冬の長いこの地には娯楽も少ないという。
この邸宅で働く非番のメイド達の為に、物語を朗読することにした。
場所は使用人達が使える談話室。
温かい煖炉の前で。
「そして、今にも命の灯火が消えそうになっている彼の愛する病の少女は、もっとあなたと一緒にいたかった……せめて来世でも、生まれ変われたら、あなたに会いたい……と、言いました。すると彼は、会えるさ。必ず見つけ出して、次こそ添い遂げようと約束してくれました」
私の朗読する物語を聞きながら、ぶわっと涙が滝のように流れ出すメイドさん達。
「な、なんで彼女は死んでしまうんですか!」
「あんまりですー」
などと、ハンカチ、あるいはエプロンの裾で涙を拭いながらぼやいている。しかし、まだ続きがあるのよ。
「けれど、百年後に、彼女は生まれ変わりました。そして彼の方は、幻獣の心臓を食べてしまっていたので、ずっと、長く、見た目も変わらず生きていて、彼女を待ち続けて、ついに見つけました。彼女は17才の少女となり、神秘の森で迷っているところを彼に助けられ、再び出会ったのです」
「出会ったぁーー!」
「良かったぁ」
「あそこで終わりだったらあまりにも悲恋!」
盛り上がるリスナー達。(非番のメイド)
「やっと出会えた二人。少女はまた、彼に恋をしました。しかし、少女はまた病にかかりました」
「なんでまた!?」
「なんでですか? 神様!? 可哀想です!」
またメイドがハンカチを握りしめて泣いている。ハンカチは特に飾り気の無いシンプルなものだ。
「けれど今度は、彼は長く生きた分、その身に森の中で多くの魔力を溜め込んでいたので、自らの血を彼女に分けてあげることで、彼女を生かす事に成功しました」
「やった! やったわ!」
「うっ……良かった!」
「そして幻獣の心臓を食べた彼と同じ血を分け合って、彼女も人の理から外れてしまいましたが、二人は今度こそ永遠に結ばれました。
彼と彼女は深い深い森の中、その森の守り手として、愛しあいながら、幸せに暮らしました……とさ」
「良かった! 今度は片方だけがとりのこされなくて!」
「ありがとうございましたぁ」
涙を流しながら感謝された。
この大きな館には図書室もあるけれ、字が読めないメイドさんもいるので、物語を一つ読んできかせた。
ただし、前世の日本で読んだ物語だけれど。
コンコン。談話室の扉をどなたかがノックをした。
「はい! どうぞ! ……コホンッ」
声を張り上げたらまた咳き込んだ。
「セシーリア様、商人が参りました」
「え? 私は呼んでないけれど、ジュリウス様が呼んでくださったのかしら?」
「さようです」
「ありがとう、じゃあとりあえず商人と会ってみるわね」
「行ってらっしゃいませー」
メイド達に手をふられ、見送ってもらった。
わりと仲よくなれて嬉しい。
せっかくのジュリウス様のご厚意だから。
何か欲しいものを買いなさいってことよね。
私は外部の者に会うということで、ブラウスとスカートの、つまり分離型の服を着ていたのだけど、一応ドレスに着替えた。仮面もつけているし。
着替え終わった私は執事に案内され、使用人達が使うよりグレードの高い応接室へ向かった。
およそ30代くらいの男性の旅の商人らしき者は一瞬私の仮面姿に面食らったが、すぐに商人らしい笑顔を浮かべ、自己紹介を始めた。
「お待たせしてごめんなさいね」
着替えの時間分、多少、待たせてしまったことをまず詫びる日本人気質が出ちゃう。
「いいえ、いいえ! とんでもありません。
ごきげんよう、お嬢様。メルヴィス商会のソイラと申します。当店では、幅広い品揃えでお客様方のご満足していただける高品質な物を提供させていただいております」
「とりあえず商品目録はあるかしら?」
一応、豪華そうか宝石のアクセサリーなどがテーブル上に並べてはあるが、商品が多いことを誇るなら、アイテムボックスのようなものを持っているのかもしれない。
「はい、こちらをどうぞ」
案の定、商人は魔法の鞄のようなものから商品を出して来た。
「……このレースのハンカチが欲しいけれど、在庫はいくつあるのかしら?」
「今は30枚です」
「メイド全員分は足りないけれど、仕方ないわね。ひとまず私の朗読で泣いてくれた人の分は足りるし」
「おお、お嬢様はメイドの為に朗読をされたのですか? なんとお優しい、さらにこんな素敵な贈り物を」
この世界、機械による大量生産のレースは無く、手で編んだレースとなるからやや高級品だ。
メイドだと、自分で買うのには少し躊躇するレベル。
メイドでも給料を奮発したら、買えなくはない。そんな感じの値段。
それでも貴族令嬢のドレスよりはぜんぜん安い。
「あ、それとこちらの農民と農作業の本をお願い」
これでこちらの農業レベルが分かるはず。
「の、農業の本でよろしいので? ラブロマンスの小説などもありますが」
「ええ、農業の本でいいのよ、どうせ予算を使うのなら、ここの領地に還元できそうな情報の本の方がいいもの」
「お嬢様、お嬢様の本当に物を買ってもよろしいのですよ。旦那様からそう仰せつかっておりますので」
側にひかえていてくれた家令がそう言ったけれど、血税では? と、思うとあまり贅沢はしたくない。元小市民ゆえに。
「こちらのシルクなど、最高品質でございますよ」
商魂逞しい商人はシルクの巻物をアピールしてきた。
「シルク……そういえば、シルクの肌着で寝ると身体にいいとか」
毒素を吸収してくれるんだったかな?
「おお、ではこちらにいたしますか!?」
「男性のジュリウス様用に、落ちついた色の……黒とかもあるかしら?」
「え!?」
家令と商人が同時に驚いたリアクションをした。
「あの、お嬢様の分は?」
家令がまた声をかけてきた。
「私のは、シルクより洗いやすい素材のでいいので」
「なんともつつましやかなお嬢様ですねぇ、黒はこちらでございます」
商人はとりあえず売れればいいので、にこやかな笑みは崩さない。
あとは、蜂蜜とメープルシロップとハーブとドライフルーツと小麦粉などを適当に買った。
「セシーリア様、本当にそれでよろしいので? ドレスやアクセサリーとかは?」
家令がまだ贅沢品を勧めてくる。
「そうねぇ、わざわざここまで来てもらってコレだけだと確かに申し訳ないかしら……でもこの後でジュリウス様や使用人の皆も何か頼めばよいと思うわ」
「はは、かしこまりました」
家令はやや困ったような笑顔を作った。
私はそんなにおかしな事を言っているかしら?