花嫁のメイクの後に、私はレースの目隠しをして、ベールを被せて貰う事になった。
それは新婦が母親にしてもらう、最後の身支度と言われるベールダウンの作業。
これをジュリウス様の乳母のオリエッタさんがやってくれた。
私の母親じゃないのに、こちらの母が来なかったばかりに申し訳ない。
乳母は光栄です、なんて言ってくれたけれど。
教会の扉が開き、参列者の騎士や使用人が見守る中、ヴァージンロードと言われる赤い絨毯の上を兄と歩いた。
私の歩みとともに、道の両側にある蝋燭の火が灯される。
その先にジュリウス様が立っていた。
彼が振り返り、私と兄が側に来たところで、新婦のパートナーを務めていた兄が夫となる人に切り替わる。
引き渡す、いえ、託すと言った方がいいだろうか。
私はそっと彼の腕に手を添える。
クリスチャンの結婚式ならおそらく、このタイミングで讃美歌の493番、祈祷が流れる所に、この世界の神を讃える歌が流れる。
かつての日本の友達の結婚式がそうだったから。
そして神父によって聖典を朗読した後に、誓いの言葉。誓約を行う。
「新郎ジュリウス・ドラグ・カダフィード公爵、あなたはここにいるセシーリア・コルディ・ヴァレニアスをいかなる災いが降りかかろうとも、高潔なる竜族の血に連なる者として、誇りを持って妻として愛し、敬い、守りぬく事を誓いますか?」
「誓う」
ジュリウス様のとてもいい声が、私の胸に雫のように落ちて来た。
「新婦セシーリア、あなたはここにおられるジュリウス・ドラグ・カダフィード公爵をいかなる災いが降りかかろうとも夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「では、指輪の交換を」
ジュリウス様が指輪を私の薬指に嵌めてくれて、私は彼の指に嵌めた。
そしてそれを見届けた神父は言葉を続けた。
「ここに誓約は成された」
ここで二人を隔てるものが無くなった証に、ベールアップを行う。
ジュリウス様が私の顔にかかるベールを上げ、レースの目隠しも、ここで解いて外した。
参列者達が息を飲む気配を感じた。
始めて多くの者の前で素顔を晒した。
そして、誓いのキス。
私は緊張しながら目を閉じると、彼の唇が私の唇にそっと触れた。それは柔らかく、少し冷たい感触だった。
けれど契約結婚とはいえ、スルーされずに済んだことに、心から安堵した。
多くのラノベや漫画で、ここをスルーする冷たい新郎を沢山見て来てしまったからだ。
この冷害夫が! 後でデレるにしたってあまりにも酷いぞ! と、毎回思ってた。
後で後悔しろ、クソ野郎! と、罵らずに済んだ。
参列者からの拍手が響いた。
そして結婚誓約書に二人で、署名する。
それから再び神父からの祈祷。それから魔法陣の描かれた誓約の本の上に手を置き、『オルコス』と、神父が唱えると、婚姻は成された。
そして私達は二人で赤い絨毯の上を歩きだした。教会の扉から今度は出るのだ。
これからは契約結婚とはいえ、夫婦になり、カダフィードの本城へと向かう。
その道すがら、フラワーガールが祝福の花弁を撒いてくれた。
美しい白い花弁は逆巻く風に乗って、空高く舞った。
◆ ◆ ◆
さて、城へ到着しました。
次にあるイベントは城での祝宴でケーキカット!
白い三段重ねのケーキやご馳走が並ぶけれど、豚の丸焼きのインパクトは相変わらず強すぎるな。
「閣下、セシーリア様、結婚おめでとうございます! そしてセシーリア様、お誕生日おめでとうございます!」
宴の席では騎士達が次々と祝福の言葉をくれる。
「しかし、奥様がこんなに天使のように美しい方だったとは! 何故お顔を隠されていたのですか?」
「皆様、祝福の言葉をありがとう。顔を隠していたのは普通に男性避けですわ、実際に結婚するまでは油断できませんでしたので」
「な、成る程! 美しすぎるというのは大変なのですね!」
「確かにこの美貌では求婚者が殺到して断わるのも大変でしょうね」
などと皆に言われるけれど、予想していた反応である。
「さて、ジュリウス様、一緒に最初の共同作業をいたしましょう」
私は隣りの席に座るジュリウス様に声をかけた。
けれど、彼は浮かなそうな顔をされている。
「それなのだが、何故一緒にケーキを切る必要があるのだ?」
「そ、そういう文化が、あるところにはあるのです」
「ふう、しかたかないな、やる意味は全く分からないが」
「閣下! 新妻のお願いですよ! 叶えて差し上げなければ!」
「あ! 閣下がどうしても嫌なら、私が代理で」
などとちゃらそうな騎士がしゃしゃり出て言うと、
「バカなことを言うな」と、チャラそうな騎士の肩を掴んでを下がらせ、何故かやや不機嫌そうなジュリウス様が前に出て、ケーキの側に立つ私の側に来てくださった。
「新郎の役割なのだろう」
「そうです」
「しかし、夫婦の初めての共同作業がケーキカットとはな……おかしくないか?」
こちらの世界での感覚だと確かに何の意味が有るんだと、おかしく思うのかもしれないけど……。
「おかしくないです」と、私は言いはった。
「それでは、ケーキ入刀!」
あらかじめ例の弓兵のアーロンにお決まりのセリフを頼んでいたので、その声に合わせジュリウス様と二人でケーキを切った。
ケーキを切った後で、わーっと、皆も拍手をしてくれた。
皆も二人でのケーキ入刀の何がいいのかは多分わかってないけど、ノリで拍手をくれている。
「しかし、そのドレスも大胆ですね」
騎士の目が私の大胆なスリット入りドレスから覗く太ももに釘付けだ。
「あまり見るんじゃない」
ジュリウス様が低い声で、騎士を睨みながらそんなことを言った。
まさか、嫉妬? それは嫉妬ですか?
「おっと、これは申し訳ありません、竜の刻印が目を引いてしまい」
あわてて刻印のせいにする騎士。
「確かにわざとこの刻印をアピールしていますので、叱らないであげてください」
私は微笑みながら、騎士を庇った。
ジュリウス様の嫉妬を引き出せたなら、この騎士はいい仕事をした!
「わざわざそんな……全く、そなたは予想がつかないな」