天文二十一年――
東雲宗則は、またしても悪夢にうなされていた。
生臭い血の匂い。
焼けた肉の匂い。
耳をつんざくような悲鳴。
鎧がぶつかり合う金属音。
そして、大地を揺るがす馬の蹄の音。
暗雲立ち込める空の下、血で染まった戦場。
泥濘と化した大地は、赤黒く染まり、人の肉片と馬の死骸が、無残に散らばっている。
鬼のような形相をした兵士たちが、互いに斬り合い、血飛沫が飛び散る。
その中心で、一人の侍大将が、鬼気迫る形相で敵陣に斬り込んでいく。
漆黒の鎧を身に纏い、大太刀を振るう姿は、鬼神のごとき勇猛さだ。
宗則は、その姿に見覚えがあった。
「父上…!」
宗則は、夢の中で叫んでいた。
その侍大将は、彼が幼い頃に戦で命を落とした、父・東雲康政の姿だった。
康政は、敵陣深くへと斬り込み、次々と敵兵を薙ぎ倒していく。
しかし、多勢に無勢、次第に彼の動きは鈍くなり、息も荒くなっていく。
その時、一筋の矢が、康政の背中に深々と突き刺さった。
「ぐっ…!」
康政は、苦痛に顔を歪め、大太刀を落とし、膝から崩れ落ちた。
彼の口から、鮮血が吐き出される。
「父上ぇぇぇ…!」
宗則は、泣き叫びながら、父に駆け寄ろうとする。
しかし、彼の足は、泥濘にはまり、動かない。
康政は、宗則の方を振り返り、弱々しく微笑んだ。
彼の目は、すでに、生気を失っていた。
「…宗…則…強く…生きろ…」
康政は、そう言い残すと、力なく息絶えた。
「…っ…!」
宗則は、悲鳴を上げ、目を覚ました。
(なぜ…俺は…こんな夢を見る…?)
冷たい汗でびっしょりになりながら、宗則は布団の中で身を起こした。
背中に、鳥の羽ばたきを思わせる奇妙なあざが、熱を持つように疼いていた。
(父上の死…そして…このあざ…何か…関係があるのだろうか…?)
言い知れぬ不安に駆られ、宗則は、寺の書物庫へと向かった。
書物庫は、古びた木造の建物で、埃っぽい匂いと、古い紙の匂いが混ざり合った独特の香りが漂っていた。
書棚には、数え切れないほどの書物が、静かに眠っていた。
(…きっと…この中に…答えがあるはずだ…)
宗則は、書物の中に、自らの運命を解き明かす鍵を探し求めていた。
彼は、陰陽道に関する書物を探し出し、貪るように読み始めた。
陰陽五行、式神、呪術…。
宗則は、未知の世界に、心を奪われた。
(…これが…陰陽道…?)
宗則は、自らの背中に刻まれたあざ、そして、繰り返し見る悪夢との関連性を、陰陽道の中に感じ取っていた。
幾日かが過ぎたある日、宗則は、書物庫の奥深くで、一冊の古い巻物を見つけた。
それは、古今東西の陰陽師たちの伝記を集めたものだった。
重たい巻物を机の上に置き、宗則はゆっくりと紐を解いた。
頁を一枚一枚丁寧にめくっていくと、そこに描かれていたのは、宗則の背中に刻まれたあざと酷似した紋章を持つ陰陽師の姿だった。
「…これは…」
宗則は、息を呑んだ。
その陰陽師の名は、安倍晴明――。
平安時代に実在したとされる、伝説の陰陽師だった。
(…まさか…私と…あの安倍晴明が…繋がっているというのか…?)
宗則の胸に、新たな疑問が湧き上がる。
その時、背中のあざが、再び、熱を帯び、かすかに光を放った。
同時に、書物庫に風が吹き抜け、灯火が揺らめき、宗則の背中に激痛が走る。
書物から、眩い光が放たれ、宗則は、思わず目を閉じた。
「…そなたか…我が末裔よ…」
耳元で、優しく語りかける声が聞こえる。
ゆっくりと目を開けると、そこには、白雲斎ではなく、光り輝く老人の姿があった。
「…あ、安倍晴明…様…?」
宗則は、震える声で、その名を呼んだ。
「…そうじゃ…わしは…安倍晴明…そなたの…遠い祖先じゃ…」
晴明は、温かい眼差しで、宗則を見つめた。
「…そなたの背中に刻まれたあざ…それは…わしの力…を受け継ぐ証…その力…は…やがて…目覚めるであろう…その時…そなたは…自らの運命…そして…使命…を知るであろう…」
晴明は、宗則の背中に手を触れると、彼の身体は、光に包まれた。
光が消えると、晴明の姿も消えていた。
宗則は、呆然と立ち尽くしていた。
(…私は…安倍晴明の…末裔…?)
宗則は、自らの出生の秘密を知り、大きな衝撃を受けていた。
(…そして…私に…使命…が…?)
宗則は、自らの運命に、言い知れぬ不安と、同時に、大きな期待を感じながら、白雲斎のもとへと向かった。
「師匠…わたくし…不思議な夢を見ることが…ございます…あまりにも…恐ろしくて…」
宗則は、震える声で、白雲斎に、悪夢のことを打ち明けた。
白雲斎は、宗則の言葉に、静かに耳を傾け、彼を優しく励ました。
「…落ち着きなさい…宗則…それは…ただの…夢じゃ…」
しかし、白雲斎の目は、どこか遠くを見つめているようであり、彼の真意は、宗則には、分からなかった。
「…それは…お前の…力…の…目覚めかもしれぬ…そして…その力…は…やがて…お前を…大きな運命へと…導くであろう…」
白雲斎は、意味深な言葉を残した。
その言葉は、宗則の心に、新たな波紋を広げた。
「…力…?」
宗則は、白雲斎の言葉に、戸惑いを隠せない。
「…そうじゃ…宗則…お前には…特別な力…が…宿っておるのかもしれぬ…」
白雲斎は、宗則の背中に手を置き、静かに言った。
その手は、温かく、宗則の心を、少しだけ落ち着かせた。
「…その力…は…やがて…お前を…導くであろう…」
白雲斎は、意味深な笑みを浮かべた。
その笑顔は、宗則に、新たな不安と期待を抱かせた。
(続く)