斜めになった看板に、『
どう見ても怪しい。怪しすぎる。
「…しかも、“出張所”って書いてあるけど」
「おう。大丈夫なんかいのぅ?」
「…お前たちは止めておくか?」
ふたりは顔を見合わせる。
「……どうせ俺たちには選択肢なんてないんだ」
そう。塵太郎を用水路に流した時に、俺たちの未来は決まっていた。
『ノック不要』と書かれていたので、そのまま扉を開く(犬だから開けられん。猿三郎にやらせた)。
薄暗い部屋の中、何者かの荒い息づかいが聞こえる。
「おい、この、何かの店…なんじゃろ。一応は」
猿三郎の質問には答えられなかった。俺も全く同じことを思っていたからだ。
「あそこにいるのが店員かしら?」
翼で雉四郎が示す。確かに何者かが座ってる姿が見えた。
「くッ!」「うッ!」「えッ!」
俺たち3匹は同時に変な声を漏らした。
というのは、そこにいたのは“鬼”に見えたからだ。
その“鬼”がゆっくりと振り返る。
「入門希望者か!?」
それは“鬼”ではなかった。
鬼なみの体躯をしていたが、頭に角はない。肌の色も赤や青じゃない。普通の日焼けした小麦色だ。
ただサングラスをかけ、裸体で赤パン一丁だ。そして、どうしてかミカン箱の上に座っていた。
「よし! まずは正拳突き1,000本からだ!」
「ちょ、ちょっと待つんじゃぁッ!」
「ん? なんだ? 武神に弟子入りしに来たんじゃないのか?」
武神?
よく見たら、股間に金文字で『神』とある。ヤバイ。これは間違いなくヤバイ。
「こ、ここは他の世界へ異動してくれるところだと聞いたんだが…」
「柴犬! おー! ヨチヨチ!」
グラサンはいきなり俺を鷲掴みにしてくる。
「な、撫でるな! …わ、ワフゥ♡」
だ、ダメだ…。お腹は弱いのだ。
「ちょっと、話が進まないわ! アナタ、店員さんじゃないの?」
「店員? 俺は武神ゴッデムッ!」
「武神? ゴッデム?」
「違う! 武神はつけなくてもいい! こんな肩書はただのお飾りに過ぎん!」
じゃあ名乗らなきゃいいじゃないか。なにを言ってるんだコイツは。
「俺の名はゴッデムッ! だ!」
「ゴッデム?」
「ち・が・う! ゴッデムッ!」
「ゴッデムッ! ……???」
「そうだ! 異世界から来た神だ! 神故に〜! ゴッデムッ!!」
ゴッデムとやらは、左手首を右手で押さえつつ、空に向かって拳を突き出す。
「なんだそれは?」
「なに? “ゴッデムポーズ”を知らんのか?」
「「「ゴッデムポーズ???」」」
「よく見ろ! このよく日焼けした大胸筋が引き伸ばされ、乳首が浮き立ち、魅惑的な脇が顕になる。剃り残しはない。つまりパーフェクトなポーズということだ!!」
まったく意味が解らん。
だが、とりあえず、コイツがゴッデムという名なのだけは解った。
「と、とにかくじゃ! ここに来たわけは、ワシらを今すぐにでも異世界に異動してほしいからなんじゃ!」
「……ああ、なるほど。確かにそういう副業もしてはいる」
ゴッデムは頷く。
異動サービスは副業なのか? ますます怪しい感じしかしない。
「金は?」
「「ない!」」「ないわ!」
「なら無理だろ!」
確かにそうだ。
俺たちには金がない。
「金はないが物なら…」
「こ、これは……」
俺が差し出したものを、ゴッデムはマジマジと見やる。
「骨か!?」
俺の大事な晩飯だ。しかも大腿骨部分だ。正直、くれてやるのは惜しい。
「あ、アタシも!」
「羽根!? 雉なのに孔雀の羽根!?」
「好きだったイケメソ鳥のなの。お宝よ」
ゴッデムは骨と羽根を見比べている。
「…猿三郎。お前も」
「うむ」
猿三郎が差し出したもの…それはカップ麺によく入っている乾燥肉だ。しかも若干欠けている。
「……」
ゴッデムがプルプルと震えている!
「ゴッデムッ!!」
両手の中指を立てて、ゴッデムが叫ぶ!!
「金がないなら帰れ! と、言いたいところだが! 俺はアニマルが好きだ! だから特別に異動させてやる!!」
「ほ、本当か?」
「ただーし!」
「ただし?」
「肉球には触らせてもらう!」
「……どうぞ」
プニプニプニ…
「さあ! 異動させるぞ!」
「「「おー!」」」