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第6話:子どもと大人の変化


次の日──。

昨日の出来事を麻美に話したあたし。


すると麻美の顔はしかめっ面になった。


「どういうこと?恭ちゃんが何を考えてるか私にはわからないわ」

「あたしも……でも仲直りはしたんだけどね!」


「そういう意味じゃなくて……恭ちゃんが彩乃のことを好きっていうケースはないと思ってたけど、まさか?いや、ありえないわよね」


「あ、麻美ねぇさん……さらっとヒドイこと言ってます……」


あたしの言葉を無視して麻美はブツブツとつぶやく。


「もしかして、遊ばれてる!?」

「ち、違うって!恭ちゃんはそういうタイプじゃないから……」


必死に否定するけれど、麻美は困惑するばっかりだった。


「だって、普通手のひら越しにキスとかする?そんなの気持ちがある相手にしないというか……それか彩乃をからかってるとしか思えないのよね」


確かにあの時の恭ちゃんの行動には驚いた。


恭ちゃんが何を考えてあんなことしたのか、あの時は全くわからなかった。


「あーもう、これだから大人は難関なのよ。何考えてるかわからないし、テクニック使ってきたりもするし……!もうさ、いっそのことあれで良くない?」


彼女は冗談交じりに言うと、ある人を指差した。


指を差す方向にいたのは、良樹だった。


はぁ!?なんで良樹!?

あたしが視線を移すとちょうど良樹と目が合ってしまう。


「おい、人の事ジロジロ見てんじゃねぇよ」

「冗談やめてよ。そっちこそ見つめないでくれない?」


「なっ……俺は見つめてなんて……っ」


ケンカばかりしている良樹と付き合うなんて考えただけでも寒気がする。


「麻美ねぇさんは分かってないな。あたしが良樹と付き合ったら、きっと付き合ったその日にケンカ別れすると思う」


このクラスの破局最速記録を塗り替えてしまうかも。


「そ?私は案外うまく行くと思うけどね。ああいうケンカばっかりふっかけてるタイプは彼女には優しくてかなり尽くすタイプじゃない?」


確かにそういう人もいるけど……。

良樹を見つめる。


『彩乃。こっちおいで』


想像して背筋がぶるりと震えた。


「絶対ない!」


ヒソヒソ話しているあたしたちを不快に思ったのか、良樹は眉をひそめてじっとこっちを見ている。


このままだとこっちに来そうだったので、あたしはぷいっと顔を逸らした。


「それよりも、恭ちゃんとの恋愛相談に乗ってよ~!」

「だって、結局曖昧にしちゃったんでしょ?」


「曖昧って言うか……」


「チャンスだったじゃない。いつもと違うってことは相手に心境の変化があったってことでしょ?どうしてそこで恭ちゃんに踏み込まなかったのよ」


「…………」


あの時、あたしは恭ちゃんのとった行動について踏み込まなかった。


あの時に聞いていたら、何か関係が変わってしまうかもしれない。


そう思ったら、怖かったんだ。

そりゃあ、あたしだって聞きたかったよ。


だけど、いつもと違う恭ちゃんの姿を見たら簡単にそんなこと言える雰囲気じゃなくて…… もし、真剣に言った言葉を真剣に返してくれたとして、断られてしまったらもう恭ちゃんには会えないんじゃないかって思って怖くなる。


