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第17話 謎のヤカラ

「何か……夢を見たような気がするけど、忘れてしまったわ」



 その日は朝から落ち着かない気分で目が覚めた。


 ジュリウス様は魔物討伐に遠征中。

 なので、魔法使いと弓兵には、作ったばかりの卵型爆弾の使い方を話しておくために、騎士の訓練所へ向かった。 


 今日は来客もあるのでしっかりと目元をレースで隠してある。


 そして訓練所には邸宅の警備の為の居残り組の騎士達がいる。



「伯爵令嬢は変わった物をお作りになるのですね」



 魔法使いは私の作った卵型爆弾を手しにつつ、しげしげと眺めた。



「なるほど、これは目潰し道具なのですね」


 弓兵は納得したように頷いた。



「私の名前はセシーリアよ。麻痺毒も含んでるから、決して風下では、使ってはいけないのだけど」


「ところで、セシーリア様、我々のような者がお名前で呼んでもいいものでしょうか」



 弓兵は身分を気にしているのかしら?



「皆、よそよそしいのだもの。少しくらい名を呼んでくれてもいいのに」

「わ、わかりました、閣下の様子を見てから、そこは臨機応変に」


 弓兵はジュリウス様の反応を気にしているみたい。



「ジュリウス様の? 他の者が先に私の名前を呼んだところで、別に焼きもちなど焼く方ではないと思うけれど、まあいいわ」


「お嬢様、ドレスショップの者がそろそろ来ますので、サロンの方へおいで下さい」

「ええ、今行くわ」 



 メイドに呼ばれた私は公爵邸内にあるサロンに向かった。


「デザインはどのようなものにいたしましょうか? よければこちらのカタログから」


 店員がカバンからカタログを出して来てくれたけど、


「それなら、私が描くわ」


 メイドに紙とペンを用意してもらい、私はその紙にサラサラと大胆なスリットの入ったマーメイドラインのドレスを描いた。



「こ、こちらは花嫁衣装にしては、大胆過ぎるのでは?」



 ……ここで私が既に傷物だって広めておくのも悪くはないかも……。



「私は公爵様の婚約者となったのだけど、その証に太ももに刻印を入れられたの」

「は? 刻印でございますか?」



 女性店員は何のことだと首を傾げた。

 そしてこのサロンには、現在、執事も控えている。



「男性達は少し後ろを向いてくれる?」


 私がそう言うと、執事達は素直に後ろを向いた。


 その隙に私はドレスの裾をまくり、ジュリウス様が噛んだ太ももを、ドレスショップの女性店員に見せた。



「まあ!」 



 顔を赤くして驚く店員。 



「ドラゴンの痣か彫り物に見えるかもしれないけど、公爵様がおでかけ前に婚約者の私に刻印をつけておくとおっしゃって、ここを噛まれたのだけど、傷跡が不思議とこのような竜の姿に変化したの」


「こ、これが竜血公爵の……刻印……」



 店員は、ゴクリと生唾を飲んだ。



「これが竜血公爵の所有印のようなものなら、いっそアピールするべきなのではと思ったのよ」

「な、なるほど! そういう理由があるのなら、納得でございます!」


「では、このようなデザインでよろしくね」

「かしこまりました」



 ドレスショップの者は採寸も終えて、ドレスのデザイン画を手にして帰った。


 公爵様がわざわざ普段は目立たないところに刻印を入れてくださったのかもしれないけど、私は地球で育った記憶があるから、好きな人のモチーフタトゥーは目立つようにすべきよね! と、いう思いもある。


 そしてドレスショップの者たちが帰還したその後に、事件は起こった。



 逢魔が時、いわゆる黄昏時の夕刻に。

 私兵を20人くらい連れた何処かの貴族と名乗る者が現れたのだ。


 もちろん公爵様の留守中ゆえ、あらかじめ訪ねて来るという手紙も送って来ない者を勝手に入れる訳にもいかない。さりとて貴族が相手ではやっかいである。



「旦那様は留守でございます。主の許可がないと入れる訳にはいかないのです」



 門番はごく全うに対応した。

 騒ぎを聞きつけ、私は物見やぐらのような高さのある塔に登った。当然弓兵と魔法使いも伴ってから。


 そこは高いので、正面玄関がよく見える。



「だからな! 故郷に戻る旅の途中、野党に襲われ、馬車をも壊されたのだ! 貴族の私が泊まれるような宿がこの辺にないのだぞ! 数日泊めてくれてもよかろう! 山越えの前に休ませてくれ!」



