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第6話 イタズラ幽霊ではなく、お節介焼きだった


 旧校舎の二階の奥の教室は技術室だ。技術の授業の時に使われるそこはいつもならば鍵がかかっているはずなのに開いていた。


 あれっと千隼が不思議に思っていれば、「妖怪に鍵なんて関係ないよ」と言われる。


 どうやら、妖怪がこっそり鍵を取ってくるらしい。普通の人には見えない存在で不思議な力を少し使える妖怪ならば、知られることなく鍵を取るなど容易いのだという。



「なんか、それ危ないことに使えそう……」


「セキュリティが高い場所では無理だから安心していいよ。さて、イタズラ幽霊はどこだい?」


「こっちよ、こっち」



 可愛らしい声がして技術室の窓際の席に目を向ければ、中性的な顔立ちで学ラン姿の恐らく男子生徒が、一人の女性の上に座っていた。女性は見た目だけならば、スーツ姿の若い女教師に見える。


 茶毛の髪を一つに束ねて結っている女性は「勘弁してくださいぃ」と謝っていた。


 中性的な顔立ちである男子生徒は「それ何度目?」と呆れたように問いかけている。二人は共通として少しばかり透けていた。


 見たままで予想するならば、この女性がイタズラ幽霊なのではないか。そう言うように千隼が指させば、風吹が「彼女だね」と頷く。



「透、彼女は何をやったんだい?」


「妖狐様、こいつはまーた、カップルにちょっかいかけたんですよ」


「ちょっかいだなんて! ただ、ただ、良い雰囲気にしたかっただけ!」


「あのさぁ、恋人同士のイチャコラが好きだからって、雰囲気作りを手伝うためにハプニングを起こしていいわけじゃないからね?」



 透と呼ばれた中性的な顔立ちの男子生徒は色素の薄い猫っ毛を掻きながら、この女性の幽霊が何をしたのかを話した。


 どうやら、女性は恋人同士のイチャコラを眺めるのが好きなタイプの人間だったらしい。


 幽霊となってからは見えないことを利用して、良い雰囲気を作るためにポルターガイスト現象やら、足を掴んでよろめかせたりといったことをしていたようだ。


 それはイタズラ好きな幽霊なのだろうか。千隼の疑問は風吹も同じだったようで「それはイタズラ好きとは違うね」と首を傾げていた。



「どちらかというと、お節介か、まぁ、理由はどうあれ、そういった行為は慎むべきだ」


「ほら、妖狐様も言ってるじゃん!」


「そうだぞ、妖狐様の言う通りだ。あんまり酷いと地獄行きだぞ!」


「いやだ! まだ、男の子たちのイチャコラを眺めていたい!」



 透と源九郎に言われるも、成仏はしたくないと女性の生徒は泣き出す。それほどまでに恋人たちのイチャコラを眺めていたいようだ。


 何処が良いのか千隼には理解できないが、恋愛漫画や小説が好きなタイプなのかもしれないなと、そう納得しておく。


 透や源九郎に注意されるのは三度目らしく、四度目となると今回で風吹に相談したようだ。足をひっかけて転ばせるのは怪我をする恐れがあるから危険だと。


 危険な行為は大小関係なく、積み重ねていけば悪霊となってしまう。そうなると周囲に被害を与えかねない。そうならないように抑制するためだった。



「キミはまだここに居たいのだろう。ならば、大人しく眺めているだけに止めなさい」


「うぅ……でもぉ」



 絶対に片想いだろっていう子は応援したくなってぇと女性の幽霊が言うと、透は彼女の上から降りながらアホかと突っ込んだ。



「余計なお世話だろ! そう思わないか、そこの少年」


「え、僕? えーと、うん、余計なお世話かな」



 相談したわけでもないというのに勝手に他人が動くとかは迷惑だ。そもそも、自分の力でやらなければ、想いが伝わることはない。


 余計なことをして場をかき乱すほうがよくない方向に進んでしまう。千隼の言葉に女性の幽霊は反論ができず、うぐぅと鳴きながら顔を上げて正座した。



「そもそも、本人たちで行動しなきゃ意味ないと僕は思うよ、恋愛って」


「千隼の言う通りだ」


「うぅ……わかりました」



 がっくりと項垂れる女性の幽霊は「余計なことはしません」と頭を下げる。どうしても成仏はしたくはないようで、風吹の注意を素直に聞いた。


