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第12話 契約

 〜 ジュリウス視点 〜



 昼には口の中でほろほろと崩れる肉のスープを食べたらそれはとても、味わい深く、美味かった。

 文官達が絶賛するわけだ……。



 私は食事を終えてから、執務室に家令を呼んだ。




「伯爵令嬢に対する報告を」



 私は家令に報告を促した。



「相変わらず個人で植物学者に接触する様子は全くありませんでした。商人を招き、好きなものを頼んでいいとお伝えしましたが、ご自分の為のものはほぼ買われませんでした」


「何を買った?」

「果物、ハーブ、メイド達の為のレースのハンカチ30枚、旦那様の為のシルクなど」

「メイドの為のハンカチ?」


「冬の長いこの地のメイド達への暇潰しになるだろうと、非番の者相手に恋物語の朗読をしてくださったのですが、泣ける内容だったそうでメイド達が大層泣いていたのです」


「それで目の赤いメイドを何人か見たのか」

「そのようです」

「そして旦那様の為のシルクとは、まさか」



 私のことなのか?



「ええ、ジュリウス様の寝間着用に黒いシルクを」

「わざわざシルクを寝間着に?」



 令嬢なら最高級のシルクを見たらドレスを作るところだろうに。



「令嬢いわく、シルクをまとって寝ると日々身体に溜まる毒素を排出し、身体によいとのことだそうです」

「身体に良いなら自分用を作るべきだろうに」


「ご自分用はハーブや蜂蜜などの食べ物を……基本的に倹約家のようですね。宝石の類には目もくれず、あ、農民と農業の本はお買いになりました」


「農業? 何故」

「現在使用されている農機具なのが分かるとかなんとか、どうも領民の生活に還元できるものならお金を使う価値はあるとのお考えのようです」



「……ふむ。婚約前ゆえ猫を被っている可能性もあるが、まあ、良い」


「いかがなさいますか?」

「してみるか、婚約……」



 覚悟を決める時が……来たのかもそれない。



「では、明日にはお伝えいたしますか」

「ああ、私が自分で言う」



 私は目の前に運ばれて来た黒いシルクの巻物にそっと触れた。


 さらりとして滑らかで、優しい手触りをしていた。


「旦那様、商人はまだ待機しております」

「彼女の分の寝間着もこの、シルクで作らせよう」

「お色は?」

「白で良かろう」

「はい、ではそのように伝えおきます」



 天使のように美しいからな、彼女の素顔は……。



 ◆ ◆ ◆


〜 セシーリア視点 〜


 昼にジュリウス様からサロンにてお茶に誘われた。


 今は人払いをされているので、私は仮面を取って、手元に置かせてもらった。


 テーブルの上には美しい琥珀色の茶とケーキが並び、振る舞われている。

 ……とても良い香りがいいわ。



「体調はどうだ?」

「温泉……お風呂のおかげでだいぶいいですわ」



 ジュリウス様の視線が自分にそそがれているのを感じる。

 少し照れるけれど、頑張って目を合わせる。



「……コホン。では、早速だが、本題に入る」


 はっ! もしや婚約、契約結婚の件!?


「は、はい」


「私と契約結婚をしたいとのことだったな」

「はい!!」

「しよう」

「やった!!」



 あっ!!

 歓びのあまり、思わずガッツポーズをしてしまった。

 いけない! ジュリウス様がおよそ貴族令嬢らしくない私の反応に唖然としている!



「……ふっ、これにサインを」



 良かった! 笑ってくださった!

 セーフ!!


 私の目の前に出されたのは二枚の書類。

 もう1枚は転写されるやつみたい。カーボン用紙というより、魔法陣がついてるから魔法の力で複写されるようだ。


 私は契約結婚に関する書類に目を通し、自らの名前を書いた。

 手が震えそうになるのには困ったけれど。



「はい、サインを書きました!」



 少し、下手くそな文字になったけど、名前だと判別できればいいはず!



「ではこちらは私の、こちらは君の分」


 二枚の書類を二人で分けた。


「はい!!」



 私は自分の分の契約書が、十分に乾いたのを確認して、二つ折りにしてから、そっと胸に抱いた。


 これで、生き延びるられる!!

 側妃死亡ルート回避!!


 後は結婚し、無事に初夜にて傷物にして頂きましょう!!


「そんなに嬉しいか?」



 書類を抱きしめる私の様子がおかしかったのか、ジュリウス様が長い足を組みなおして問うてきた。


 今は二人しかいない、十分に温められた部屋の中の煖炉は、パチパチと火種が爆ぜる音だけがしている。


 そしてケトルからは湯気が上がっていて、捕食者のような金色の強く美しい瞳が……静かに私を見つめていた。



「はい。 これは私の生存がかかっておりますから」

「……そうか、そうだったな」



 彼はそう言って、懐からすっと小さな箱を取りだした。



「あ、もしや……」

「婚約指輪だ」


 箱を開けたら、綺麗な紫色の石のついた指輪が入っていた。


「この石は……」

「セイクリッドセブン、そなたの……生存を祈る」



 パワーストーンの類は前世の記憶のおかげでわりと知っている。 


 スーパーセブンの別名セイクリッドセブンは、水晶、アメジスト、スモーキークォーツ、レピドクロサイト、ゲーサイト、カコクセナイト、ルチルの7つの鉱物が集まった石とされていて、運気を好転させると言われるお守り石。


 顔を上げると憂いを含んだ金色の瞳が、静かに私を見つめていた。


 私の為に、生存を祈ると言ってくれた彼の言葉を、この瞬間を、私は……生涯忘れないだろう。


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