〜 ジュリウス視点 〜
伯爵令嬢が雪崩の予言をした日の昼過ぎの事。
「閣下! 昨夜設置した振動を感知する魔法石の反応がありました!」
「本当に雪崩か!?」
「恐らくそうでしょう」
「ちゃんと避難勧告はしたんだろうな?」
「勿論です、麓の村人は移動させております!」
深く息を吐いて、私は窓の外を見た。空は相変わらず厚い雪雲に覆われている。
ここから雪崩の現場が見れる訳ではないが……。
「ホークアイに記録石を持たせておりますので、しばらくしたら現場の状況を確認できるものを持ち帰るでしょう」
窓の外を気にしてる私に側近の騎士ケイネスがそう答えた。
ほどなくして記録石には雪崩れで押し流されたり、あるいは押しつぶされた麓の民家の様子が見てとれた。
彼女の、予知通りか……。
「間一髪でしたね」
「彼女が来るのが少し遅れていたら、住民に被害が出ていたな……」
「不思議な女性ですね」
「ああ……」
その後、私は使用人達を集め、その前で宣言した。
「何らかのアクシデントで伯爵令嬢の素顔を見たとしても、外部にその容姿の情報を漏らす事を禁ずる。禁を破った者は厳罰に処す」
一瞬周囲がざわりとして困惑の表情を浮かべたが、
「かしこまりました!!」
側近の騎士が率先してそう宣言すると、皆もうやうやしく頭をたれて、承知した旨を表した。
私は執務室に戻り、婚約の件をどうすべきか、未だ悩んでいた。
雪崩は魔法や爆発物などを使えば、人為的にも起こせるだろうと予測できるからだ。
「まだだ、まだ完全に信じる訳ではない」
「では婚約の件は……」
「もう少し滞在させて対象を観察する必要がある」
それはまだ保留だと、私は側近に答える。
「はい、しばらく使用人達から情報を集めましょう」
◆ ◆ ◆
情報提供者。メイド。
「セシーリア様は蒸気が喉にいいからと、ケトルと鍋をご所望され、その際使用人を、気遣う様子があり、優しい方だと思います」
情報提供者。騎士。
「セシーリア様は水樽を運んだだけで、騎士の仕事ではないのに申し訳なかったと、わざわざ駄賃を下さいました。勿論一度は受け取りを拒否いたしましたが、あまりにも気にされるようでしたので、結局受け取りました」
情報提供者。料理人。
「朝は温かいホットミルクをご要望でしたので、御用意致しました。
それから作って欲しいという料理のレシピをいただいたのですが、食材の牛や鶏の骨から美味しいスープの素をとるようにと書かれていたのですが、まぁ、それが時間のかかる手間なものですが、それでスープやシチューなどを作ると抜群に美味くなるのです! 味に深みが出て、本当に驚きました! ろくに肉も残っていない骨からですからね!」
料理人その2。
「美味しいスープを作るためにはやさいクズまで利用せよとのことで、およそ貴族様のレシピとは思えないのですが、確かに美味しくなりました」
家令。
「セシーリア様には体にいいハーブを取り寄せて欲しいと言われましたので、紙に書いてある通りのものを発注しました」
「薬草の他は豪華なドレスや宝石はねだらなかったのか?」
「いいえ……コホン。下着類と……動きやすい男性物の服のような物と洗濯が容易な上下が分離したブラウス、スカートなどは欲しいと言われましたが、高級品は希望されておりません」
「洗濯が容易な?」
「この寒さで洗濯する人が気の毒なので、比較的洗濯しやすいものをとの事でした」
や、優しさ……か? 使用人にまでそのように気にかけるとは……。
────いや、まだ点数稼ぎをしてるだけかもしれない。
「引き続き、情報を手に入れたら報告を頼む」
「かしこまりました」
「ティータイムに彼女を誘っておいてくれ」
「はい」
午後3時のティータイムに公爵邸のサロンにて彼女と顔を合わせた。
彼女はシンプルな、白いブラウスとスカート、そして自参した毛皮のコートを羽織っていた。
本当に豪華なドレスではなく、ブラウスとスカートを……着ている! しかし、毛皮のコートと下の服のバランスがイマイチ可笑しいような。しかも仮面までつけているので、チグハグ感がある。
しかしこの地は寒いから、毛皮は着ていた方が良いのは確かだ。
彼女は特に身体が弱いのだから。
「ジュリウス様、無事に避難した住人の中に、偉大な植物学者がいませんでしたか?」
急にファーストネームで、呼ばれた。
しかし、不思議と嫌な感じはしない。
声までも可憐なせいか、耳に心地よい……。
いや、それよりも……。
「偉大な植物学者?」
「たまたま里帰りした時に雪崩に巻き込まれたと、予知夢の中ですが、そのような新聞記事を見たので……助かっていたら良いのです。いい薬草図鑑を作られた方なんですよ、繊細で丁寧な植物の絵を描くことも出来る方で……」
たまたまあんな田舎の……ペトラ村の名前を知っているのが不自然だったが、有名な植物学者の悲報の記事があったなら、確かに説明はつく。
「今すぐ避難者名簿を確認させる」
「ありがとうごさいます。エイサー・コリンソンの名を探して下さい」
部課に名簿を調べてさせてみたら、この植物学者の名前が、エイサーの名前が、確かに避難者名簿にあるではないか!
エイサーは平民だったが、出来の良い図鑑を作った功績で、父がコリンソンの姓を与えたのだ。そこそこいい土地に屋敷もやったが、年老いた両親が生まれ育った家を離れたがらないとか言っていたのを、今、思い出した。
そして人為的に雪崩を起こすことが出来ても、この地に来たばかりの伯爵令嬢が我が領地の出身の植物学者を呼び寄せることなど……できるか? 普通面識もなさそうな人間の動きの予測がつくか?
彼女の力は、予知の力はやはり本物か?
いやいや、エイサーを手紙などで村に呼び出していたら、ありえるのでは? 両親が危篤とかそういうやつで……。
とにかくエイサーをここに招いて話を聞いてみよう。
「ところで家令から聞いた話であるが、男の服は……何故希望したのだ?」
「多少は運動して健康になろうかと……ドレスやスカートは運動には向きませんし」
「なるほど……な」