 貴族と名乗る男は、よほど遠くから来た田舎者なのか、竜血公爵の名を恐れていないどころか、もしかして知らないみたいな態度だ。


 それとも、留守を知っててわざとこのタイミングで来たのか。



「許可をいただいておりませんので、お帰り下さい」



 門番が辛抱強く帰れと繰り返す。



「帰れと言われても、家が近所ではないのだと言っている!」

「何処の貴族か家門を名乗り、貴族証明書を出して下さい!」



 私は塔の上から叫んだ。



「な、なんだ女!? そんな上から無礼な! しょ、証明書など野党が持っていったわ! 私の高貴な身なりを見れば平民ではないのはわかるだろう!?」


 服は確かにわりと良さげ。だけど、


「おかしな話ですね!? そんな高貴なお洋服は綺麗なままご無事で、野党に盗まれもしてないなんて!」


「そ、それは護衛が死守したゆえ!」

「あなたの来訪は公爵様からも家令からも伺っておりません! というか、早く家門を名乗って下さい!」


「そもそもお前こそ誰なのだ!? 顔を隠した不審者が!!」 



 確かにレースで目隠しの包帯のように隠している。



「私は公爵様の婚約者! いずれこの屋敷の女主人になる者ですから!」

「婚約者だと!?」

「そうです! 名乗れないなら、あなたも不審者ですから、お帰り下さい!」


「ぶ、ブルドワーズ子爵だ!」



 誰だっけそれ?

 田舎の没落貴族? 何にしろ、全く有名ではないわ。


 皇帝の側妃になって、社交界のパーティーでいろんな貴族から挨拶を受けた時にも、そんな名前の貴族はいなかったし……。



「聞き覚えがありませんわね! よそをあたってお帰りくださいませ!」


「い、田舎から来たから知られていないだけなのだし……だからよそなどないのだ! 貴族が泊まれる宿はこの辺にない! 何度同じ事を言わせる気だ!?」


「そこまでおっしゃるなら、ひとまず貴族年鑑を確認致しますから! ゴホッッ!」


 いけない、最近調子よかったのに、外が寒くて咳が出てきた!



「貴族をいつまで、外で待たせるつもりだ! 寒いんだよ! 無礼な!」


「……ゴホッゴホッ!」



 外はまだ雪が残っているのだ。しかし、見るからに怪しい。特に私兵の雰囲気が貴族の騎士とは雰囲気が違う。


 私は咳をしつつも卵爆弾を用意し、弓兵と魔法使いに小声で出番よと目配せする。二人ともが弓と魔法の杖を静かに構えた。



「ええい、もう、勘弁ならぬ! 強引にでも入る! お前達!」



 私兵が名を受けて門番を蹴散らして入ろうとした。



「門番! 目と口をいいというまで閉じておきなさい!」

「!?」



 私が叫びつつ、卵を門の向こうのヤカラめがけて投げた。

 それを魔法使いの風魔法が援護して、飛距離を伸ばし、弓兵が絶妙のポイントで卵を射抜いて、中味をぶちまけた。



「なんだ!?」



 赤い粉が降ってくるのを、やつらは避ける事ができなかった。


 唐辛子と麻痺毒のパウダーの風が奴等の目や口に入った!


「ぐあっ! 痛ぇっ!」

「目が! 目があっ!」



 ヤカラ達はしばしもんどりうって悶え苦しみ、立てなくなり、麻痺毒の効果も出た。

 死にはしないけど、動きは封じた。本当に貴族だったら、殺すのはまずい事があるから。


 ただ、貴族の序列的に、そう大した差問題にはならないはずだけど。



「今よ! 拘束なさい! 門番! もう目と口を開けてもいいわ!」



 待機していた公爵家の騎士達が私の命令で門の中から出て、ヤカラ達を捕縛し、門番達も無事なまま目と口を開いた。



「拘束しました!」



 騎士達が成果を叫んだ。



「公爵様が戻られるまで、その狼藉者達を何処かの牢にでも入れておきなさい! ゴホッ、ゴホッ!」



 くっ! また咳が!



「はい!! 令嬢はもう温かい部屋にお戻り下さい!」


 騎士達が気を使ってくれた。


 狼藉者が本当に貴族でも、伯爵令嬢という高位貴族の私の命で動いた騎士達は、これで罰されることはない。


 なので私でも公爵家の役には立てたはず!








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