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第2話  交渉

 夜半に届いた竜血公爵、ジュリウス様からの手紙には、公爵邸に招待すると書かれていた!


 やったわ! 最初の一歩が踏み出せる!

 目指すは契約結婚よ!


 お父様を説得できたので、約束の日に私は仮面を付けてもこもこの白狐の毛皮のコートに帽子も被り、早速公爵家に向かった。


 ご丁寧に魔法の転移スクロール付きだったので、道中も、危険なく到着した。


 馬車旅で山越えなどすると山賊などが現れる世界観だもの、本当に助かるし、転移スクロールはとても高価なものなので、これを惜しげもなく使えるのはお金持ちの証でもある。



 スクロールを使うと、公爵領のとある神殿に到着した。


 吐く息は白い。こちらの冬は伯爵領より厳しい。雪もしっかりと積もっていた。


 神殿には古竜エンシェントドラゴンの石像やレリーフが掘られ、飾られていた。


 なるほど、竜血公爵の領土に来たと言う感じがする。

 馬車を手配し、雪にもめげずに公爵家に向かった。



「ゴホン。お招きいただいた伯爵の娘、セシーリア・コルティ・ヴァレニアスでございます」



 豪奢な公爵家の門の前に馬車で到着して門番に名乗った。

 勿論礼を失しないよう、夜ではなく、日中に来た。

 今は朝の10時くらい。



「ヴァレニアス令嬢ですね、お待ちしておりました、中へどうぞ」



 門番の感情を感じない声が響き、私はメイドを一人だけつけ、門を潜った。


「お荷物をお持ちします」

「あ、ありがとうございます、ゴホッ」


 しまった、やはり咳が出る!

 口元を手袋をした手で押さえ、前に進む。

 メイドが手にしていた私の着替え入りのトランクケースを屈強そうな使用人が抱えてくれた。


 そして馬車を出て冷たい空気を吸いこんで、しばらく咳込んでいる。

 人前であんまり咳込みたくなくて、咳止め薬を飲んで来たけど、たいして効果はなくて、涙目になった。


 なんとか雪の積もった広い庭園内を歩く。

 流石に仮面を付けたまま伺うとかいう、よくわからない人間をいきなり公爵邸の敷地内には入れられないから、一旦神殿を通したと推測される。


 執事が私を案内したのはおそらく応接室。

 私つきのメイドは違う場所に連れて行かれた。


 そして廊下で控えていた公爵家のメイドがそのドアをノックする。



「お客様が到着されました」

「通せ」


 ドアを開けて、年季は入っているけど、重厚で雰囲気のある部屋にはいると長身で銀髪の男性が静かに爆ぜる煖炉の前に立っていた。



「たかが15の娘が護衛騎士の1人も連れずにここへ来るとはな」



 いきなりたかがとか、娘呼ばわりだけど、まあいいわ。こちらも不躾ながら仮面を付けたまま対面を望んだのだし。



「ゴホッゴホッ、武器の……持込みは控えました。まだ公爵様と信頼関係を結べておりませんし、大事な話をするのに、ゴホッ、邪魔になるかもしれないので、置いて来ました」



 くそ、大事な時に咳がでる!


 竜血公爵と目を合わせると、金色の目が真っ直ぐ射抜いてくるかのようで、凄いプレッシャーを感じる。



「伯爵令嬢、神殿からここまで、寒かったでしょう? 伯爵領よりこちらの冬は長く厳しい、体の弱い人には向かない土地です」



 少し呆れ気味な声でそう言われた。

 咳のせいもあり、確かに無茶を言ってるように見えるだろう……。


 メイドが温かい茶を入れてくれたので、私はそれを飲んだ。

 この蒸気が多少咳を鎮めてくれた。



「で、あれば……より春を待ち遠しく感じられますね」


 ポジティブそうなことを言って、私は口元で笑顔を作った。私の仮面は主に目元を隠し、口元はしっかり見えるので。



「……私との婚姻を本気で望まれると?」



 来た!!



