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第20話 遠征からの帰還後

 〜 ジュリウス視点 〜


 遠征から帰ったら、婚約者がわざわざ出迎えに来てくれた。少しだけ、柄にもなく感動した。


 が、しかしいきなり塩を投げつけられた。

 かなり面食らって、思わず睨んでしまったが、理由があった。



 私が魔物退治で何か良くないものを連れて帰っていたらしい。

 確かに肩や頭が重い感じはしていたが、それは単に疲労の為だと思っていた。


 湯けむりの中で温かい湯に浸かっていたら、怖怖とした様子で使用人が塩を持って来た。



「この塩を湯に入れるようにと、伯爵令嬢がおっしゃってらしたので、今から入れます」

「ああ」



 使用人が塩を湯に入れてから、岩壁に立てかけてあったオールのようなものでかき回した。

 いつの間にかそんなものが、ここにあるとは。

 伯爵令嬢の仕業か。


 塩入りの湯に緊張で固まっていた体が解れていくようだった。




「神官様は転移スクロール持参で迎えに行かれたようですので、じきに到着されるだろうとのことです」

「分かった」



 神官の浄化を受けてから、土産を渡すことにしよう。


 湯から上がって身体を拭いて、自室に戻ったところで、神官が到着したと連絡があった。



 神官が私に向って手をかざし、祝詞のりとを唱えると、この身が光に包まれた。



「誰よりも多く魔物を狩られたのですね」


「ああ」

「魔物の中でも特に知能の高いものや、特定の魔物などを狩る時は高確率で怨念がつきますので、討伐依頼を受けられる時は高く要求した方が宜しいですよ」

「そうだったのか」


「今回、初めて呪いに気がつかれたのですか?」

「ああ」


 そういえば伯爵令嬢のみならず、あのメイドも新入りだった。



「お気付きになられてようございました、呪いはお身体を蝕みますゆえ。……はい、浄化は完了しました」


「そうか、浄化ご苦労だった」



 ……急に塩をぶつけられて、反射的に睨んでしまって、悪いことをしたな……。


 あの後、伯爵令嬢に褒美をとらすと言えば、名を呼んで欲しいなどと言われた。



 なので要求通り、セシーリアと彼女の名を呼ぶと、さくらんぼ色の唇が、笑みを刻んでいた。


 目元が隠れていなければ、うっかり見惚みとれてしまったかもしれない。



 そして次は仕事だ、私の留守を狙った不届き物を、直接尋問しに行くことにした。 



 私が牢屋に着くと、既に夕刻になっていた。



 公爵邸より少し離れた森の中。

 とある塔がある。


 塔の中には地下牢もある。

 私は冷え冷えとした階段を降りた。


 古い燭台の明かりの中に鉄格子のはまった部屋がいくつかある。ここは囚人等を入れる物忌ものいみの塔だ。


 カビ臭い鉄格子の向こうに、やつはいた。

 私はカギを開けさせ、牢の中に入った。



「結局、貴様は具体的には何を狙っていたのだ?」


「強い魔物を狩ると、希少な魔石も手に入るから、沢山貯め込んでいるだろうと……それと、前公爵夫人の残された装飾品とかを盗ってくればいいと……」



 母上の装飾品だと?

