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第5話 なんだか心地良くて、安心できる


「あー、直哉、陽平ごめん! 先輩に勉強教えてもらうから先に寮に帰ってて!」



 千隼の一言に直哉と陽平ははぁと驚いた様子をみせた、先輩という言葉を聞いたから。千隼は部活には入っていないし、入学してから先輩と連むようなことはしてなかったからだ。



「なんだ、脅されたか? 呼び出しか? 俺が言ってやるぞ?」


「違う違う! 本当に勉強教えてもらうんだって!」


「とうとう勉強にやる気を出したと」



 陽平の言葉に千隼が頷けば、直哉は「あの教師か」と勉強にやる気を出した理由を察する。その通りですと千隼が頷けば、陽平も納得したようだ。



「流石にあれはきついって」


「だよねぇ。千隼、集中砲火だし」


「数学は俺も追いつくの必死だしな……」



 直哉に「その先輩って頭良いのか」と問われて、千隼は良いってもんじゃないぞと口に出しそうだったが「かなり」とだけ言っておいた。


 陽平が誰よと聞いてくるが、薬師寺風吹とはとてもじゃないが言えない。何を勘ぐられるかわかったものじゃないからだ。なので、二年の先輩だよとだけ答えておく。



「いくら、優しい先輩でも気をつけろよ。この学校、やべぇグループがいるんだからな」


「親衛隊なー。あいつら、何をしてくるか分からないのがねぇ」


「直哉も陽平も怖い事を言うなよなー。多分、大丈夫だよ」



 絶対に安全とは言えないのだが、少なくとも有名で大っぴらに親衛隊がいる先輩ではない。


 こっそりいるかもしれないがそれはその時に考えればいい。千隼は「大丈夫だから」と二人に言ってから教室を出た。


   **


 外廊下をかけて中庭を見遣れば鞄を持った風吹がテラス席にいた。先輩と声をかけて手を振れば彼は弄っていたスマートフォンから視線を逸らして振り向いた。



「遅れました!」


「それほど待っていませんよ」



 駆け寄ってきた千隼にそう返事をしてスマートフォンを鞄に仕舞う。千隼が「友達と幼馴染に心配されてー」と訳を話せば、「大切にされているね」と風吹は笑む。



「私のことを言えば余計に長引いたのは確かだろう」


「それは避けられました。えっと、図書室でしたっけ?」


「そう。このすぐ近くだよ」



 そう言って風吹が歩き出したので千隼は着いていく。確かに図書室は中庭から近い場所にあった。


 新校舎の一階の奥にある図書室は意外と人気が少ない。一応は進学校なのだからもう少し勉強するために来ている生徒が居てもいいのに。


 広い室内にはずらりと本棚が並べられて、ぎっしりと書物が詰められているそれを珍しげに千隼は眺めていた。


 風吹は窓際の奥の席へと向かうと鞄を置いた。千隼は彼の前の席に座ると教科書とノートを取り出す。



「今、何処をやっている?」


「えーっとここら辺です」



 教科書を開いて見せる。彼はあぁここかと少し目を通して千隼が出した参考書を手に取るとパラパラと捲った。ルーズリーフの紙を一枚出してすらすらとシャーペンを走らせる。



「参考書の此処の問題と紙に書いた問題、試しに解いてみてくれ」



 渡されたルーズリーフの紙を受け取り、千隼は言われた通りに解いてみた。


 難しいとも易しいとも言えない絶妙なバランスの問題で解らないとはならなかった。答えが合っていたのか次は参考書の方をと言われて確認する。


 うっと言葉に詰まった。少し公式が増えるだけでこうも手こずるものなのかと千隼はそれでも式を当てはめていく。少し時間はかかったものの、解けたそれをみせた。



「キミは式が複雑になればなるほど混乱するタイプか」



 解かれたそれらを見遣って風吹は指摘する。どうやら何処までできるのかを見るというよりはどのようなタイプなのかを確認していたようだ。



「キミ、文章問題苦手だろう」



 風吹の的確な問いに千隼はうぐっと声を出す。彼の言う通り、文章問題が特に苦手だった。文字から読み取るというのが無理なのだ。


 国語の方が分かりやすいと思うのだが、数学の方が答えがしっかりしているからこっちの方がまだいいと陽平に言われたことを思い出す。


 黙る千隼に風吹はそれを肯定として受け取ったようだ。なら、この参考書の問題はと指を差した。


 それは文章問題であり、何を言っているのか一度読んだだけでは把握できない。暫く文章と睨めっこして、千隼はうがぁと机に突っ伏した。



「日本語で話してください」


「これは日本語だが」


「だいたい、どうして兄弟一緒に家を出ないんですか! 池の周りを回るのは何故!」



 文章問題にツッコミを入れ始める千隼に風吹はふふと笑う、彼のツボをついたようだ。



「いや、そうだね。そう思うかもしれない」


「笑いを堪えながら言われても」


「まぁ、問題は待ってくれないからね」



 そう言って風吹は文章問題を読み上げて、一つ一つ丁寧に公式への当てはめ方を教えてくれた。話を聞いて見ながらこうやって式を組み上げていくのかと千隼はノートへと書き込んでいく。


 風吹の教え方は分かりやすかった。教師から教えられるよりも、ずっと聞きやすく丁寧で急かすこともない。


 ゆっくりと理解するまで何度も言葉にしてくれる。勉強を見てもらった中で一番、上手いなと思うほどだ。


 ミスをしても叱るでも呆れるでもなく、どうしてそう思ったのかを聞いて優しく間違っていることを伝えてくれる。同じような間違いをしても風吹は態度を変えることはない。


 それがなんだか安心できた。落ち着いて焦らずに解くことができていて、気づいた頃には自分でも驚くぐらいにすんなりと教えてくれたことを理解できていた。


 素直に凄いと思う。解かれた問題を千隼は眺めて、これを自分でやったのかと。



「キミはしっかりと解き方を、問題の意味を理解すれば迷わずに解くことができる。やり方次第だったのだろうね」


「いや、風吹先輩の教え方が上手いからですよ。教え方もなんですけど、風吹先輩と話すとなんか落ち着くんですよ」



 風吹と会話をするのが何故だか心地良かった。茶々を入れずに話を聞いてくれて、時折アドバイスしてくれる。


 自分のことばかり話しても引かず、それを受け止めてくれるのがなんだか安心できた。



「そう言ってくれると嬉しいね。私もキミといるのは苦ではないよ、いろいろ知れることもあるから。あの田所教諭がそんな人だとは知らなかったからね」


「あの人、やっぱり人を見てたかー」


「少なくとも私の前では良い教師を演じていたさ。……さて、あと少し問題をやろうか」



 このページをやったら終わりにしよう。そう言って風吹は参考書の文章問題を指した時だ。ひょこっと千隼の脇から狐が顔を覗かせた。



「妖狐様、あいつまたやらかしやした!」


「うわ、びっくりした!」


「源九郎。急に出てこないように。もう少し待てないものか……まったく」



 はぁと一つ息を吐き出して風吹はテーブルを片付け始める。すまないがと彼に謝られて、千隼は気にしていないと答えながらノートをカバンに仕舞う。


 源九郎はと言えば「早くしましょう!」と小声で急かしていた。どうやら、イタズラ幽霊がまたやらかしているようだ。


 どんな子なのだろうか、千隼は少しばかり不安を抱きつつも、席を立った風吹に連れられて旧校舎へと向かった。



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