関係を変えたいと思っているのに、今の状況が変わってしまうことを怖く思っている自分もいる。


完全に矛盾してる……。


「彩乃がこのままでいいって思ってるなら、ずっとそれでもいいけど……それじゃあずっと追いかける恋しか出来ないんだよ」


「そう、だよね……」


麻美の言葉はもっともだった。


今みたいに恭ちゃんに片思いしている時間も楽しい。


でもだからと言って、一生思いが通じることの無い恋に時間を使うのが正解だとは思わない。


「関係を変えたいならどこかで踏み込んだこと聞かないと一生このままだよ」


このままじゃ何も変わらない。

麻美の言葉が重く心にのしかかった。


するとその時。


「バーカ。遊ばれてんだよお前は。いい加減気づけっつーの」


あたしの頭をビシっとチョップしながら言うのは、タイミングを見計らってこっちにやって来た良樹だった。


「痛いんですけど!」


あたしたちの話を聞いていたんだろう、彼はふんっと鼻を鳴らし言ってやったとでも言いたげな顔だ。


「いい?良樹、恭ちゃんは遊んだりとかそんなことしないもん!大人で紳士なんだから!」


「俺には遊んでそうに見えたけどな」


むっかぁ~!!


「もう、良樹に関係ないでしょ!」


なんで良樹にこんなに言われるのか分からないし。

良樹が恭ちゃんに会ってから、さらにヒドくなった気がする。


あたしがむっと口を尖らせると、彼は絶対俺の読みが正しいと言い放った。


「もう、本当良樹嫌い~」


恭ちゃんのこと、何も知らないクセに。


「いいもん!じゃあ今日ちゃんと聞いてくるもん!」


ハッキリさせればいいんでしょ!


怖くても、ちゃんと聞くから!


あたしはそう意気込んでふたりに宣言をした。


そして授業が終わり、家に帰った20時頃──。

あたしはあるものを持って家を出た。


「ふふんっ!」


今日は金曜日だ。

金曜日の恭ちゃんはご機嫌。


そして、明日恭ちゃんの仕事が臨時で入ったりしなければ少しは長く一緒にいられるだろう。


あたしがマンションの前で待っていると、恭ちゃんはすぐにやってきた。


「げっ……」


恭ちゃんがあたしを見て、眉をひそめる。

あたしは気にすることなく言った。


「恭ちゃん、お疲れ様~!」

「おお、サンキュー!それじゃあ家戻れよ?」


「どうして?」


恭ちゃんはあたしを追い払うように手をヒラヒラとさせる。


「恭ちゃん、お邪魔します」


あたしは恭ちゃんがエントランスに入ると同時に、あたしもマンションの中に入っていった。


「不法侵入者がいます」

「恭ちゃんに招かれてます」


「招いてねぇだろ」


そんなやり取りを繰り返すと、エレベーターがやってくる。


これでもうあたしを帰らせることはできまい!


「また来たのかよ」


そりゃあ昨日あんなことを言われたら、行きたくなるに決まってる。


しかし、恭ちゃんは昨日の甘さなど微塵も残さず言い放った。


「あー今日はひとりで過ごしたい気分だなぁー疲れてるのに誰かさんの子守りはごめんだなぁー」


「な……っ!子守りってそんな年じゃないもん」


あたしが反応するも、恭ちゃんは「へーへー」と言って相手にしていない様子。


遠回しに帰れと言われてる……?


じゃあこれでどうだ!あたしは慌てて最終兵器を見せた。


「実は今日、恭ちゃんのみたいって言ってたDVD借りて来たよ!ほら、サブスクにもあがってないレアものだから探すの大変だって言ってたでしょ」


恭ちゃんがずっと見たいと言っていた昔のSFモノの映画。

あたしにはどこが良いのか分からなかったけど、いざという時に好きなモノで釣る手段が使えるかも!って思って借りて来た。


「お、まじで!?お前よく見つけてきたなぁ」


すると、一気に恭ちゃんのテンションが上がった。


へへん。

あたしと恭ちゃんの付き合いの長さをなめないでもらいたいね。


恭ちゃんはしぶしぶあたしを部屋の中に入れた。


「洋子さんにはちゃんと俺の家に来ること言ったんだろうな」


洋子さんとはあたしのお母さんのことだ。


「もちろんだよ~!恋人の家にお泊りしてくるねって伝えておいたから♡」


「もう突っ込むのもめんどくせぇわ」


クツを脱いで部屋に入る。

恭ちゃんは部屋着に着替えると、冷蔵庫から缶のビールとおつまみを出してきた。


おお~大人って感じだ。


いいなぁ~あたしも二十歳になったら恭ちゃんとお酒乾杯できるかな?


