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第三十五話 陰陽の狭間 ― 信長の選択

 永禄十一年(1568年)秋。

美濃国、岐阜城。

広間には、信長の家臣たちが集い、論功行賞の宴が催されていた。

杯を交わし、勝利を祝う声、豪快な笑い声、そして、静かに次の戦に備える者たちの緊張感。

様々な感情が渦巻く中、信長は、上座に座り、家臣たちを鋭い眼光で見据えていた。



「宗則、進み出よ」



信長の声が、静寂を切り裂くように響き渡った。

宗則は、緊張しながら、信長の前に進み出た。



「宗則、お主の働き、見事であった」



信長は、宗則に、杯を差し出した。



「箕作城、観音寺城での戦、敵方の調略、どれもお主の手腕によるものだ」



「はっ! ありがたき幸せにございます!」



宗則は、信長から盃を受け取り、一息に飲み干した。

信長の視線は、鋭く、宗則の心を射抜くようだった。



「お主には、陰陽師としての正式な任命を与えることにしよう。これは朝廷とのやり取りを通じて決まるが、わしが取り計らう」



「そのような名誉をいただけるとは、光栄にございます。精一杯務めさせていただきます!」



宗則は、頭を下げ、信長への感謝と決意を込めて、そう答えた。



信長は、宗則の言葉を聞き、静かに頷いた。

信長は、宗則の才能を高く評価していた。

しかし、同時に、彼の力が、制御できないものになったら…という不安も、抱いていた。



かつて、信長は、自らの父を、家臣に殺された。

その家臣は、信長の父に、才能を認められ、寵愛を受けていた。

しかし、その家臣は、力を持ちすぎたことで、野心を抱き、主君を裏切ったのだ。



信長は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。



「宗則、わしは、お前の力を信じている。だが、その力を、決して私利私欲のために使ってはならぬぞ」



信長の言葉は、警告であり、そして、期待であった。

宗則は、信長の言葉に、自らの力の大きさと、その責任の重さを、改めて実感した。



「はっ」



宗則は、信長の言葉に、深く頷いた。

彼は、信長の期待に応え、自らの力を、正しく使っていくことを、心に誓った。



信長は、周囲の家臣たちを見渡し、さらに言った。



「宗則には、このような報酬を与えた。皆も、これからの戦で力を尽くすことを期待している」



席は一旦締めくくられ、家臣たちはそれぞれの役割に戻るべく立ち上がった。

宗則はその後ろ姿を見つめ、信長の期待と警戒の眼差しを感じ取った。

陰陽師としての職位は大きな名誉であり、彼はその重責をしっかりと胸に刻み込んだ。

しかし、その力を使うことには慎重さが求められることを、信長の言葉が改めて思い起こさせた。



宗則の隣に控えていた綾瀬は、静かに信長を見つめていた。

信長の鋭い観察眼に、綾瀬は、緊張を覚えた。



(信長様は…宗則様の力を…恐れて…おられる…?)



綾瀬は、心の中で、呟いた。

彼女は、信長の過去を知っていた。

そして、信長が、宗則の力に、期待する一方で、恐れていることも、理解していた。



「宗則殿、おめでとうございます」



勝家は、宗則に、力強く声をかけた。



「これで、お主も、織田家の正式な一員だ! わしの軍師として、共に、天下を目指そうぞ!」



「はっ! 勝家様!」



宗則は、勝家の言葉に、深く頭を下げた。



「宗則殿、おめでとうございます」



隼人も、宗則に、笑顔で言った。



「これからも、一緒に、頑張りましょう!」



「ああ、隼人殿!」



宗則は、隼人の言葉に、心から感謝した。



宗則は、自室に戻ると、綾瀬に、春蘭からの手紙の内容を伝えた。



「春蘭様は、蓮様の真意が分からず、不安だと…おっしゃっています…」



「そして…二条尹房殿の動きも…怪しい…と…」



綾瀬は、宗則の言葉を聞き、静かに頷いた。



「都は、まだ、危険な状態のようです」



「綾瀬、私は、どうすれば良いのだろうか?」



宗則は、綾瀬に、尋ねた。

彼は、信長への忠義と、春蘭への想いの間で、揺れ動いていた。



「宗則様、あなたは、信長様にお仕えすると決めたはずです」



綾瀬は、静かに言った。



「しかし、春蘭様が危険な目に遭っているかもしれぬのに…」



宗則は、苦しげに言った。



「私は、春蘭様を助けたい」



「宗則様…」



綾瀬は、宗則の苦悩を、理解していた。



「あなたの心が決めた道を進めば良いと思います」



綾瀬の言葉は、静かだったが、力強かった。



宗則は、綾瀬の言葉に、心を決めた。



(私は、信長様の上洛を成功させる。そして、その暁に、都へ戻り、春蘭様を救う!)



宗則は、心の中で、誓った。

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