私は……セシーリアは死に戻った。
バルテン帝国の麗しき伯爵令嬢セシーリア・コルティ・ヴァレニアス。享年19歳。
まるで異世界ファンタジーの物語のように、時が、15歳の冬の日に巻き戻った。
その瞬間、前々世の記憶、日本で読んだ物語の中の登場人物となっていたと把握もした。
私はこの異世界ファンタジーの世界で、とてつもない美貌の伯爵令嬢として産まれた。
そして16歳のデヴュタントのパーティーにて、皇帝の目に止まってしまい、アルダノフ皇帝の側妃として望まれてしまった。
ハニーブロンドにエメラルドのような緑眼。天使や女神の如く美しいと言われる。
しかしあまりにも美しいということは、良いことばかりでは無く、特大の不幸をも招いた。
病弱で婚約者もつくらず、しがない伯爵令嬢たる私には拒否権はなく、言われるまま皇宮に呼ばれ、離宮も賜った。
しかし、皇帝の寵愛を受ける私を憎んだジヴェリーナ皇后の手の者により、19歳になった頃、無惨にも殺された。
暗殺者による刺殺。
なので今度は兄のエスコートでデヴュタントに向かうのは止め、先んじて婚約者を作りたいと思う。
その為には、権力者に契約結婚をもちかけることが最善だろうと考えた。
皇帝でさえおいそれと手を出せない存在、辺境に住まう竜血の公爵たる彼に……。
名はジュリウス・ドラグ・カダヴィード公爵。
古の竜の血をひく一族である公爵は、国境を守る辺境に領地を持ち、無類の力を誇っていた。
竜の血をひくと言われる彼の一族は周囲に恐れられ、まだ婚約者がいなかった。
理由は妻となった者は早死にすると言われているから。
実際、公爵の母君は竜の血をひく子を身籠り、出産の際の体の負荷が尋常ではなく、産褥で亡くなっている。
しかし、皇帝は稀なる竜血を絶やしたくはないので、カダヴィード公爵に何度も結婚しろと彼に迫っていたはずだ。
でも、今まで公爵の心をいとめた令嬢は居なかった。
公爵は大層な美丈夫ではあったが、婚約者と名乗り出るには命がけすぎる。
竜血はそこまで恐れられているのだ。
私は、無惨に殺された経験がある為、愛より何より生き延びることを最優先にしている。
皇帝の目を欺き、公爵の子を作る努力をするフリで、ジュリウス様に契約結婚を持ちかけて見ようと思う。
今の私はやや病弱なのがネックではあるけど、前世の記憶を取り戻したので、せいぜい体にいいものでも食べて、運動して、体質改善を頑張ろうと思う。
その上で契約結婚を申し込む!
なんとしてもデヴュタントの前にジュリウス様に気に入られるように努力しなければ!
幸い19歳までの記憶もあるので、ジュリウス様の領地での事件や災害も覚えている。
予知にも思えるこの知識は、取り引きの材料になるはず。
後はもう、ハニトラでもするしかないわね、なにしろ皇帝が自分の女にしようとするレベルの女なのだし……。
なんならデヴュタントではブサイクメイクでもかましてやろうかしら? でも……それだと公爵様にあんなブサイクを連れていると、恥をかかせてしまうけど、許して下さるかしら?