 よりにもよって、なんという……。



 どうせ契約魔術で縛られているなら、それをそそのかした相手の名前までは喋らないのだろう。


 私は己の腰にある剣に手をかけた。



 ◆ ◆ ◆


 〜 セシーリア(主人公)視点 〜



「お嬢様、公爵様からお土産が届きましたよ」


「まあ! お土産! 青と白の綺麗なお花に果物に立派なチーズ!!」


 テーブルの上にずらりと土産物が広げられた。



「お花までくださるなんて、珍しいですね」


 メイドはそう語りつつも速やかに花瓶の用意をしだした。


「ふふ、誰かの入れ知恵かもしれないわね、でも嬉しいわ」



「あ、そういえば、お嬢様からレースのハンカチをもらったメイド達は大喜びでしたよ!」

「そう、よかったわ」



 そして私の部屋の扉を叩くノック音が響いた。



「セシーリア様、お届けものです」

「まだ追加が? どうぞ!」



 初めて見るお顔の女性が入って来た。

 第一印象、優しげなおばさん。



「お初にお目にかかります。公爵家にて乳母をやらせていただいていたオリエッタと言う者です。

冬は長めのお休みを頂いておりまして、本日復帰致しましたが、公爵様が依頼されていたシルクの寝巻きが完成致しましたので、お持ちしました」



「ああ、乳母の方! あの黒いシルクなら公爵様に届けるべきでしょう?」


「いえ、こちらの白の寝巻きはジュリウス様がセシーリア様の為に作らせたものです。自分の物をろくに頼まなかったとお聞きしておりますので、気を使って下さったのでしょう」



 ジュリウス様の乳母は柔らかく微笑んだ。


 ジュリウス様ったら、お顔はどちらかというとヤクザの若頭みたいに強面こわもて系なのに、なかなかお優しい! 私の分まで頼んでくださっていたのね。



 ◆ ◆ ◆


 〜 ジュリウス視点 〜



 翌朝、朝食の場にて。


 今朝はセシーリアと共に朝食をとることにした。


 しかもわざわざ私の自室に呼び、人払いもした。

 食事中に仮面やレースの目隠しをせずに済むようにだ。


 私の部屋に初めて入った彼女は、レースの目隠しを外してから、美しい素顔をさらし、興味深そうに室内をキョロキョロとしていた。そんなに面白いものもないだろうに。


「ここに座れ」 


 私は彼女のために椅子を引いた。


「ありがとうございます」

「いや……」



 どうということもない。礼儀だ。


 食事を始めた。彼女考案のチーズオムレツというメニューだ。黄色い卵でチーズを包んでいる。

 それと、カリカリに焼いたベーコンとサラダとスープとバゲット。


 土産に買ってきたチーズがかなり美味い。

 周りを包むふわりとした柔らかい卵もいい仕事をしている。



「結局、あの没落貴族は具体的には何のお宝を狙っていたか分かったのですか?」



 先日、私が例の牢屋へ行ったと聞きおよんだのか、無邪気に問いかけるセシーリア。



「詳しく尋問してみたら、希少な魔石と……どうやら母の残した装飾品、だ」

「ジュリウス様のお母君の……遺品……!」



 セシーリアはハッとしたような顔をした。

 もしかして、やはり前公爵夫人の物となれば、質の良い物が多いゆえ、欲しくなるものか……。



「何か欲しいアクセサリーでもあるのなら、盗人なら許さぬが、婚約者に渡す分には……」

「いえ、そうではなく!」

「ならなんだ?」



 少し冷たい言い方になってしまった。

 だが、彼女は特に気にした様子もない。



「公爵夫人の遺品を求めるなら、お美しい方でしたし、もしかして……横恋慕でもしていた者が盗ってこさせようとしたのかなと、形見分けでもらえなかったから、せめて……なにかを……とか?」



 急にロマンス話が始まった。



「横恋慕……? 男か、まぁ、母は美しい人だったから、あり得なくはない……か」

「まあ、でも盗みをそそのかすのは悪い事ですし、恋慕の情があっても許されることではありませんね」


「そうだな……」



 とりあえず実行犯のやつは、かっとなって罪人として斬って捨てた。


「お土産のチーズ、料理長に言って使ってもらいましたが、美味しいですね! 本当にありがとうございました!」 


「それより宝石はいいのか? 本当に婚約者なら、妻となるそなたには、母の形見を渡してもかまわない」


「それは過分なので、大事にジュリウス様がとっておいてください」

「……」



 全く考えの読めない女だ……。

 と、思ったが、彼女の視線がしばし室内を彷徨さまよって、私の寝台を捕らえた。


 そこでしばらく固まり、顔が赤くなった。


 何を考えているのか……案外分かりやすい女なのかもしれない……。


 私は少し笑った。


「ジュリウス様、今、笑いましたか?」

「いや、気の所為だろう」

「……」

「なんだ?」

「何でもありません!」



 彼女は赤くなったまま、食事を再開した。

 真剣な顔でフォークでプチトマトを突き刺している。

 面白い女だ……。

 こんな私を恐れないとはな……。








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