永禄十一年(1568年)秋。
美濃国、岐阜城。
広間には、信長の家臣たちが集い、論功行賞の宴が催されていた。
杯を交わし、勝利を祝う声、豪快な笑い声、そして、静かに次の戦に備える者たちの緊張感。
様々な感情が渦巻く中、信長は、上座に座り、家臣たちを鋭い眼光で見据えていた。
「宗則、進み出よ」
信長の声が、静寂を切り裂くように響き渡った。
宗則は、緊張しながら、信長の前に進み出た。
「宗則、お主の働き、見事であった」
信長は、宗則に、杯を差し出した。
「箕作城、観音寺城での戦、敵方の調略、どれもお主の手腕によるものだ」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」
宗則は、信長から盃を受け取り、一息に飲み干した。
信長の視線は、鋭く、宗則の心を射抜くようだった。
「お主には、陰陽師としての正式な任命を与えることにしよう。これは朝廷とのやり取りを通じて決まるが、わしが取り計らう」
「そのような名誉をいただけるとは、光栄にございます。精一杯務めさせていただきます!」
宗則は、頭を下げ、信長への感謝と決意を込めて、そう答えた。
信長は、宗則の言葉を聞き、静かに頷いた。
信長は、宗則の才能を高く評価していた。
しかし、同時に、彼の力が、制御できないものになったら…という不安も、抱いていた。
かつて、信長は、自らの父を、家臣に殺された。
その家臣は、信長の父に、才能を認められ、寵愛を受けていた。
しかし、その家臣は、力を持ちすぎたことで、野心を抱き、主君を裏切ったのだ。
信長は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。
「宗則、わしは、お前の力を信じている。だが、その力を、決して私利私欲のために使ってはならぬぞ」
信長の言葉は、警告であり、そして、期待であった。
宗則は、信長の言葉に、自らの力の大きさと、その責任の重さを、改めて実感した。
「はっ」
宗則は、信長の言葉に、深く頷いた。
彼は、信長の期待に応え、自らの力を、正しく使っていくことを、心に誓った。
信長は、周囲の家臣たちを見渡し、さらに言った。
「宗則には、このような報酬を与えた。皆も、これからの戦で力を尽くすことを期待している」
席は一旦締めくくられ、家臣たちはそれぞれの役割に戻るべく立ち上がった。
宗則はその後ろ姿を見つめ、信長の期待と警戒の眼差しを感じ取った。
陰陽師としての職位は大きな名誉であり、彼はその重責をしっかりと胸に刻み込んだ。
しかし、その力を使うことには慎重さが求められることを、信長の言葉が改めて思い起こさせた。
宗則の隣に控えていた綾瀬は、静かに信長を見つめていた。
信長の鋭い観察眼に、綾瀬は、緊張を覚えた。
(信長様は…宗則様の力を…恐れて…おられる…?)
綾瀬は、心の中で、呟いた。
彼女は、信長の過去を知っていた。
そして、信長が、宗則の力に、期待する一方で、恐れていることも、理解していた。
「宗則殿、おめでとうございます」
勝家は、宗則に、力強く声をかけた。
「これで、お主も、織田家の正式な一員だ! わしの軍師として、共に、天下を目指そうぞ!」
「はっ! 勝家様!」
宗則は、勝家の言葉に、深く頭を下げた。
「宗則殿、おめでとうございます」
隼人も、宗則に、笑顔で言った。
「これからも、一緒に、頑張りましょう!」
「ああ、隼人殿!」
宗則は、隼人の言葉に、心から感謝した。
宗則は、自室に戻ると、綾瀬に、春蘭からの手紙の内容を伝えた。
「春蘭様は、蓮様の真意が分からず、不安だと…おっしゃっています…」
「そして…二条尹房殿の動きも…怪しい…と…」
綾瀬は、宗則の言葉を聞き、静かに頷いた。
「都は、まだ、危険な状態のようです」
「綾瀬、私は、どうすれば良いのだろうか?」
宗則は、綾瀬に、尋ねた。
彼は、信長への忠義と、春蘭への想いの間で、揺れ動いていた。
「宗則様、あなたは、信長様にお仕えすると決めたはずです」
綾瀬は、静かに言った。
「しかし、春蘭様が危険な目に遭っているかもしれぬのに…」
宗則は、苦しげに言った。
「私は、春蘭様を助けたい」
「宗則様…」
綾瀬は、宗則の苦悩を、理解していた。
「あなたの心が決めた道を進めば良いと思います」
綾瀬の言葉は、静かだったが、力強かった。
宗則は、綾瀬の言葉に、心を決めた。
(私は、信長様の上洛を成功させる。そして、その暁に、都へ戻り、春蘭様を救う!)
宗則は、心の中で、誓った。