金曜日の夜が楽しいっていうのも、働きだしたら分かるのかな。


まじまじと缶ビールを見つめていると、恭ちゃんはそれをひょいっと取り上げて、代わりにココアの入ったマグカップを渡した。


「お前はこっち」

「早く20才になりたいな~そしたら恭ちゃんと一緒に飲めるのに」


「お前は20になってもココアだろ」

「もう!すぐ子ども扱いする!」


バリバリに飲んでBARとかで声掛けられるようになっても知らないんだからね!


「お前はこれ見たら帰れよ」


なんて言って、怒ってるあたしをあしらうけれど、このDVDは2時間半はある。

それくらい一緒にいられるなら十分だ。


さっそく恭ちゃんはDVDをディスクに入れる。


するとソファーに座ってわくわくした目でそれを見はじめた。


あたしも恭ちゃんの隣に腰掛けて、DVDをしっかり見ているフリをする。


ふふっ。

なんだかこうやって一緒に見ているとカップルみたい。


肩が触れるくらいの近さまで詰め寄る。


しかし、そんな雰囲気はさっそく崩された。


「べたべたくっつくな、うっとうしいんだよ」

「い、痛い……」


頭をべしっと叩かれて、距離を取られる。


「いいか、映画見てる間、変なことしようと思うなよ」


そんな念を押されてしまっては、何も出来なくてぐっ、と黙ってしまったけど、あたしはなんとか隙が出来ないかとタイミングを見計っていた。


しかし。

恭ちゃん、そんなにこの映画好きだったの?というくらい恭ちゃんに隙は存在しなかった。


シリーズものの3話のお話で、時間がなくて映画を見に行けなかったって言ってたから借りて来たけど、これじゃあ全然私に見向きもしてくれないよ。


「恭ーちゃん」

「しゃべんな」


「少~しだけ、しゃべりません?」

「うるせぇ」


あーもう。

もうちょっと多少興味がある程度のものを借りてくれば良かったよ……。


せめて私が分かる内容だったら話題もあったのに……。


もういいや。

今度こそ諦めた私は、DVDをしっかり見ることにした。



……のだけれども、シーズン3の壁は大きかった。



え?誰か主人公?

これって、どんな話なの?


サッパリ分からない。


そんなことを考えているうちに、だんだんとうとうとしはじめて気づけばあたしは、そのまま眠ってしまっていた。


―――――。


その時にあたしは夢を見た。


恭ちゃん、恭ちゃん。

あたしがそうやって呼ぶと、すぐに微笑み返してくれる恭ちゃん。


ああ……これは、昔の恭ちゃんだ。


『彩乃、何かあったら遠慮なく俺のところに来いよ』


そういえば、いつだったかこんなこと、言ってくれたよね。


昔は優しかったんだ。

お兄ちゃんみたいで、冷たく距離をとることもなくて、何かあったら自分を頼れって言ってくれた。


だからあたしは恭ちゃん、恭ちゃんって、恭ちゃんが大好きになったのに、いつの間にか彼はあたしを遠ざけるようになった。


どうしてだったっけ……。


気づいているのに、気づかないフリをして生きてきた。


また恭ちゃんが優しくなってくれる。


あたしを受け入れてくれるようになると信じて。


でも……それはたぶん、叶わないのかな。


あたしと恭ちゃんの間には歳の差があるように生きていく世界が全然違う。

夢の中で微笑んでいる恭ちゃん。


しかし、彼はあたしに背中を向けると前に歩き出してしまった。


『あ、待って……!』


追いかけているのに、だんだんと見えなくなってしまう。

必死に追いかけようとするのに、足が動かない。


『嫌だ、嫌だ、行かないで……っ』


恭ちゃん、ずっと側にいて。

そうやってつぶやくと耳元から優しい声が聞こえて来た。


「どこにも行かねぇよ」


恭ちゃんの声だ。


そっか、良かった。

ここにいてくれるんだね。


やっぱり恭ちゃんは優しい恭ちゃんのままだ。


そう安心したと同時にふにっ、とあたしの頬に柔らかい感触が落ちてきた。


えっ。


この感触は何だろう……?