 そのあまりの素直さに透と源九郎は敵わない相手には大人しく聞くのかと呆れた様子をみせる。


 普通は未練を無くして成仏したいものではないだろうかと千隼は思うのだが、女性の幽霊はそうではないようだ。



「そこの男子くんはー……」


「僕?」


「千隼に恋人がいるかは知らないが、私とはまだそのような関係ではないよ」


「うぐぅ」



 何を問う前に風吹に言われてしまい、女性の幽霊はがっくりと項垂れる。そんな彼女に「本当に凝りてるの?」と、透が言っていた。



「静代さんさぁ。注意されたばかりでしょうが」


「いや、何もする気はないよ! 気になっただけだよ! 妖狐様の注意はちゃんと聞きます!」


「聞いてくれないと私はキミを祓わなきゃいけないからね」


「せっかく自由になったのに成仏は勘弁をー!」



 モンスターペアレントからも職場や両親からも逃げられたというのに、地獄にいって苦行などしたくはない。この自由さをまだまだ味わいたいのだと、静代と呼ばれた女性の幽霊は話す。


 どうやら彼女はこの学校の元教師だったようだ。男子高に女性の教師はなどと保護者に文句を言われたり、職場での肩身の狭さ。しまいには両親からの無理矢理な縁談に嫌気がさしていたタイミングで事故死したらしい。


 全てから解放されて今は恋愛ものが好きだったこともあり、恋人同士のイチャコラを観察して楽しんでいる。自分が恋愛と無縁だったことからくる憧れもあるのだろう。



「ならば、気を付けなさい」


「わかりました……」


「さて、解決したようならこれで終わりにしようか」


「あ! ちょっとお待ちを!」



 風吹が話を終わろうとするのを静代が止める。実は相談したいことがあるのだと困ったように眉を下げながら。


 何かあったというのはその表情だけで分かるので、風吹はなんだろうかと話を促した。静代は「これ、透くんたちも気づいてないみたいで」と、口を開く。



「たぶん、物の怪の類に憑かれた人が居まして……」


「誰だろうか?」


「えーっと、教師ですね。男性で……名前はなんだったかなぁ……」



 少し茶毛の混ざった短い黒髪でーっと教師の特徴を話す静代に、千隼はもしかしてと思い浮かんだ人物の名前を挙げる。



「もしかして、田所先生?」


「そう! 生徒たちにそうやって呼ばれてた!」



 田所教諭に物の怪が憑いているらしい。静代は「負の感情を吸って太ってたわ」と、物の怪の様子を教えてくれた。



「わざと機嫌を悪くさせて負の感情を絞り出させていたから、被害に遭ってる生徒が何人かいたのよねぇ」


「あ、それ僕もじゃん」



 どうやら、物の怪のせいで田所の様子がおかしかったようだ。被害者は千隼以外にも何人かいるらしく、そのうちの一人を静代は見かけていたということだった。


 せっかくの恋人同士のイチャコラを邪魔したのよと、別の方向で怒っている。それに透が突っ込んでいるが、静代はこれは重要な事なのだと言い返していた。



「私が最後に見た時は何もなかったが……つい最近、憑いたということか」


「多分。あれはわたし以上にやりすぎだと思います!」


「まー、それはそうだわ。実害が酷い」



 静代の主張にそうだなわなと透も源九郎も同意した。彼女がやらかしたことも大概ではあるのだが、物の怪のほうは悪意があるのだから。



「誰にも気づかれないように捕まえなくてはならないね……ふむ」


「僕に突っかかってきた時とかどうですか?」


「千隼を囮に使うことはあまりしたくはない。どうにか田所教諭が一人の時に引き剥がして捕まえよう」



 いくら助手とはいえ、危険な目には遭わせたくはないし、囮のようなことにも使いたくはない。風吹は「他にも方法はあるだろう」と話す。


 静代からの情報によって特に放課後が酷いということを聞いた風吹は、その時間帯を狙ってみることにしたようだ。千隼に「少し手伝ってもらうことになる」と頼む。


 どんなことを手伝うのだろうか。千隼は不安を抱きつつも、わくわくしていた。


 そんな様子を察してか、「大丈夫そうだね」と風吹に笑われてしまって。千隼はえへっと照れを隠すように頬を掻いた。



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