「あー、やらかしたかもしれないわ!」
今は私用の部屋として使わせて貰っている部屋の中の、ソファの上で頭を抱える私。
「セシーリアお嬢様、何があったんですか?」
伯爵家からついてきているメイドのアニエラが冷めた目で私を見ている。
「先日、ジュリウス様から、お部屋お食事デートにさそわれたじゃない?」
「それ、デートなんですか? ただの食事では?」
アニエラは首を傾げた。マジか、こいつ。
「お部屋デートよ! しかも男性の部屋! ドキドキじゃないの!」
いずれ夫となる人の部屋よ!
「そうですか、なるほど」
この反応、どうでもよさそうである。
まあ、いいわ。勝手に話続けるから。
「部屋にいたら、ベッドが目に入ったの! 彼部屋だから彼のベッドよ!」
「はぁ、それはそうですよね」
「そこに注目してしまったのを、気がつかれたかもしれないの!」
「あはは」
ついにアニエラは笑い出した。
「あははではないのよ!」
「失礼しました。笑うしかない気がしました」
「でも、でもよ、ジュリウス様はかっこいい筋肉がついているのは服の上からでも分かるから、そこはちょっと楽しみになってきたの、やる気がでてきたわ」
初夜であの筋肉を堪能できる可能性がある。
ただの契約結婚でも、少しの楽しみも見いだしてはいけないということもないはず。
「あらっ、お嬢様ったら!」
ここに来て話題にノッてきたわね。
頬を染めてあらあらって顔してる。
「でも、冷静に考えたら、やる気を出すのは相手の方よね」
「そこは……公爵様に頑張っていただいて……」
「ワンチャン上になれば私が頑張ることも可能なんだけど、流石に初夜でそれは無いでしょう」
「は、はい? ワンチャン?」
「まぁ、いいわ、気にしないで」
「お嬢様は、たまによく分からないことを言いますね」
私はソファから立ち上がり、ベッドへ向って歩く。
「初々しい反応がかわいいと思って貰えてたらセーフなんだけどなぁ……」
私は天蓋付きベッドに飛び込んで枕を抱きしめながら小さく独りごちた。
「あの、お嬢様、二度寝をされるのですか?」
「ひと眠りして気持ちを落ち着かせるから、あなたも休憩をとってていいわよ。えーと、昼くらいまで寝るわ」
「かしこまりました」
アニエラは、やったー! っとでも顔に書いてありそうな笑顔で答えた。
◆ ◆ ◆
〜 伯爵家メイドのアニエラ視点 〜
セシーリアお嬢様がお昼まで二度寝をすると言われたので、自由時間が出来た。
何しろお嬢様の素顔を知るメイドは私くらいだから、お世話係は私に集中する。
私はゆっくり食事でもしようと、厨房側にある使用人用の食堂に来た。
「やあ、アニエラ、ここにはそろそろ慣れたかい?」
こちらの公爵家のジョバンニという執事から気さくに声をかけられた。そこそこ顔がいい男の人だ。 しれっと私の前の席をとって座った。
「ええ、そこそこには」
「お嬢様の体調はどう?」
「咳が減りましたので、だいぶいいです。あの離れの温かい泉の湯が本当に効くのかもしれないので助かっています」
「それは何より、あのお嬢様が来てから食事が美味くてさ、助かってるよ、ずっと公爵様と仲良くしていて欲しいな、ちょっと風変りだけど」
「……そうですね」
最近のお嬢様は、正直、人が変わったかのようだ。以前は美しいけれど、ただのか弱い、儚げな病人だった。
ベッドの上で寝たり、新聞を読んだり、本を読んだり……壁にかかった絵を眺めたり。
儚げな容姿をしていたので、長く生きられないのだろうと、不謹慎にも思っていたけど、ここに来てだいぶん快活そう。
そもそも健康に近づくなら、ああいう性格だったのだろうか?
椅子に座っていただけで、使用人用の食事が運ばれた。
とろけたチーズの乗せられたバゲットとベーコン入りの野菜スープだった。
美味しい。
「このとろけるチーズ美味しいですね」
「セシーリアお嬢様が公爵様からいただいたお土産のチーズなんだが、使用人の俺達にも食べさせたいって、厨房に分けてくださったから、いつもよりいいチーズだよ」
「あら……お嬢様ったら」
私が満足いく食事を終え、食堂から出て、廊下を歩いていると、公爵様が前方から歩いてくる。
さっと壁際に避け、頭を下げる。
「顔を上げよ。伯爵令嬢……いや、セシーリアは行きたい場所があるとかは言ってなかったか?」
どうやら私に話しかけられている。
私は言われるまま顔を上げた。
精悍で男前だけど威圧感のあるお顔で緊張する。剣の鍛錬に行かれるのか、白いシャツに黒いパンツ、腰に剣。
訓練中の騎士風の服を着ておられていて、確かに開けたシャツの隙間から、鍛え上げられた胸の筋肉が見える……。
「行きたいところ……で、ございますか? 特には伺っておりませんが、セシーリアお嬢様とお出かけされるのですか?」
「うちの騎士が……令嬢は新婚旅行はどこに行きたいのか、希望はそれとなく聞いているのかと……先ほど問われてな」
「新婚旅行!!」
意外!! そんな事を気にしてくださるなんて!
「声が大きい……」
なんか照れておられる!? 意外!
こっそりとお嬢様の為に情報収集を!
「あっ、失礼致しました……ただ、その、お嬢様がベッドの上からあまり動けない時は……壁に掛かった海の絵などをよく眺めておられました」
「海……か、参考になった」
そう言って公爵様は私の前を通り過ぎていった。
案外、顔に似合わずお優しい人……なのね!?