「はい、契約結婚で構いません、愛など望みませんので、私を公爵様の庇護下に置いていただきたいのです」



 公爵が値踏みするように私を見る。

 でも、私はまだ仮面を付けたままだ。こんな女に求婚されても不審極まりないだろう。


 彼の前でだけ仮面を外す為には、人払いをお願いしたい。デビュタントまではなるべく人に素顔を、見られたくはないので……噂の力はわりと侮れないから……。



「皆、下がれ」

「かしこまりました」



 こちらが頼む前に、ジュリウス様が空気を読んで使用人達を下げてくれたので、私は安堵し、ほっと息を吐いた。



「何故、体も弱いと噂の令嬢が、冬の長い土地に……そして評判の悪い私の元に嫁ぎたいのですか?」 



 母親や暦代の公爵の妻達が竜血の子を産む負荷が多く、産褥さんじょくで亡くなったことを気にされているんだろう。

 それは彼の本質が優しい人だからだと思う。



「このようなことを言うと、おかしな女だと思われるでしょうが、予知夢を見たのです」

「予知夢だと?」


 案の定、胡乱うろんな目を向けられた。でも、まけない!



「はい、デビュタントで私は皇帝に見初められ、側妃にと望まれてしまいました」

「……側妃とはいえ、それは誉れでは?」



 確かに皇帝の女なら、十分な権力も財も手に入ると思えるのだろう。



「誉れとかはどうでもよいのです、問題は……」

「問題は?」

「私は皇室へ行くと殺されてしまうのです。20歳にもなれずに……19歳で」


「……」


「何方に殺されるかは……ご想像にお任せいたします」


 大体分かるでしょ? そこは察してください。

 女の嫉妬は怖いものです!

 古今東西!!


 でも、暗殺の犯人、指示を出したのが皇后だと本人の耳に入るとかなりまずい。

 皇帝の女になりたくないと言うものたいがいだけど!



「……では伯爵令嬢、そろそろ仮面を外していただけますか?」

「はい、ご配慮ありがとうございました」



 私は静かに仮面を外した。

 公爵が私の素顔を見て、息を飲むのがわかった。


 15の時でも十分、天使のように美しいのだ、セシーリアは。



「……なるほど、この可憐さなら、皇帝の目に止まるというのも、あながち嘘とも思えませんね」

「本当に命がけなのです、この公爵家の反映の為に、私は力を尽くします……ゴホッ! ので!」



 思わずまた咳き込んだ! 大事なところなのに、この体、本当に忌々しい!!



「やはりその病弱さでは、私の子を産むのは無理では?」

「産めなくても産むフリはできます! 皇帝からずっと婚姻を迫られて辟易しておられるでしょう?」



 公爵の目は冷たく光っている。



「産むフリ? 白い結婚をお望みで?」


「い、いえ、公爵様にも性欲はお有りでしょうし、妻として、そこは頑張らせていただきます!」 



 あまりにも赤裸々せきららすぎたかしら。


 ジュリウス様が口角を上げ、おかしそうに笑った。でも目は笑っていない。



「夜の相手はするが、愛は求めぬと……」


「こ、公爵様が面倒なら、初夜だけでも……」

「初夜だけ?」

「必ず傷物きずものにして欲しいのです! 他の男のお手付きだと、分かるように!」


「傷物……」


 私のあまりの言いように流石の公爵も少し驚いた顔をされた。



「いえ、その、今のは私の言葉が悪かったです。しかし、私は皇帝の女になりたくないのです。本気で。これから私がこの公爵領にかかわる未来予知のお話をいたしますので、それで私の話を信じていただけたらと……」


「公爵領の……未来?」



 私は応接室のカレンダー的な木工細工を目にして日付けを確認した。



 2月10日。くそ寒い厳冬期。

 真面目な顔で私はまた口を開いた。



「ペトラ村付近の山ですが、もうじき雪崩が起きるでしょう」

「雪崩だと?」


「はい、ふもとの山際の村人は避難させておくほうが宜しいかと……」


「……確かに麓には集落があるな……」



 公爵はまだ疑いの眼差しである。それでも、紙とペンを用意して、何か書き始めた。


 念の為に麓の村人を避難させる内容だと思う。

 見た目は怖く見えるけど、真っ当に領民を心配できる優しい人なのだと思う。


 推せる!!



「その雪崩は、いつごろ起きる?」

「明日には起きます」

「!!」



 ガタンと席を立った公爵は先程書いた紙を手にし、部屋の外に出て行った。

 そうだね、雪崩が起きるまで時間が殆どないものね!


 早馬を出すなり、魔法の伝書鳥を飛ばすなりが必要よね。



「そなた、これが冗談や嘘であったら承知せぬぞ」

「こちらで数日泊まっていけますなら、確認なさってください、私と言葉が嘘か偽りか」

「分かった、君の数日間の滞在を許可する」


「ありがとうございます! ゲホッ、ゴホッ」

「……大丈夫か?」


「け、化粧室に行かせていただいても?」

「ああ、すぐに案内させよう」




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