白雲斎から「試練の巻物」を受け取った宗則は、八咫烏の導きによって、最初の試練「鏡の試練」に挑むことになった。
「鏡の試練…それは己の心の闇と向き合う試練。覚悟せよ、宗則」
八咫烏の言葉は、鋭く、宗則の心に突き刺さる。
宗則は、不安げな表情で、烏の後を追った。
八咫烏は、宗則を、寺の奥にある洞窟へと導いた。
洞窟の入り口は、まるで巨大な獣の口のように、暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、ひんやりとした空気が宗則の肌を包み込み、湿った土の匂いが鼻をついた。
遠くから、水の滴る音が、静寂の中に響き渡り、宗則の心を、さらに不安にさせた。
洞窟の最奥には、巨大な鏡が、壁一面に埋め込まれていた。
その鏡は、人の心の奥底を映し出す力を持つという。
「…さあ、鏡の前に立て…宗則…」
八咫烏の言葉に促され、宗則は、恐る恐る鏡の前に立った。
鏡の表面は、曇っており、宗則の姿をぼんやりと映し出す。
その姿は、どこか弱々しく、頼りなく、宗則自身の心に映る姿と重なった。
「…目を閉じよ…宗則…そして…自らの心の奥底に…意識を集中させるのじゃ…」
宗則は、目を閉じ、深呼吸をした。
心臓が激しく鼓動し、手足は冷たくなっていた。
(…父上…兄上…頼明…)
宗則は、大切な人たちの顔を思い浮かべた。
彼らを守るために…強くなりたい…
その一心で、彼は、自らの心の奥底へと意識を向けた。
その時、鏡の表面が、波紋のように揺らぎ始めた。
宗則は、息を呑んだ。
鏡に映し出されたのは、見慣れた自分の姿ではなく、荒れ果てた屋敷だった。
崩れ落ちた柱、埃まみれの畳、そして、壁に散らばる血痕…。
それは、かつて宗則が家族と共に暮らしていた、東雲家の屋敷だった。
「…これは…?」
宗則は、戸惑いながら、鏡に映る光景を見つめた。
次の瞬間、屋敷の奥から、泣き声が聞こえてきた。
それは、幼い宗則自身の声だった。
宗則は、声のする方へと足を踏み入れた。
そして、彼は、そこで、信じられない光景を目にした。
血まみれになった父・康政が、床に倒れている。
その傍らには、泣き叫ぶ幼い宗則と、茫然自失の兄たち。
「…父上…!」
宗則は、思わず、鏡に向かって手を伸ばした。
しかし、彼の指は、鏡の表面をすり抜けるだけだった。
「…なぜ…?」
宗則は、言葉を失った。
それは、彼が、今まで封印してきた、最も辛い記憶だった。
父が、敵に討たれたあの日…
宗則は、恐怖で、何もできなかった。
ただ、泣き叫ぶことしかできなかった。
その時の無力感、後悔、そして、父を失った悲しみが、再び、宗則の心を、締め付けた。
鏡の中の光景は、さらに変化していく。
宗則は、成長し、白雲斎のもとで陰陽道を学んでいた。
しかし、彼は、いつも、兄たちと自分を比べて、劣等感に苛まれていた。
「…俺は…剣も使えなければ…力も無い…ただの…役立たずだ…」
鏡の中の宗則は、そう呟き、自嘲気味に笑った。
そして、宗則は、鏡の中で、春蘭と出会う。
彼女は、美しく、聡明で、宗則は、彼女に惹かれていく。
しかし、春蘭は、宗則の能力を利用しようとする、藤原蓮という男に近づき、宗則は、彼女を救うことができずに、苦悩する。
「…私は…誰かを…守ることすら…できないのか…?」
鏡の中の宗則は、絶望に打ちひしがれていた。
その時、鏡の中の宗則の姿が、変化し始めた。
彼の顔は、怒りに歪み、目は、憎しみに燃えていた。
彼は、陰陽師の力を使い、蓮を呪い殺そうとしていた。
「…違う…これは…私じゃない…!」
宗則は、鏡の中の自分自身に、叫んだ。
しかし、鏡の中の宗則は、彼の言葉に耳を貸さず、呪文を唱え始めた。
「…やめろ…!」
宗則は、鏡に向かって、手を伸ばした。
その時、彼の背中のあざが、激しく光り輝き始めた。
鏡に、大きなヒビが入り、粉々に砕け散った。
鏡の破片から放たれた光は、宗則の背中のあざに吸収され、新たな力を与えた。
「…よくぞ…心の闇…と…向き合った…宗則…」
八咫烏は、静かに言った。
「…お前は…鏡の試練を…乗り越えた…次の試練へと…進むがよい…」
烏は、そう言うと、羽ばたき、洞窟の出口へと向かった。
宗則は、深呼吸をして、心を落ち着かせた。
彼は、まだ、自らの心の闇を、完全に克服できたわけではない。
しかし、彼は、その闇と向き合い、戦う決意を固めた。
「…師匠…私…鏡の試練を…見ました…」
宗則は、震える声で、白雲斎に告げた。
白雲斎は、宗則の言葉に、静かに耳を傾けた。
彼の目は、静かで、深い洞察力を感じさせるものだった。
「…そうか…宗則…お前は…よく…頑張った…」
白雲斎は、宗則の頭を優しく撫でた。
「…次の試練…『剣の試練』…は…深い森の中…でお前を待ち受けている…宗則…」
白雲斎の言葉に、宗則は、新たな不安と、同時に、期待を感じるのだった。
(続く)