すごく柔らかくて、温かい感覚。

とっさに目を開けると、そこにはあたしにキスをする恭ちゃんの姿があった。


「きょ、ちゃん……?」


バッと目を開けると、勢いよく離れる恭ちゃんを見つめる。


夢……じゃない?

恭ちゃんが、あたしにキスをした?


意識した瞬間、心臓がバクバクと鳴り始める。


──ドキ、ドキ、ドキ。


なんであたしに?どうしてキスなんてしたの?

ねぇ、恭ちゃん。これって、期待してもいいのかな?


少しは恭ちゃんに見てもらえてるのかな?


この間だってずっと聞きたかったの。


気になってたんだよ。

頭の中が疑問でいっぱいになる中、あたしは震える声でたずねる。


「ねぇ、恭ちゃ……」


しかし、そこまで言った時、あたしの言葉をさえぎるように恭ちゃんは言った。


「ごめん、彩乃。忘れてくれ」


恭ちゃんから出てきたのはその一言だった。

ごめんって何?どういう意味のごめん?


「ごめん、とかじゃなくて……っ、なんで私にキスしたの?あたし、恭ちゃんのこと好きなんだよ。キスされたってことは期待しても……」


聞かなくちゃ、前に進めないと思ったから、もう前みたいに曖昧にしたくないって思ったから、あたしは聞こうとした。


だけどその言葉は恭ちゃんの低い声によってさえぎられた。


「彩乃」


じっと私を見つめる目は心無しか冷たい気がする。

距離を感じさせるような目に思わずすくんでしまう。


すると恭ちゃんは言った。


「勘違いすんな。大人は気持ちがなくたってキスくらいできるんだよ」


すごく大人っぽい顔つきで、まるで恭ちゃんじゃないみたいな顔で言い放つ。


キスされてパニックになってるあたしとはまるで正反対に落ち着いていた。


「それってあたしのことからかったってこと?」


あたしは震える声で続ける。


「恋愛対象外って言ってる相手にも、そんなこと出来るの?」


恭ちゃんはそういうタイプじゃないよね。


知ってるよ。

まっすぐで優しくて、真面目で頑張り屋。


誰かの心をもてあそぶようなことはしない。

あたしはそうだって断言できる。


だからお願い、恭ちゃん。答えて。


「出来るよ、俺は。別に恋愛対象じゃなくてもな。だからあんまり、男の前で油断すんなってこと」


「恭ちゃ……」


大人は、好きな人とじゃなくてもキスができるなんて、そんなこと知らない。

恭ちゃんがそんな人だったなんて、もっと知らない。


もし本当にそうなら、恭ちゃんって。


「最低だよ……っ」


こぼれ出しそうな涙を必死でこらえて、あたし側にあったクッションを投げつけた。


恭ちゃんなんて、嫌いだ。


そうやって人の気持ちを知ってて、からかってキスする人なんて大っ嫌いだ。

あたしは立ち上がってカバンを持つと、恭ちゃん家を飛び出した。


「あ、おい……っ!」


やっぱり無理だ。

恭ちゃんになんか追いつけっこない。


ポロポロとこぼれる涙が、頬を伝って地面に落ちていく。


凍えるほど寒い外の空気に触れ、身体は冷される。


だけど唇に残った熱だけは一向に冷やしてくれない。


唇に触れる。

恭ちゃんの、バカ……。


あたしがどれだけ恭ちゃんのこと、好きか知ってたクセに。


まっすぐに思っていた気持ちを踏みにじられた気分でいっぱいだった。


「どうして、あたしにそんなことするんだよぅ……」


からかうなら、別の人にしてくれれば良かった。

そしたらその人は冗談にして返せると思うから。


あたしは無理だよ……。


ずっとずっと恭ちゃんが大好きだったんだもん。


