千隼は困っていることがあった。それは何かと絡んでくる教師がいるのだ。授業では必ず当ててきては答えられなければ生徒の前でぐちぐちと説教をする。
授業中だけならばいいのだが終わった後ですら呼ばれる。何ができてない、これぐらい分からないでどうすると。
勉強ができない自分が悪いのだが毎回言うことだろうか。自分よりできない子は無視しているのだ。
他にもやることがあるだろうと思わなくなくて、こうもされると自分が標的にされていることぐらいわかる。
「わかっているのか、暁星! これではなんのためにこの学校に入ったか分からんぞ!」
少し茶毛の混ざった短い黒髪の男性教諭、田所が声を低くけれど周囲に聞こえる声量で説教をする。
こんな問題、授業を聞いていれば分かるはずだ。これは復習だぞ、家でちゃんと勉強しているのかと何度も聞き飽きたそれにハイと千隼は相槌を打つ。
教室の教卓の前、クラスメイトから見える位置で説教を受ける。次の授業のギリギリまでこれが毎回ある。予鈴が鳴ったのを聞き、田所は舌打ちをして気をつけるようにと千隼に告げて教室を出た。
はぁと溜息をついて自分の席へとつく。窓際の一番後ろでぐったりと机に突っ伏した。前の席である生徒にお疲れーと声をかけられて手を上げることしかできない。
なんで、どうして僕なのだ。僕以上にできていない生徒はいるじゃないか。そんな怒りのような感情が湧いて愚痴りたくなってくる。
「また、やられてたなー千隼」
「もうマジで勘弁してほしいよ、陽平ぃ」
「おれに言われても。もー、励ましてやってくれよ、直哉」
「まぁ、俺もあの教師はやりすぎだと思うがな」
項垂れる千隼を励ますように席にやってきた陽平が言うと、金のメッシュの入った黒髪が目立つ直哉と呼ばれた彼が頷く。
そうだよ、やり過ぎなんだよと千隼は文句を言うも、下手な事はしたくはない。直哉は「理不尽には理不尽で返せ」と、反論するようにとアドバイスをくれた。
それができるのは直哉のように強気に出ることができたり、成績優秀な生徒ぐらいじゃないだろうか。あとは地位がある生徒か。とにかく、千隼にはそれができないので、どうにか勉強を頑張っていくしかない。
陽平が「あいつはなるべく避けるべきだな」と言ったのに、千隼はそれしかないよなと同意した。できるだけ避けるしかないと。
(あんまり、二人には心配かけたくないしなぁ)
直也に「俺が言ってやろうか?」と言われて、ぶんぶんと首を左右に振って断る。彼は不良ポジションなので、悪目立ちしてしまう可能性があった。
別に悪いことはしていないのだが、学校での態度はあまりよろしくはない。自分のせいで成績に響くようなことがあっては申し訳なかった。
だから、大丈夫だよと笑って返す。心の中ではまだ愚痴りたいのを我慢しながら。
***
言われることに耐えていたがやはり、愚痴りたくなるもので。陽平たちと昼食を早々に終えた千隼は中庭を訪れていた。
テラスの奥の席に風吹は座っている。慣れたように彼の前へと座ると「今日は何かあったみたいだね」と、察したように声をかけてきた。
「聞いてくださいよ、風吹先輩!」
こんな先生がいるんですよと千隼は愚痴り始めた。一度、話すと溜め込んでいたものが爆発するようにどんどんと口から出ていく。
風吹はそれに引くことなく、ただ黙って聞いていた。彼は下手なことはしないという安心感があったので、どんどん愚痴がこぼれてくる。大体、相手の教え方が悪いのだと千隼が言うとあぁならばと風吹は提案した。
「私が勉強を教えてあげようか」
そんな提案をされるとは思っていなかった千隼は目を丸くさせる。
風吹は「当てられても答えられればいいのだから、相手も間違えてさえしなければ何も言えないだろう」と話す。確かに、当てさえすればいいのだ。
毎度、外したり答えられなかったりするたびに説教を受けるのだから勉強をして、間違えないようにすればいい。そうかと千隼は納得するが、先輩に教えてもらうというのも申し訳ないなとも思った。
「でも、風吹先輩の手を煩わせるのも……」
「高校二年の勉強を復習できると思えば悪くない。それに助手をしてくれるからね、そのお礼ぐらいはしよう」
丁度、一件あるんだよ。そう言う風吹の眼はにこっと細められていた。千隼はもしやと、聞く姿勢に入る。
「イタズラ好きな幽霊がいてね。源九郎が『あいつは人間にちょっかいかけすぎだ』って言っていたんだ。注意しにいこうか」
「ゆ、幽霊……」
「図書室は勉強するならば放課後でも残れる唯一の場所であるのを知っているね? そこで勉強してから源九郎と合流しよう」
妖怪や幽霊と会うならば夕方以降が探す手間が省けるからね。そう言う風吹に千隼は少しばかり不安を抱くも、それに勝る好奇心には敵わず。
「手伝うって約束しましたし、勉強も教えてくれるならやりますよ、助手」
「助かるよ、千隼」
千隼は風吹の提案を有難く受け取ることにした。どんな幽霊なのだろうかと、わくわくした気持ちを押さえながら。