私は先日竜血公爵に魔物討伐の報酬で貰ったらしい荒地の活用に対して、私なりのアドバイスをしたけれど、あまり気に入ってはいただけ無かった。
下品な女だと思われただけだったらどうしようかな? 困ったわね……。
そして婚約OKの返事を聞くまで時間があると言うか、暇なのと、むしゃくしゃしたので今日は厨房で食事の仕込みをすることにした。
料理は豚のスペアリブのトマトスープ。
口の中でほろりと解ける骨付き肉が食べたいと、発作的に思ってしまったから。
ストレスがかかると食に走る件。
「一度私が作ってみせるから、手順を覚えてちょうだいね」
「はい!」
私は貴族令嬢にしては、手際よく包丁で野菜や肉を切っている。これは前世の記憶のおかげですよ。
「豚スペアリブは食べやすいサイズに切っておく。気になる場合は軽く水洗いして、清潔な布で水気を拭き取る」
そう、ここには日本にあったキッチンペーパーがないから仕方ない。布でやる。
「はい」
料理人は真面目な顔で頷く。
「玉ねぎ、にんじん1cmくらいの角切りに、あと、にんにくはみじん切りに」
「はい」
「次にスペアリブを焼くのだけど、先にオリーブオイルでにんにくを」
「はい」
私はは大きめの鍋にオリーブオイルを熱し、にんにくを入れて香りが立つまで弱火で炒めた。
よし、よし、いい感じ。
「スペアリブを入れるわね。
中火で表面に焼き色がつくまでしっかり焼く(全面で5~7分くらい)。これで旨味が閉じ込められて、スープに深みが出るわ」
「はい」
「そして野菜を加える。
焼き色がついたら、玉ねぎ、にんじんを鍋に加えて軽く炒める。野菜がしんなりしてきたらいい頃合いね。ざっと3~4分くらいかしら」
私は説明しつつ砂時計をひっくり返す。
「はい」
さて、トマト缶とかがないから、次は……。
「次に煮込み開始ね。
保存していたドライトマトの出番よ。木べらでトマトを混ぜる。
そして水とコンソメ、いえ、鶏からとったスープと、ローリエを加えて、全体をかき混ぜる。沸騰したら悪いのだけど、アクをスプーンで丁寧に取り除いてね、今回は私は自分でやるけども」
「悪いなどと思わなくて大丈夫です、お嬢様」
「そうね……よく考えればジュリウス様にも出せる料理ですからね」
「はい!」
「そして、蓋をして弱火で1時間半~2時間くらいじっくりと煮込む。スペアリブが骨からほろっと離れるくらい柔らかくなれば成功よ。
途中で水分が減りすぎたら水を少し足して調整してね」
「はい」
私の指示を書き取るメモ係の料理人もいるので、せっせと書いている。
「この隙に私はお風呂に行きますから、鍋を見ていてね」
「かしこまりました」
そして、私はしばらくお風呂でぐるぐる歩いて、身体も洗い、髪を乾かし、およそ、1時間半は過ぎた頃に厨房へ戻った。
「ただいま」
「おかえりなさいませ! お嬢様!」
さて、鍋の具合をチェック。スープの量とか、問題なさそうね。
「そして味を整える。煮込み終わったら、塩と黒こしょうで味を調整。お好みでハーブ(タイムやオレガノ)を振り入れて風味をプラスしてもいいわね」
「はい」
「仕上げにローリエを取り出して、器に盛り付けたら完成! ほろほろの肉とスープのコクを楽しめる一品になってるはずよ」
「はい!!」
そして背後からオーブンを明ける気配を察知したと同時にめちゃくちゃ香ばしいバターの香りがした。
「お嬢様! 先日いただいたメモ通りにやった天然酵母を使ったふわふわのパンが焼き上がりました!」
「でかした! こほん、いえ、よくできました!」
ヒャッハーーッ!!
祭りだ! 祭り! 焼きたてパン祭り!!
脳内で一人祭りを繰り広げてから、冷静を装って、
「さて、ちょうどお昼時だし、私は今から食堂に向かうので出来上がった料理を持って来てくれる?」
「お任せ下さい!」
待機していたメイドが元気よく挙手してくれた。
「ありがとう」
◆ ◆ ◆
食堂の席につくと、程なくして先ほどの料理が運ばれてきた。
「うん、絶品! 口の中でお肉がほろりと解けるわ!」
圧縮鍋とかないから、贅沢に時間をかけてじっくり作ってる分、深みのある味に感動した。
食事をしながら、雨音が屋根を叩く音が聞こえた。
雪が止んで雨になったみたい。
そろそろ春が、来るといいな。
◆ ◆ ◆
〜 ジュリウス視点 〜
食堂で植物学者と伯爵令嬢を会わせて見たが、初見の反応だった。
特に素顔の植物学者の表情は分かりやすい。
二人で何かの策謀を巡らせた感は全くなかった。
そして貴重な花を使った健康の為のお茶。
私にも健康で長生きをして欲しいなどと言っては勧めてきた……。
荒れ地に畑を再生させるのはいいが、獣害を防ぐ為の案として、あのような事を言い出すとは、本当に予想の付かない女だ……。
仮面の下は、天使のような顔をしておいて……。
「あれから、どちらかが秘密理に接触しようとはしていたか?」
「植物学者と伯爵令嬢のことでしたら、そのような報告は上がっておりません」
「今日、伯爵令嬢は何をしている?」
「厨房で料理指導をしてから離れでの入浴後、食堂へ向かわれたと」
その時コンコンと、ドアをノックする音がした。
「入れ」
「お食事をお持ちしました」
焼きたてパンの香ばしい香りだ。
「こちら、天然酵母から作られたパンと豚のスペアリブのスープでございます。レシピはセリーリア様からのものです。冷めないうちにどうぞ」
「そうか、下っていい」
早速食してみる。
口のなかでほろりと崩れる肉、味に深みのあるスープ。そして焼きたてパン。
全てが美味い。
「……ふぅ」
ぐぅ~と、同じ執務室にいる者たちの腹が鳴っているのが聴こえた。
「お前達も食堂へ向かえ」
「はっ!! では、御前を失礼いたします!」
彼らがウキウキと扉の向かうに消えていくヘ背中を見送ると、やはりここに置いておいてあげてくださいと、食事を終えた文官達が懇願して来た。
彼らも同じものを食べたのだろう。
さもありなん……。
そして雪が止んで、雨になったのに気がついた。
しばらくして、雨も止み、窓の外には美しい虹が出ていた。