「もう、嫌いだ……」


あたしの目から一筋の涙が流れる。


「大嫌いだよ……」


あたしを見てくれないと分かったら、簡単に好きじゃなくなれたらいいのに。


思いっきり嫌いになって、顔も見たくないって思えればいいのに。


「恭ちゃん……」


いつまでも恭ちゃんを好きだと思ってしまう自分の心が苦しい。


むなしいよ。

気持ちのないキスでこんなにドキドキしてる自分が。


苦しいよ。

好きな人とキスが出来たのに、全然嬉しくないなんて。


「好きじゃないのに、キスなんてしないでよ……」


あたしはその場にしゃがみこんで涙を流した。


こけそうなくらい不安定なつま先立ちだって、あたしは気にしないって思ってた。

どんなことがあっても恭ちゃんに追いついて見せるんだって。


でももうポッキリ心が折れてしまった。

この片思いはもう……終わらせるべきだね。



月曜日の朝──。

土曜日と日曜日を経てこの日がやってきた。


当然この二日間、恭ちゃんに連絡を取るようなこともしていないし、会ってもいない。


朝の日も恭ちゃんが出てくるのを待つことなく、まっすぐ学校に向かった。


この休日は泣いてばかりですっかり目が腫れぼったくなってしまった。

誰かに気づかれるかな……。


そう思った時、一番最初に話しかけて来た麻美はすぐにそれに気づいたようだった。


「どうしたの目、パンパンじゃない」


あたしは真剣な表情で答えた。


「あのね、もう恭ちゃんのこと、諦めようと思って……」

「えっ!なんで、いきなり」


突然そんなことを言い出したあたしに、麻美はビックリように声を出した。


「実はキスされて……」

「え!?ちょ、ちょっと待って、ちゃんと順序よく話して」


急な話の展開にパニックになる麻美。

あたしは深呼吸をすると、ゆっくり、順序よく金曜日の出来事を話はじめた。


「なるほどね……寝ている間に頬にキス、か……」


最後まで聞き終わると、麻美は静かにうなずいて考える素振りを見せた。


「大人は好きじゃなくてもキス出来るんだって」

「そんな大人ばっかりじゃないと思うけど」


「でも俺はそうだって、恭ちゃんは言ってた。あたしさ、その言葉を聞いた時、もうどんなに頑張っても恭ちゃんに追いつくなんて無理だって思っちゃったの」


あたしがうつむきながら話すと、麻美は優しく微笑みながら言う。


「でもさ彩乃、よく頑張ったね。ちゃんと自分で聞けたんでしょ?」

「うん……」


「どんな返答が返ってくるか、怖かったでしょう?それでもちゃんと聞けたんだね」


同情するんでもなく、責めるんでもなくただ優しく頭を撫でてくれる麻美に、あたしは涙をこぼした。


「あさみ……っ」


麻美に抱きついて、ポロポロ涙をこぼす。

しばらくそうしていると、だんだん気持ちが落ちついてきた。


そしてこぼれた涙を拭った時には、少しだけ気持ちが楽になった。


「これからはさ、新たな気持ちで頑張ろう?」

「うん」


「あたし、彩乃が新しい一歩を踏み出すって言うなら応援するから」


今まで恭ちゃんしか見えてなかったあたし。

もう恭ちゃんへの恋を諦めると決めたんだから、これからは、周りを見るのもいいかもしれない。


ゆっくり時間をかけて恭ちゃんのこと、好きじゃなくなっていければいい。

過ごしていく時間が違うあたしと恭ちゃん。


きっと簡単に忘れることもできるよね。

そんなことを考えていると、1時間目が始まるチャイムが鳴った。


「席につくこうか」

「うん」


