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第二話 烏の巻物

白雲斎の留守中、宗則は、禁断の書棚の前に立っていた。

重厚な扉の奥から、かすかに漂う墨の香りと、古い紙の匂い。

それは、彼を強く惹きつける、抗いがたい魅力だった。


(…師匠は…決して…この書棚に…触れるなと…)


白雲斎の言葉が、宗則の脳裏に響く。

しかし、好奇心と、自らの運命を知りたいという強い衝動が、彼を突き動かす。

安倍晴明の霊が現れたあの日から、宗則の心は、静かに燃える炎のように、この書棚へと引き寄せられていた。


宗則は、震える手で、ゆっくりと扉を開けた。


書棚の中には、古びた巻物が、幾重にも積み重ねられていた。

その奥に、一際異彩を放つ巻物があった。

黒ずんだ表紙には、一対の八咫烏が描かれ、その鋭い眼光が、宗則を射抜くかのようだった。


(…この巻物…あの時…安倍晴明様が…)


宗則は、巻物に手を伸ばした。

その瞬間、彼の背中のあざが、焼けるように熱くなった。

同時に、激しい頭痛と吐き気に襲われ、宗則は、書棚に手を突いて、よろめいた。


彼の脳裏に、鮮烈な映像が流れ込んできた。


燃え盛る炎に包まれた村。

家々は赤々と燃え上がり、轟轟と音を立てて崩れ落ちていく。

逃げ惑う人々の悲鳴が、耳をつんざくように響き渡る。

逃げ惑う人々の顔には、恐怖と絶望が刻まれ、泣き叫ぶ子供を抱きしめる母親の姿が、宗則の胸を締め付けた。


そして、幼い宗則自身の姿。


宗則は、炎に追われ、必死に逃げ惑っていた。

恐怖で、足が竦み、泣き叫ぶことしかできない。


その時、彼の背中に、激痛が走った。

振り返ると、背中のあざが、眩い光を放っていた。

そして、次の瞬間、炎が彼を避け、道が開けた。


宗則は、奇跡的に、炎の中から逃げ出すことができたのだ。


(…あれは…一体…?)


宗則は、自らが見たものが、過去の記憶なのか、未来の予兆なのか、分からずに混乱する。

しかし、一つだけ確かなことがあった。



(…あの時…私を…救ったのは…このあざ…?)


宗則は、自らの背中に手をやり、あざに触れた。

ざらついた感触、生々しい痛みが、彼の心を、現実へと引き戻す。


(…このあざ…そして…あの巻物…私の…出生の秘密…?)


宗則は、自らの運命に、言い知れぬ不安と、同時に、かすかな期待を感じた。

彼は、巻物を元の場所に戻すと、その巻物から、かすかな温かさを感じた。

まるで、生きているかのように、微かに脈打っている。


(…この巻物…何か…語りかけてくる…?)


宗則は、恐怖と好奇心が入り混じり、混乱した頭で、書斎を飛び出した。


「…はぁ…はぁ…」


宗則は、胸を押さえながら、荒い息を繰り返した。

冷や汗が、滝のように流れ落ち、足元は、まるで千斤の重りがついたかのように、動かなくなっていた。


(…誰かに…話さなければ…)


宗則は、混乱した頭で、そう思った。

彼は、白雲斎に、この体験を打ち明けようとした。


「師匠…私は…不思議な体験を…」


しかし、白雲斎は、宗則の言葉を遮り、意味深な表情で言った。


「…宗則…お前は…まだ…何も…知らぬ方が…良い…」


白雲斎の言葉は、宗則の不安を、さらに掻き立てた。


(…師匠は…何かを…隠している…?)



宗則は、白雲斎の真意を、見抜くことができなかった。

白雲斎は、静かに立ち上がり、窓の外に広がる、夕暮れの山々を見つめた。


「…わしも…かつて…お前のようだった…」


白雲斎は、遠い目をしながら、呟いた。


「…力に…翻弄され…愛する者を…失った…」


彼の言葉は、風に消えるように、小さく、しかし、重く、宗則の心に響いた。


「…宗則…お前は…これから…多くの試練に…立ち向かうことになるだろう…」


白雲斎は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。


「…その力…は…やがて…お前を…導くであろう…だが…その力…は…大きな…代償を…伴う…ということを…決して…忘れてはならぬ…」


白雲斎の言葉は、重く、宗則の心に響いた。


(…力…代償…?)


宗則は、自らの運命に、言い知れぬ不安と、同時に、かすかな期待を感じた。

そして、彼は、決意した。


「師匠…私は…陰陽師になりたい…!」


宗則は、白雲斎の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。


白雲斎は、静かに微笑んだ。


「…そうか…宗則…ならば…わしが…お前に…陰陽道の全てを…教えよう…」


白雲斎の言葉は、宗則の心に、希望の光を灯した。



(続く)

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