持参金の確認をそこそこしてから、サミュエルお兄様の元へ向った。
もう離れの温泉からは戻って来ていると使用人から報告を受けたから。
「サミュエルお兄様、温泉はいかがでしたか?」
「ああ、セシー、とても気持ちよかったよ」
兄は貴賓室でぬれた髪を暖炉の前で乾かしながらくつろいでいた。
「それは何よりです、あの温泉は私の貧弱な体質の改善にも役に立ってるようなので……お母様のお体にももしかしたら効くかもしれませんが、こちらには……来られませんよね?」
「普通の人間は竜血公爵を恐れるものだからな、か弱い女性なら、なおさら」
「ジュリウス様は見た目ほど怖くはない方なのですが……怖いなら仕方ありませんね」
「なんにせよ、お前が幸せになれそうならよかったよ」
お兄様はこれが実は契約結婚だということをご存知ないのだ。
私は誤魔化すようにあいまいに笑った。
どのみち今はレースの目隠しで顔を隠しているけれど。
「食事も用意しておりますので、しばし出発までくつろいでください」
私がそう言うと、すぐにメイドが貴賓室に食事を運んで来た。
メニューはローストビーフサンドに、デザートにはアップルパイ。
「低宅から城の方へ移動し、城の敷地内の教会で式を挙げる段取りなんだよな?」
「はい、そのとおりです」
「堅牢な城なのだろう? 普段から城を使えばいいのに、守りも硬そうだ」
話しつつ、ローストビーフに手をつけるお兄様。
「そちら、温泉のある邸宅より冬はとても寒いらしいのですよ。薪代や、燃料費もバカになりませんし」
「そうなのか、あ、この肉、すごく美味い、特にこのソースがなんとも……流石公爵家」
食事は私が手を加えているからね。食にこだわる日本人やっていた時の私の記憶が役に立ってる。
「そうでしょう? ジュリウス様は寒さ対策とか、使用人の事も考えられておられるのよ」
「あれ? 閣下、実は本当にお優しい?」
「ですから、そう申し上げております」
「ところでお前は食事をしないのか? これ、とても美味いぞ」
兄には食事をさせ、私はハーブティーしか飲んでいないので、気にしてくれているようだ。
「こちらの者から結婚式直前だから、私は少しのフルーツ以外を食べるのを禁じられているの。新婦の下腹がぽっこりしたり、ドレスが入らないと困るからって」
それは最もだと思うから、大人しく従っている。
「おっと、女性は大変なんだな……あ、このアップルパイ! 外がサクサクで中身がとろける! とても美味い!」
お兄様は私の現状を聞いて苦笑いしたり、料理の味に感心したり、忙しそうだった。
◆ ◆ ◆
そしてついに来る6月8日。私が16歳になった朝。
今朝の天気は晴れ。
私は誕生日と同時に結婚式を迎えることとなる。
そう言えばウェディングではケーキ入刀をやってみたくて、ケーキは料理長にリクエストしておいた。
初めての共同作業ってやつをね、してみたくて。契約結婚で招待客もろくにいないけど、多少の希望を入れても許されるでしょう。
小さな教会は公爵城の庭園内にあるので、今は邸宅から城の方に向って馬車を走らせている。
私は公爵様と一緒の馬車で、兄は後続の馬車に乗っている。
馬車は白いりんごの花の咲く道を走っているのだけど、幻想的で美しかった。
春が遅い地域だから、本来は初夏でも素敵な景色が見れてよかった。
「美しいですね……」
馬車の窓越しの景色を見なから、私がそう言うと、
「春だからな……」
と、ジュリウス様には短く返された。
そうしていつしか馬車は城壁の門を超え、城に到着した。堀に囲まれた城は、堅牢そうで、威風堂々としている。
ファンタジー系の作品でよく見る跳ね橋を通って入城。
城に到着した。 でもジュリウス様と私はお互い、着替えの為に一旦分かれる。
城の一階に用意されていた着替え用の控室に到着した。
ここで私はウェディングドレスに着替え、メイクもされる。
今回はベールをかぶるから、目隠しレースを外した。
とはいえ、メイド担当には流石に素顔を晒す事になる。
鏡台の前のメイク担当メイドが、始めて私の素顔を見て、息を飲んだ。
「……まあ、天使様のようにお綺麗な……どうして普段お顔を隠されておられたのですか?」
「ジュリウス様以外の男性の視線を避ける為よ」
「な、なるほど!」
雑な説明だったけど、やはり納得したようだった。美貌の無せるわざ。
そして私はついに白い花嫁衣装を身に
マーメイドラインのドレスは大胆なスリットが入っており、そこからドラゴンの刻印が見える。
城から教会への道までは、ベールを被って、お兄様のエスコートで
騎士達が両側の道を囲むように参列している。
そして教会から誰かがゴスペルを歌ってくれているのが聴こえてくる。
神父に同行している巫女達だろうか? これは私の頼んだ演出ではないから、公爵家側からのものだろう。
「セシー、そのドレス、綺麗ではあるが、大胆すぎないか?」
小声で話しかけてくるお兄様。
「竜血公爵様の刻印アピールよ」
「何でよりによってそんな所に」
お兄様は顔を赤くしていた。純情すぎるでしょ。
「普段は見えないところにしてくださったのかもしれないけれど、私には出した方がいいように思えたの、彼の妻になるのだし」
「はぁ、お前の考えることは私には分からんな……」
そして厳かなゴスペルが響く教会の中に足を踏み入れた。
教会には私の事前リクエストで白く可憐なジャスミンの花を飾ってもらっている。
花言葉は、あなたと一緒にいたい。などである。 途中で見捨てられたくないから……。
いわゆるヴァージンロードを兄と歩く先に、旦那様となるジュリウス様が静かに立っていて、奥の祭壇前にはこの祭事を司る神父様がおられる。
新郎の衣装は軍服系の黒くてかっこいいやつだった。そう、語彙力が消失するほどかっこいい。
教会のステンドグラスから、美しい光が射し込む。私にはまるで空の果てから届いた祝福と救済の光にも見えて、心が震えた。
貴族令嬢の結婚にしては驚くほど小規模でも私には十分に素敵だった。