あの手この手と、公爵様を説得する方法を考える。
まず、最初に手紙を出すべきよね、貴族としては……。
お会いしたいとか、そういう内容の手紙……でも無視されたら……。
いやでも、直接会いに行っても不在だと困るし。
やはり手紙は出すべきね、手紙を無視されたら、その時に乗り込みに行くべき。
私は自室の暖炉の側で少し手を温めてから、文机に向かって手紙を書いた。
魔法鳥急便なら到着が早いから、ここはケチらずに使おう。
◆ ◆ ◆
3日後。
冬の朝は寒々としている。
メイドが持って来てくれたお湯で顔を洗ってから、身支度を終え、朝食をも終えた。
朝の10時位になっても、まだ来ない。
「お嬢様、朝からソワソワしておられますね」
専属メイドのマノンがお茶を淹れながら私に問いかけた。
「せっかく魔法鳥急便を使った返事が遅いの」
「確か……ジュリウス・ドラグ・カダヴィード公爵様にお手紙をお出しになったんですよね」
「ええ」
「旦那様が竜血の公爵家に手紙を送るなど、何事かと気にしておられましたよ」
「お父様が……そうね、一応話しておくべきね」
私は伯爵たるお父様の執務室へ向かった。
扉の前で一旦止まり、ノックをした。
「お父様、セシーリアです、入ってもよろしいですか?」
「ああ、セシーか、入りなさい」
重厚な扉の向こうから声がかかった。
「竜血の公爵に手紙を送ったそうだな」
「はい」
「何の為に?」
「人払いをお願いしても?」
「あ、ああ、じゃあ、一旦休憩とする!」
お父様が了承すると、使用人や文官達がすぐに執務室を出ていった。
お父様と二人きりになってから、話をきりだした。
「お父様、私、ジュリウス様に求婚したいと思います」
「なっ!?」
父は驚きのあまり、膝をテーブルにぶつけた。
「きゅ、求婚と言ったのか!? 会ったこともない上、よりによって竜血に!?」
「あの方が竜血だからこそ、まだ婚約者が定まっておられないでしょう?」
「しかし、ただでさえ体の弱いお前があの方の妻になるなど、自殺行為だ」
「いいえ、むしろあの方の妻になれなければ、より悲惨な死を、私は迎えることになります」
「は!? ど、どういう事だ?」
死に戻りましたなんて言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。
ならば、せめて……。
「お父様は予知夢というものをご存知ですか?」
「は? ああ、まあ」
「私はその、予知夢で、デビュタントの時、皇帝陛下に見初められ、側妃にと求められてしまいました」
「そ、側妃!? た、確かにセシーリアは天使のように美しいが……」
流石にいきなり予知夢を信じろと言うのも難しいわね。
私は窓の外を見た。鳥が飛んでいる。
そして、次に3月10日のカレンダー的な役割を示す木製の置き物の日付を見て、思いだした。
「鷹レースが本日も昼からやりますわね?」
「ああ」
「本日、勝つのはイザイア子爵の鷹です。なんなら今月の私の品位維持費を全部突っ込んでくださいな、魔法鳥で申し込めばまだ間に合うはずですわ」
「なんだと?」
私はたいていベッドの上にいて、暇だから新聞などは読んでいたのだ。そしてわざわざレースの勝敗を覚えていたのは、父と仲の良い子爵の鷹が勝利を収めたから。
昼の3時過ぎには結果が出た。
魔法の鏡でレース結果は映しだされた。
「勝った……だと、子爵が鷹レースに出たのは今日が初めてだと言うのに……」
驚きを隠せない父の膝は笑っていた。
ちゃんとそれなりの金額をかけてくれたようだった。
「誰もまだ実績のない初戦の鷹が勝つとは思っておりませんでしょうから、配当も高くつきましたでしょう?」
「ぬう……では、皇帝陛下に側妃として望まれるのも、本当に……」
父の目が私を見つめた。
権力欲がそれほど強くはない方の父ではあったが、この話には心が揺さぶられているようだ。
でも、皇帝由来のそれは……望まれても困る。
「それだけではありません。19歳になったら、私は皇后の手の者に殺されるのです」
「なっ!?」
父の目が驚愕に見開く。
「ですから、私は皇帝に望まれる前に、確たる権力者の婚約者、もしくは妻にならねばならないのです!」
「そ、それで竜血か!!」
私は頷いた。
そして、その待ちわびていた知らせは、夜半に届いた。
竜血公爵、ジュリウス様からの、返事!!