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犬次郎編02 金が無いけど異動

 斜めになった看板に、『SシラキAオールWワールドTトランスファーSサービス』と書いてあった。


 どう見ても怪しい。怪しすぎる。


「…しかも、“出張所”って書いてあるけど」


「おう。大丈夫なんかいのぅ?」


「…お前たちは止めておくか?」


 ふたりは顔を見合わせる。


「……どうせ俺たちには選択肢なんてないんだ」


 そう。塵太郎を用水路に流した時に、俺たちの未来は決まっていた。


 『ノック不要』と書かれていたので、そのまま扉を開く(犬だから開けられん。猿三郎にやらせた)。



 薄暗い部屋の中、何者かの荒い息づかいが聞こえる。


「おい、この、何かの店…なんじゃろ。一応は」


 猿三郎の質問には答えられなかった。俺も全く同じことを思っていたからだ。


「あそこにいるのが店員かしら?」


 翼で雉四郎が示す。確かに何者かが座ってる姿が見えた。


「くッ!」「うッ!」「えッ!」


 俺たち3匹は同時に変な声を漏らした。


 というのは、そこにいたのは“鬼”に見えたからだ。


 その“鬼”がゆっくりと振り返る。


「入門希望者か!?」


 それは“鬼”ではなかった。


 鬼なみの体躯をしていたが、頭に角はない。肌の色も赤や青じゃない。普通の日焼けした小麦色だ。


 ただサングラスをかけ、裸体で赤パン一丁だ。そして、どうしてかミカン箱の上に座っていた。


「よし! まずは正拳突き1,000本からだ!」


「ちょ、ちょっと待つんじゃぁッ!」


「ん? なんだ? 武神に弟子入りしに来たんじゃないのか?」


 武神?


 よく見たら、股間に金文字で『神』とある。ヤバイ。これは間違いなくヤバイ。


「こ、ここは他の世界へ異動してくれるところだと聞いたんだが…」


「柴犬! おー! ヨチヨチ!」


 グラサンはいきなり俺を鷲掴みにしてくる。


「な、撫でるな! …わ、ワフゥ♡」


 だ、ダメだ…。お腹は弱いのだ。


「ちょっと、話が進まないわ! アナタ、店員さんじゃないの?」


「店員? 俺は武神ゴッデムッ!」


「武神? ゴッデム?」


「違う! 武神はつけなくてもいい! こんな肩書はただのお飾りに過ぎん!」


 じゃあ名乗らなきゃいいじゃないか。なにを言ってるんだコイツは。


「俺の名はゴッデムッ! だ!」


「ゴッデム?」


「ち・が・う! ゴッデムッ!」


「ゴッデムッ! ……???」


「そうだ! 異世界から来た神だ! 神故に〜! ゴッデムッ!!」


 ゴッデムとやらは、左手首を右手で押さえつつ、空に向かって拳を突き出す。


「なんだそれは?」


「なに? “ゴッデムポーズ”を知らんのか?」


「「「ゴッデムポーズ???」」」


「よく見ろ! このよく日焼けした大胸筋が引き伸ばされ、乳首が浮き立ち、魅惑的な脇が顕になる。剃り残しはない。つまりパーフェクトなポーズということだ!!」


 まったく意味が解らん。


 だが、とりあえず、コイツがゴッデムという名なのだけは解った。


「と、とにかくじゃ! ここに来たわけは、ワシらを今すぐにでも異世界に異動してほしいからなんじゃ!」


「……ああ、なるほど。確かにそういう副業もしてはいる」


 ゴッデムは頷く。


 異動サービスは副業なのか? ますます怪しい感じしかしない。


「金は?」


「「ない!」」「ないわ!」


「なら無理だろ!」


 確かにそうだ。


 俺たちには金がない。


「金はないが物なら…」


「こ、これは……」


 俺が差し出したものを、ゴッデムはマジマジと見やる。


「骨か!?」


 俺の大事な晩飯だ。しかも大腿骨部分だ。正直、くれてやるのは惜しい。


「あ、アタシも!」


「羽根!? 雉なのに孔雀の羽根!?」


「好きだったイケメソ鳥のなの。お宝よ」


 ゴッデムは骨と羽根を見比べている。


「…猿三郎。お前も」


「うむ」


 猿三郎が差し出したもの…それはカップ麺によく入っている乾燥肉だ。しかも若干欠けている。


「……」


 ゴッデムがプルプルと震えている!


「ゴッデムッ!!」


 両手の中指を立てて、ゴッデムが叫ぶ!!


「金がないなら帰れ! と、言いたいところだが! 俺はアニマルが好きだ! だから特別に異動させてやる!!」


「ほ、本当か?」


「ただーし!」


「ただし?」


「肉球には触らせてもらう!」


「……どうぞ」


 プニプニプニ…


「さあ! 異動させるぞ!」


「「「おー!」」」

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