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閑話 信長の矢銭

信長は、足利義昭を奉じて上洛を果たし、京の都に新たな秩序を築き始めていた。

しかし、彼の天下統一への道は、まだ始まったばかりだった。



信長は、上洛と、その後の軍事行動に必要な莫大な資金を調達するため、京の商人衆と、強大な権力を持つ仏教寺院・本願寺に、矢銭を要求した。



「堺の商人どもには、二万貫を。本願寺には、五千貫を。わしの天下統一のため、喜んで、銭を出すであろう」



信長は、家臣たちを前に、そう高らかに宣言した。

彼の言葉には、揺るぎない自信と、冷酷なまでの意志が込められていた。



信長の命を受け、宗則は、堺と本願寺へと向かうことになった。



宗則は、綾瀬と共に、堺の豪商たちが集まる会合場所へと向かった。

立派な門構えの屋敷に入ると、豪商たちは、すでに広間に集まっていた。

彼らは、信長からの使者である宗則を、警戒と好奇心が入り混じった視線で見つめていた。



「信長様からの矢銭の要求、いかがでございましょうか?」



宗則は、商人衆に、信長からの書状を手渡した。



「二万貫だと? ふざけるな! 人の命よりも大事な銭を、ホイホイと出せるか!」



豪商の一人が、書状を床に叩きつけ、怒号した。

他の豪商たちも、口々に、信長への不満をあらわにした。



「信長様は、上洛を果たし、今や、この国の最も有力な戦国大名でございます。彼に逆らうことは、賢明とは言えません」



宗則は、静かに、しかし、力強く言った。



「黙れ! 我ら堺の商人衆は、いかなる権力にも屈しない! 信長といえども、堺の自由を奪うことはできぬ!」



豪商たちは、一歩も引かない構えを見せた。

彼らは、信長に屈するつもりはなかった。



「ならば…あなた様方…は…信長様…に…刃向かう…と…いう…こと…ですか…?」



「そのようなことを申しているのではない! しかし、二万貫とは、あまりにも法外な…」



豪商たちは、なおも抵抗しようとしたが、宗則の鋭い視線に、言葉を詰まらせた。

その時、宗則は、懐から、一枚の護符を取り出した。

護符には、複雑な模様が描かれ、中央には、八咫烏の紋章が、赤く輝いていた。



「わたくしは、この護符を使い、海を操り、堺の港を封鎖することもできます」



宗則は、護符を、商人たちの目の前で、ゆっくりと燃やした。

すると、窓の外で、風が吹き荒れ始め、海が、不気味に波打つのが見えた。

商人たちは、宗則の言葉と、彼の能力に、恐怖を覚えた。

彼らは、信長に逆らうことの危険性を、改めて実感した。



「…ぐぬぬ…しかし…二万貫…と…は…」



豪商たちは、まだ抵抗しようとしたが、宗則は、静かに言葉を切った。



「…信長様は…あなた様方…の…力…を…必要としておられます…そして…あなた様方…も…また…信長様…の…力…を…必要とする時が…来る…かもしれません…」



宗則は、意味深な言葉を口にした。

商人たちは、顔を見合わせ、互いに目配せをした。

彼らは、宗則の言葉の裏に、何か別の意図を感じ取った。



「…分かりました…宗則殿…我々…は…信長様…に…矢銭…を…支払うことに…いたします…」



豪商たちは、渋々、そう言った。

彼らは、信長の力に屈服したのだ。



宗則は、綾瀬と共に、本願寺へと向かった。

本願寺は、巨大な伽藍を構え、多くの僧侶たちが、修行に励んでいた。

宗則は、本願寺の住職に、信長からの書状を手渡した。



「信長様は、本願寺様に、五千貫の矢銭をお願いしております」



宗則は、静かに言った。



住職は、書状を受け取ると、静かに目を通した。

彼の表情は、読めない。



「信長殿は、なぜ、我らに、矢銭を…?」



住職は、宗則に、静かに尋ねた。



「信長様は、将軍家を、お支えし、京の都を戦乱から救うために、上洛されました。そのためには、莫大な資金が必要なのです」



宗則は、丁寧に説明した。



「しかし、五千貫とは…」



住職は、言葉を濁した。

彼は、信長の真意を見極めようとしていた。



「信長様は、本願寺様の力を必要としておられます。そして、本願寺様もまた、信長様の力を必要とする時が来るかもしれません」



宗則は、意味深な言葉を口にした。



住職は、宗則の言葉に、深く頷いた。



「分かりました、宗則殿。我々は、信長様に矢銭を支払うことにいたします」



住職は、静かに言った。

彼の言葉には、信長への警戒心と、同時に、彼を利用しようという、したたかな計算が、感じられた。



(本願寺は、信長様を、敵にも味方にもできる)



宗則は、心の中で、そう呟いた。



(この戦乱の世、誰が生き残り、誰が滅びるのか?)



宗則は、自らの運命、そして、都の未来に、不安を感じながら、本願寺を後にした。



(続く)

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