空も退屈そうだ――空を飛べたとしてもこの退屈は変わらないのだろう。
小気味よく揺れる鞍の上で、青年はぼんやりと空を見上げていた。
青年は馬の足元はおろか手元の手綱さえ見ていない。主人よりも賢いこの馬は何も気にしなくても、勝手に歩いてくれることを彼は知っていた。
青年は騎士であった。
彼が籍を置くリアンダール王国ラウンド騎士団は、王都エディンオル周辺を哨戒する任務に就いていた。二列縦隊の隊列を組む数十人の騎士団の最後尾、集団からかなり離れたところをこの青年騎士は馬に運ばれていた。
いっそ目も閉じてしまおうか、そんなことを考えていた青年騎士の横で大げさな咳払いが聞こえた。
「弛んでいるぞ、ライアン」
横を見ると、いつの間にか来ていたのか真紅のサーコートを纏った騎士が、厳しい顔で睨んでいた。口元にたくわえた髭がなんとも逞しい中年の騎士だ。
「弛むな、という方が無理な話でしょ、団長」
ライアンと呼ばれた青年騎士は悪びれもしない。
「まったく、お前という奴は、この任務の重さがわかっておらぬ。何かが起きてからでは遅いのだ。こうやって魔獣の脅威を未然に防ぐことこそ、肝要だというのに」
団長は厳しさに暑苦しさを上乗せして説教をしてきた。
しかし、従兵の一人も連れずに騎士のみで編成された隊は、明らかに魔獣との戦闘行為を予見したものではない。そして、その編成を指示した団長がいくら任務の重要性を説いても、ライアンの耳には届くはずもなかった。
事実、王都エディンオルの周辺は魔獣の出没はほとんど無いと知られていた。今回の哨戒任務においても、いつものように魔獣はおろか野盗の類との遭遇も皆無であり、騎士団が確認できたのは退屈な平和そのものだった。
いくら力説しても眉一つ動かさないライアンに団長は嘆息する。
「お前、また、団の中で揉めたらしいな」
「フンッ、自分から喧嘩ふっかけておいて、告げ口する奴がいるんですね」
「……まったく、お前はいつになったら、その浮浪児の性根が抜けるのだ。お前は国を守れと国に選ばれたのだぞ、少しは――」
「――騎士としての誇りを持て、でしょう? いい加減それ聞き飽きたんで、団長もそろそろ言い飽きて下さい」
ライアンは団長の言葉を先回りして、ついでに文句も添えた。団長は眉を寄せてライアンを見るが、やがて息を吐いて前を見据えた。
前を行く騎士たちは、後ろの方を振り返る様子などまるで無い。
「騎士の誇りで無くとも良いのだ」
団長はぼそりと言った。ライアンは聞き間違いかと思い隣を見やるが、団長は真面目な顔で前を見据えたままだった。
「一つだけでも自分に嘘をつかない生き方を選択するのだ。それがお前の誇りになる。それは騎士としての誇りでなくても良い」
「……なんですか、それ?」
怪訝な顔で問いかけるライアンを、団長は一瞥して馬を速めて前の方へ行ってしまった。
振り返りもしない団長を暫く見た後、ライアンは再び空を見上げた。
いつも騎士としての誇りを力説する団長が不思議なことを言っていた。
変な物でも降ってこないだろうなと、空を観察していたが、雲ひとつ無く抜けるような蒼穹は平和で退屈だった。