ダンスレッスン、正直キツイ。
前世で確かに多少は踊った記憶もある、とはいえ、この体、まだまだ体力がない。
「ダンスレッスンを5日やり遂げたら、ご褒美をやろう」
ダンスレッスンでヘロヘロになっている私に、ジュリウス様が哀れんでくれたのか、そんな提案をしてくれた。
「ご褒美とは?」
「春を祝う祭りがもうすぐある、うちの領地の春は遅いからな」
「お祭りに連れて行ってくださるの!?」
「ああ」
その言葉を活力にして、なんとか5日は頑張れた。
「出かける体力は残っているか?」
「魔法使いが体力回復薬をくれたので、行けます!」
ドーピングである!
「薬の使い所がおかしくないか?」
確かにそれならダンスレッスンの時に使えよと、言いたいのは分かります。
「常用すると体が慣れてしまうかもしれません。となれば、ここぞと言う時に使うべきかと」
「ふっ、口が上手いな」
遊びにだけ全力な女だと思われただろうか?
ダンスもそこそこ頑張るので許して欲しい。
◆ ◆ ◆
その春祭りでは、3人の春の女神の娘役の女性が選ばれて神器や舞を奉納するらしい。
それは秋の実りを期待して、豊穣の女神にささげ物をする役割だ。
そのいずれも女神の娘の役なので、美女でないといけないらしい。
ただし、神の娘役の子は皆、仮面を被っている。
しかしその神の娘役をやるはずの一人が腹痛で倒れたので、今回祭事を司る人から私が声をかけられた。
ちなみに神器とは聖杯、銀の花冠、そして、短剣である。
「代わりに出て欲しいと言われました。体力があまりないから舞は無理だと言ったら、聖杯の娘は器を持って船で川を渡り、川に果実酒を少し流すだけでいいらしいです」
私は目にレースを巻いた状態で祭りに来ていた。顔の造形の良さはそれでもかなり分かるから。
「仕方ないな、皆、この春の祭りを楽しみにしていたのだから」
そんな訳で、夫の許可も出たので、豊穣を願って私も特別な衣装を纏って参加することになった。
私もこの地の人の為に役立てるなら、嬉しいから。
花冠と短剣の乙女は花弁の舞う華やかなステージ上で華麗な舞を披露していた。
祭りは大賑わいだ。
夕暮れ時になり、私の出番が来た。
聖杯を持つ私は静々と川岸に向かい、船頭と船に乗った。
ジュリウス様は陸から見守ってくれるみたいで、岸から船を追いかけるように移動してくれていた。
桜の花弁に似た花筏のようなものが川に浮かんでいて、美しい。薄桃色の広がる川だ。
川を挟むように桜に似た種の花の木が植わってきて、それが咲き乱れていて、なんとも幻想的に美しい。
聖杯の中身を注ぐ区域に入り、半分くらい注ぐと、不意に暗くなり、私はなんとなしに上を見た。
空にはいつのま厚い雲が広がっていた。
「へー、今年は随分美味そうな女がいるな」
まだ、陽も暮れきってはいない夕暮れ時だったけど、厚い雲が陽光を遮っていて、吸血鬼のようなコウモリ系の翼を持つ容姿の整った魔族が、空を飛んで舌舐めずりをしていた!
こいつは確実に私の姿を見て言っている。
「チッ!」
岸から大ジャンプでジュリウス様が飛んで、手にした剣で魔族に斬りかかる。
敵は間一髪で致命傷を避けたけれど、ジュリウス様の鋭い斬撃は敵の片翼を落とした。
「うわっ! 揺れる!」
岸から飛んで来たジュリウス様が舟に着地すると、衝撃で立っていた船頭が体勢をくずした!
「くっ! その金眼! 竜血か!」
敵はそう言って背を向け、残る片翼のみで飛び去ろうとしたが、ジュリウス様が急に竜気と言われるオーラを纏って追撃した為、空中で爆散するように消滅した。
その追撃はたから見たらソニックブレードのようなものだった。
けれど、その衝撃で舟が激しく揺れ、船頭が水飛沫を上げ、川に落ちた!!
「ああっ! 船頭さん!」
「くそ! 船頭が落ちたか!」
ジュリウス様が忌々しげに叫んだ。
敵が万が一にも新手の敵が来るといけないので、船頭を助けに飛び込めず、まだ周囲を警戒するジュリウス様。
私は慌てて水面付近でパニくって溺れもがいている船頭の為に、何か掴まるものをと考えて仕方なく衣装の帯紐をほどき、それを投げた。
しかしこれで腰布が解けたので、片手で服がはだけないように押さえつつだ。
「これに掴まって!」
「!!」
「貸せ!」
船頭はなんとか紐を掴んで、ジュリウス様は上を警戒しつつも、私の持っていた紐を引きとって、船頭を引き上げた。
「ゴボッ、ゲボッ! も、申し訳ありません公爵様! ご迷惑を」
「気にするな、我が竜気に当てられて体が上手く動かなかったんだろう」
あ、船頭なのに泳げないのはそういう……。
「祭りに魔物が現れるなんて……不吉な」
不意にそんな声が周囲の観衆から聞こえて来てしまった。
わ、私のせいで祭りが台無しに!?
「今年の女神の娘が美し過ぎたが! これなら豊穣の女神もさぞ満足であろう!」
ジュリウス様がそう叫んだ後に、
「流石我らが竜血公爵様! 魔族などたちまちに倒してしまわれた!」
「そうだ!我等の公爵様は最強だ! カダフィード万歳!」
「美しく心優しき乙女に祝福あれ!」
今度は私の腰紐に救われた船頭が叫んだ。
「我等が竜血公爵様に栄光あれ!」
「カダフィード! 我等が盾にして最強の剣! カダフィード公爵様!」
騎士達が次々と公爵様を讃える言葉を叫ぶと、それ呼応し、民衆も熱狂して叫んだ。
「おい! ところで誰か紐を!」
ジュリウス様が私の姿を一瞥してから岸に向って叫んだ。
「閣下!! 受け取ってください!」
騎士が岸からベルトを投げて来たのをジュリウス様が空中でナイスキャッチした。
そしてそれを私に渡して言った。
「それをつけろ!」
「はい!」
人前ではしたない姿になってしまって申し訳ない。
私の投げた帯紐は濡れてビシャビシャだったので、見た目がちぐはぐだけど騎士のベルトを借りて締めた。
祭りからの帰り道、馬車の中でジュリウス様が私を見て小さく呟いた。
「全く我が妻は魔族までも魅了してしまう美しさか……」
そう言って旦那様は口角を上げた。
「ち、誓って言いますが、あのような魔族に遭遇したのは始めてで」
「すまない、そなたを責めた訳ではない。最高に美しい妻を娶ったものだと感慨にふけっただけだ」
そこに恐れの気配は無く、彼はただ不敵に尊大に、笑みを深めただけだった。