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第14話 刻印

 ジュリウス様がお館の案内をしてくれた。

 私の素顔を知る伯爵家から来たメイドが少し後ろから付いてきてくれている。



 私達は肖像画が沢山飾られた部屋に来た。

 歴代の当主やその家族だろう。


 ジュリウス様によく似たお父上らしい人の肖像画もある。印象は威風堂々。


 黒髪に射るような鋭い眼差しの金色の瞳。

 ドラゴンが人里に折りて人間の姿になったら、こんな感じかもしれないといった佇まいも似ている。



「これは父だ」

「よく似てらっしゃいますね、きりりとした精悍なお顔だちと、金色の瞳の色とかが」 

「金眼は竜血の証だからな」



 その次に隣にある美しい婦人の絵の前で、一瞬悲しそうな目をして、彼はすぐに視線を逸らした。

 おそらくお母さまの肖像画だ。


 神秘的な銀髪にスミレ色の瞳の美しい人。

 薬指にはアメジストの指輪を嵌めていた。

 そこで、ふと思い出した。



「あ……」

「どうした?」

「指輪、いただいたではないですか」



 そう言いながら私はそっとエスコートの手を外し、目元を隠す為につけていた仮面を外し、それをメイドに手渡し、コートの内側に入れていたベールを取りだして被る。


 そして首の後ろに両手を持っていく。



「……ああ、それが?」



 私の一連の動作を眺めていたジュリウス様がゆっくりと語りかけた。


 私は無くさないように、細い鎖のネックレスにセイクリッドセブンの指輪を通し、首から下げていたので、



「これ、ジュリウスさまが私に嵌めていただけませんか?」



 鎖から、指先を外し、ベール越しに彼を見上げた。



「ああ……嵌めて欲しかったのか、気が効かなくてすまないな」



 つい、流れでご両親の肖像画の前なのに頼んでしまった。

 なんか見守られているみたいだから、これはこれでいいかな?

 婚約報告の代わりに。


 ジュリウス様が私の左手の薬指にセイクリッドセブンの指輪を嵌めてくださった。




「ありがとうございます。あの、そう言えば、今度でもいいので、ご両親のお墓にご挨拶をしたいと思うのですが」

「そうか……しかしそれは、結婚の時でよかろう」



 何故か遠い目をされた。



「そうですか……わかりました」



 ……ん?

 婚約だけでなく、ちゃんと結婚もしてくれるって解釈でいいのよね? これは?


 婚約の次に待つのは結婚だもの。

と、途中で気が変わって婚約破棄とかされなければ……。



「結婚は……1年後でいいか?」



 ドクンと心臓が跳ねた。契約結婚とはいえ、緊張するけど、これをこなしてさっさと人妻にならないと死亡ルートを回避できない! 多分!




「な、なんとか一ヶ月後とかになりませんか?」



「流石に早すぎるだろう、招待客などいらんが、ドレスの準備とかも」

「私、ドレスとかは白くてそれっぽければ中古でも何でもいいのですが!」



 思わず貴族令嬢らしからぬ事を言ってしまった。でも、本心だ。



「ふっ」

「おかしいですか?」



 必死過ぎたかしら?



「貰った釣書きには、そなたは6月に16歳になるとあった。結婚式は6月にしよう、普通は2年は婚約期間を設けるものなのだから、これでも物凄く短い」


「はい……」

「冬の長いこの地でも、6月は春だからな、気候もマシになっている」



 初夏ではないんだよね。なら、ちょうど良いのかも。日本であるならジューンブライドに当たるのだし。



「ところでハーブや薬の類は足りているのか? もっと金を使ってくれてもいいのだぞ」



 最初は確かに公爵家の財力を当てにして、健康の為に高麗人参みたいな高価な薬剤の素材も取り寄せて貰おうかとも思ったけど、外貨や食料の為に他所で危険な魔物と戦う彼のお金や、税金を贅沢に使うのは、やはり心苦しい。



「温泉の温活が良かったのか、咳も軽くなって来ましたから、大丈夫です」

「本当に?」 


「……あ、そこまでおっしゃるなら、温泉の熱を利用し、温室を造りたいです。貴重な薬草などをそこで育てると、今後何かと役に立つかと……」

「ふむ、温室か、いいだろう」


「ありがとうございます! 大きなガラスはかなり高額になりそうですけど、本当によろしいので?」

「薬草なら有事にも役に立つだろうから、気にするな」

「はい!」



 その後、他の場所もいくつか案内しようとはしてくださったけど、私の咳が出てきてしまってお開きとなった。

 そして結局私の部屋の中まで送ってくださったので、そこでは人払いをした。



「さて、この辺で私は仕事に向かう、7日後には帰るから、ドレスの準備でも済ませておけ」


「ゴホッ、ゴホッ、あ、ありがとうございます……ジュリウス様は魔物討伐にでも行かれるのですか?」


「ああ、忘れるところだった。すまないが、しばらくここを留守にするゆえ、刻印をつけておく」

「刻印?」

「ああ」


 私は長椅子に座っていたのだけど、彼は私の肩を掴み、横向きに倒した。


「あの……?」

「失礼」


 彼は急に私のドレスの裾を捲った。


 「きゃあ!?」


 スカート部分が太もものところまでめくられ、吐息が触れるほど、肌に顔が寄せられたと思ったら、急に左太ももの外側を噛まれた。


「痛っ」


 私が急に与えられた痛みに呆然として、彼を見ると、血を流す太ももから顔を離した。そして、支配者の目をしていた。


 私の白い太ももには犬歯による、噛み跡がくっきり残っている。



「コレが、刻印だ」

「き、傷物になりました! 責任、取って下さるのよね?」


 私は動揺していた。


「最初から傷物にしてくれと頼んでいたではないか」

「そうでした!」


 でも、それは初夜で処女を奪えと言う意味であったのだけど……!? ま、まあ、でもこれはこれで傷物には違いないかもれない……。


「普段は見えないところにしておいた。それこそ夫か、着替えか入浴を手伝う下人くらいしか見ないはずだ」


 彼はニヤリと雄の顔をして笑った。

 初めて見る彼の表情に、私は目を奪われた。


 それから彼が背を向けて部屋を出た後も、私は呆然とし過ぎたまま、いつしか陽が傾いた。


 窓から差し込む燃えるような夕刻の色が、私のいる場所を照らし、染め上げていたのにも、しばらく……気がつかなかった。















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