失ったのね」


「ええ。似た者同士ね、アタスたち」


 グラスを打ち付け合い、ババアとママは互いに微笑み合う。


 その時、ママの帯締めから何かがハラリと落ちた。


 ババアはカウンターに落ちたそれを拾う。


「オッパブの名刺…? こ、これは『ムチプリ』の…“サヤカ”?」


「あ。いけない。私の副業なの…他のスタッフには秘密にしててね♡」



 この日を境にして、スナック『大魔神』はこの世から消滅することになったのであーーった!

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