「あの、祭りに出てきたコウモリ系の翼を持つ魔族は吸血姫だったんでしょうか?」
祭りから城に戻る馬車の中、夫になる前は対面側だったけど、今は隣に座ってくださってるジュリウス様に訊いてみた。
「いや、あれはインキュバスと何かの混ざりものだろう、まだ陽も落ちきる前に現れたからな」
インキュバス!
サキュバスの男版みたいな……。
男性型の悪魔で、睡眠中の女性を襲いやらしい夢を見せて生気を奪う、もしくは精液を注ぎ込んで悪魔の子を孕ませる夢魔だったはず。
あれに目をつけられたのか、あっさり倒されて良かった……。
「ゴホッゴホッ、そ、そうですか……」
「セシーリア、夜になって咳が出てきたな。少し眠るといい」
「だ、大丈夫です。そういえば、もう、暗くなってしまいましたね……」
せっかく祭りに連れて来てくださったのに、不甲斐ない、この体。
馬車の窓の外は、夜の帷が降りていて、街灯もネオンのない外道は、月灯りと魔法の灯りだけが行き先を照らしている。
「私の肩にもたれていいから、少し休め」
!! 思いの他、優しい声音だった。
「ありがとう……ございます」
ジュリウス様は真横におられるので、今の表情を盗み見るのは少し勇気がいる。
そしてそこまで言われたら、断るのも失礼となるし……と、私は自分の頭を彼の肩にコテンと預け、目を閉じた。
雑念よ、去れ……。
これは契約結婚、望みすぎてはいけない。
彼はただ、紳士的に夫の役割りをしてくれているだけで、これは愛ではない……。
私はしばらく馬車に揺られ、本当に寝落ちしていたら、いつの間にか城に着いていて、しかもベッドの中にいた。
目が覚めた時、ベッドサイドの花瓶からはジャスミンの花が香っていた。
「綺麗……」
そして今日は持参金を持ってきてくれたお兄様がアカデミーに戻れるから、お見送りをしてから、ダンスレッスンがある。
もうじきデビュタントのパーティーに出て、帝国の皇帝と皇后に挨拶をしなければならない。
……トラウマ過ぎるから、会いたくないけど、公爵様の妻になって高位貴族の仲間入りだし、行かない訳にもいかない。
私は朝の身仕度を整え、食堂に向った。
城内だし、もう仮面やレースは着けない。
妻になった後もつけていたら、まるで信用されてないと、使用人達からの評価も下がるだろうし。
外ではどちらかを使うか不細工メイクか何かで変装などするだろうけどね。
ただし、デビュタントは皇帝の前に出るから、仮面やレースをつけては無理だから、不細工メイクをする予定……。
そして朝食の為に食堂へ向ったけど、いたのはお兄様だけでジュリウス様は来られなかった。
仕事が忙しいのだろう。
そういえば、昨夜も夫として夜の営みにも来られず、普通に寝かせてくれていたし。
そして食事を終えてから、お兄様をお見送り。
「お兄様、今回は色々とありがとうございました。お父様にもよろしく……いえ、手紙を書きますね」
「ああ、セシーが見違えるように元気になってて驚いたよ。ほぼベッドの上にいたのにな。じゃあ、これからもなるべく元気でな」
ジュリウス様はお見送りには来られなかったけど、転移スクロールを気前よく渡してくれた。なのでスクロールをビリっと破ると、お兄様は一瞬で安全にアカデミーまで帰っていった。
そしてお見送り後にその足でダンスレッスンに向かう。
今日もダンスの上手な騎士が相手をしてくれるから。
そして30分くらい踊った。
「このくらいで、何とか形にはなるでしょう」
「ハァ、ハァ、ほ、本当に?」
「本番でパートナーを務める閣下はリードがお上手でしょうから」
「そう……そうよね」
騎士と雑談して、休憩中、ほどなくしてジュリウス様がダンスレッスンに使ってる部屋に来られた。
「調子はどうだ?」
「は、何とかなりそうなくらいにはなりました」
「ジュリウス様、様子を見に来てくださったのですね」
「仕上げだ」
ジュリウス様がそう言いつつシャツを腕まくりした。
「はい?」
「本番のパートナーとも踊っておいた方がいいだろう?」
「あ、それは確かに……でもお時間はよろしいのですが?」
「作ったから来ている」
なるほど! お忙しいところをありがとうございます!
ジュリウス様に手を鳥羽火、ホールドすると、タイミングよく岸が魔道具を扱い、ダンス用の音楽を流してくれた。
……踊りやすい。リードが上手い!
筋肉も逞しくて体幹もしっかりしているから、安心してこの身を委ねられた。
「これなら及第点だな」
「ハァ、ハァ、ハァ、あり、ありがとうございます」
息切れは仕方ない。後はもっと体力を付けよう。
◆ ◆ ◆
――――……そしてやがて、デビュタントのパーティーの時が来た。
緊張と運命の時が来た。
ドレスは美しいけれど、私はあえて不細工なメイクをした。
「本当は美しいのに、悔しいですぅー」
身仕度を手伝ってくれるメイドがそんな事を言っていたけど、私にとっては命の方が大事なので……。