〜 ジュリウス視点 〜
雪崩事件から四日後。
私は植物学者を呼び寄せる手紙を書き、到着を待つ日々をおくっていた。
そんなある日の朝。
「奥様が悪魔に取り憑かれたかもしれません!」
朝からそんな知らせをもって私の寝室へ駆け込んで来たメイドがいた。
私はすぐさま、彼女に貸している貴賓室の寝室へ駆け込んだ。
こちらも寝起きで寝間着だし、申し訳程度にガウンを羽織っただけの姿は礼儀に欠けるが、この際仕方ない!
「令嬢!?」
私はドアを開けて部屋に突入した。
本当に悪魔つきなら急がねばならない。
そしてそこには男の服を着て、ベッドの上で変なポーズを取っている令嬢の姿があり、仮面は既に身につけていた。
「あら? ジュリウス様? お早うございますー」
「伯爵令嬢、な、なにをしている? 四つんばいになって……」
「ヨガ……これはネコのポーズです」
四つんばいで首を上に向け、反らしている。
「ヨガ? ネコ?」
「健康になろうと思って、運動というか……」
「ネコの真似をすると健康になるなど聞いたこともない」
「問題はですね、ヨガはハトのポーズとネコのポーズしか私は覚えていないということです」
「はぁ? ハト?」
「こうです!」
「あ! あれです! 先程見た奇怪なポーズ! コレこそ悪魔憑きではないでしょうか?」
「悪魔!? これはハトのポーズで、ただの健康法のヨガです!」
「……」
「ハトのポーズは正面から横座りになり左脚を後ろに伸ばし内側へ回し、骨盤は正面を向き、両手は体の横につきながら背筋を伸ばし、左脚の膝を曲げ、脚を左ひじに。お腹を引き上げてから右手を前方に向けた後、右ひじを曲げ、頭の後ろで左手と握手をします。背筋を伸ばし、胸を開きながら気持ちよく5回ほど深呼吸します。反対側も同様に行い、つまり柔軟性が身につきます」
伯爵令嬢セシーリアという女はペラペラと訳のわからんことを言っている。
しかし……、
「特に邪悪な気配はしない……な」
魔物などからは禍々しい気を放つ者が多いが、令嬢からはそんな気配はない。
「そうなんですか!?」
メイドはまだ懐疑的だ。
「心配なら聖水で顔でも洗ってもらえ、家令に言って宝物庫を開けてもらうといい、そこにある」
「はい!」
メイドは聖水を用意しに走った。
「え? 宝物庫の聖水? 何か……おかしな心配をされたので、違う運動にしておきますね。朝からお騒がせして申し訳ありません……」
彼女は少し申し訳ないような顔をした後で、寝起きで寝間着の上にガウンを羽織っただけの私の姿を見て、少し恥じらいの気配を見せた。
「あ、こんな姿で朝から失礼した。それでは私はこれで」
◆ ◆ ◆
その後、朝食の後で今度は、伯爵令嬢が屋敷の階段を登ったり降りたりしてる姿を見かけた。
「お嬢様! もうお止め下さい! 膝が産まれたての子ジカのようになっておりますよ!」
伯爵令嬢の膝がプルプルしているので、伯爵家から彼女についてきている、おつきのメイドが腕をつかんで支えている。
「こ、この体が
そしてまた咳き込んでいる……。
「あまり無茶をするな……健康になるどころか、それでは悪化していないか?」
「はっ!! いいことを考えました!」
何か思いついたような顔をしている。不安だ。
「今度は何だ?」
「昨夜気がついたのですが! この御屋敷なんと離れに広いお風呂があるではありませんか! しかもあれは温泉の湯ですよね!」
「ああ、湯が湧き出す不思議な泉だ」
「温かい蒸気を吸いながら、湯の中で運動すれば膝に負担もかかりませんし寒くありません!」
「そ、そうか、倒れない程度にするんだぞ」
「ありがとうございます! ジュリウス様はお顔はコワモテですのに、お優しいですね!」
急にお優しいなどと……。なんだかむずがゆい……。
「……ゴホン、とにかく長湯には気をつけるように」
「はい、湯当たりにはちゃんと気をつけますね」
彼女は微笑んだ。顔の上半分は仮面で隠れていても、口元は確実に笑みを刻んでいた。
もし今、あの仮面をしていなければ、きっと花のような笑顔だったかもしれない……。