「お嬢様、おはようございます。今朝はご主人様から一緒に朝食をとお誘いがあります」
公爵家のメイドから吉報が届いた。
「ジュリウス様のお誘い!? もちろんご一緒します!」
「今朝はドレスを着ますよね?」
今度は実家から連れて来たメイドのアニエラに声をかけられた。
「ええ、ジュリウス様がせっかく食事に誘って下さったのだもの」
朝の身支度を終えて、食堂へ向った。
それに一番仮面に合うのはドレスだし。
「ジュリウス様、おはようございます、今朝はお招き頂きありがとうございます」
「いや、いいものが手に入ったのでな」
長いテーブルに白いテーブルクロスがかけられ、花瓶には冬なのに花が。
執事がすっと近づくと、椅子を引いてくれたので座った。
「いいものですか?」
「少し待ってくれ、今朝はもう一人招待している」
「え?」
まだ他にもお客様が? と、首をかしげると、もう一人が現れた。
「くだんの植物学者のエイサー・コリンソだ。君のおかけで命拾いをした」
「え?」
植物学者は目を丸くして私を見た。
彼も執事に椅子を引かれ、着席した。
「あ!! 彼がそうなんですね。本の著者近影や新聞では小さな肖像画だけしか、私は存じ上げなかったのですが」
「あの雪崩の避難指示は閣下の指示ではなかったのですか?」
「もちろん私の指示でもあるが、あそこで雪崩が起きるだろうと教えてくれたのが彼女だ」
ジュリウス様はあっさりと手柄を私に渡すような事を言った。
「なんと!? 地質学でもやられておられるのですか?」
エイサーが私を見て興味深けにその瞳を輝かすけれど、違う、学者仲間とかじゃないのよ。
「いえ、たまたま予知夢のようなものを見て……ご無事で何よりですわ、私はあなたの植物図鑑を気に入っておりますので」
「なんと! それは嬉しいです! それにしても予知とは……不思議な夢を見られる人の話は時折伝え聞くこともありますが……実際にお会いできるとは」
「予知夢のことは、秘密にしておいてください、あまり目立ちたくはないので……ゴホッ。失礼しました、持病の咳が……」
ハンカチで口元を抑える私。ちょい咳は空気読んでよ! 大事なとこよ!
「ああ、そうだったな、すまないな、伯爵令嬢。手柄を横取りしているようでどうもすわりが悪くてな」
ジュリウス様は私の咳の事はいつものことだとスルーしてくれた。
「いえ、私は情報をお教えしただけで、実際に避難指示を出して場所を用意されたのはジュリウス様なのですし」
「ともかく、お二人ともが恩人ということですね」
植物学者は人の良さそうな笑顔を向けてきた。
「ところでこの貴重な雪氷花を彼から譲ってもらった」
ジュリウス様が手を上げたら執事がトレイに乗せた美しい氷漬けの透明な花を持ってきた。銀の器に飾られている。
「まあ、なんて綺麗な氷中花!」
「コレを今からお茶にする」
「お茶に……そんなに綺麗に保存されてますのに」
「最新の研究で体に良いと分かったので、どなたの為に使われるのかと思ったのですが、もしやこちらの美しいレディに」
最新研究!! 未来の新聞にもまだ載ってなかった情報!! あ、本来はあの雪崩で亡くなったからか!
しかし仮面をつけてても、ある程度綺麗なのはやはりバレるわね、フェイスラインとかで。
「そういうことだな、茶と混ぜて煎じるようだが、追加して欲しいハーブはあるか?」
「ありがとうございます、ではローズヒップはありますか?」
ローズヒップはビタミンCを多く含むことから「ビタミンCの爆弾」と呼ばれることもある。
地球での主な生産地のチリの前身であるインカ帝国では、なんと「不老不死の薬」として服用されていたという逸話も残っているのだ。
「はい、届いております、ドライローズヒップです」
執事がそう答えてくれた。
集めて欲しいハーブリストに入れておいてよかった!
ジュリウス様は目の前で氷を溶かし、花をポットに入れると、メイドがそのポットを引き取った。
「お嬢様、ローズヒップはいかほどお入れしますか?」
公爵家のメイドに問われたので答えよう。
「ティースプーン約1杯分でお願いするわ」
「かしこまりました」
彼女は熱湯とローズヒップを追加で入れた。
「そして5分だけ蒸らしてからティーポットを軽くゆらし、濃度を均一にしてからカップに注いだらできあがりですが、蒸らし過ぎたら苦味が出ることがあるので気をつけて。あ、お砂糖の変わりに蜂蜜を入れてくださる?」
「はい、おおせのままに」
砂時計をひっくり返し、5分ほど蒸らすと赤く美しいハーブティーが完成した。
「レディはお茶に詳しいのですね?」
「それなりに、勉強は致しましたの」
ハーブ系は実のところ、ほぼ前世の地球の記憶だけどね!
「さぁ、飲んでみるといい」
赤く綺麗な茶がまっ先に私の前に出された。と、思いきや、……ん? 私に……だけ?
「あの、せっかく貴重なお花を使われてますから、皆で飲みませんか?」
「君の健康の為だろう、残りも自分一人で飲み干せば良いではないか」
「ジュリウス様にも、植物学者さんにも長生きして欲しいのですわ」
「「……」」
ジュリウス様とエイサーの二人が顔を見合わせた。
「では、せっかくだからいただくか」
ジュリウス様は目元を和らげた。