そして、先に戻ると教室に入ってきた担任が言う。


「今日の放課後、日直は残ってくれー」


ぼーっと黒板を見てみると、そこには日直の欄にしっかりとあたしの名前が書いてあった。


うそ……今日の日直私じゃん。


ついてないなぁ。

憂鬱だった授業がさらに憂鬱になる。


だけどいいか。

時間があると恭ちゃんに会いたくなってしまう。


それだったら時間が無い方がいいのかもしれない。


始まった授業をぼんやりと受けると、その日1日は何も手につかなかった。


放課後──。


「彩乃、大丈夫?」


もうホームルームは終わっているのに、なかなか席を立とうとしないあたしを麻美が深刻な顔をしてのぞきこむ。


「あっ、うん、ちょっと眠かっただけだよ」


今日は本当にぼーっとしていた1日だった。

ずっとこんなんだったら周りの人にも迷惑かけちゃうから、しっかりしないとな……。


「日直の仕事変わろうか?」

「平気、平気、行ってくるね!」


麻美にも心配させちゃうし、もっとしっかりしなくちゃダメだよね。


気合いを入れるため、自分の頬をぺちんと叩くとあたしは席を立ち、担任のいる数学準備室に向かった。


「来週授業で使う資料のホチキス止めやってくれ」


どさっと机に置かれたのは、大量の書類。

えっと……これをまさかひとりでやれと?


「先生も職員会議が終わったら手伝いに来るから、頼んだぞ」


ひ、ひどい……。

あたしよ反論も無しにして、担任は「よろしくな」と声をかけると部屋から出ていった。


「本当についてない……」


これ、どれくらいかかるんだろうと思いながらも大量に積まれた資料に手を伸ばす。


ガチャっとひとつひとつホチキス止めをしていると、いきなり準備室のドアが空いた。


「っす……」


顔をそむけながら、決まりが悪そうに入って来た人物は、まさかの良樹で、あたしは驚いて大きな声を出した。


「良樹!?どうした?」

「いや、手伝いでもすっかと思って」


「手伝いってあたしの?」

「他に誰がいるんだよ」


良樹があたしの手伝い!?

なんで一番手伝ってくれなさそうな良樹がここに?


「担任に手伝ってやれって言われたから、仕方なく来てやっただけだ」

「なんだ」


でも、エラそうに言ってるけれど、それを素直に聞いて来てくれたってことだよね。


良樹らしくないけど、実際この量をひとりでやるとなると、かなりの時間がかかってしまうだろう。


「ありがとう」


今日は素直にお礼を言うと良樹は「別に」なんて言いながらまた目を逸らした。

向かい合ってイスに座り、ホチキス止めを再開させる。


ガチャ、ガチャとお互い音をたてながら私は良樹に話しかけた。


「なんかさ、私たちが二人揃ってやってるとまた罰受けてるみたいだよね」

「ああ、そうだな」


相変わらず二人きりになると良樹は静かだ。

あんまり静かだと嫌でも恭ちゃんのことを思い出してしまう。


ダメダメ。

もう忘れるって決めたでしょう!


ふたりでやると作業は割と早く進んでいった。


残りは後10部だ。


「後5部ずつやれば終わりだよ」


そう言った時、良樹の手がぴたりと止まった。


「??」


あたしが彼に視線を向けると、良樹は小さな声で言う。


「お前さ、今日なんで泣いてたの?」

「えっ……!」


あまりにも真剣な顔をしてそんなことを聞いてくるから、いつもみたいにふざけて返すことが出来なくて、ただただじっと良樹を見る。


「い、いや……それは別に……」

「お前、朝泣いてたろ?」


見られてたんだ……。


かぁっと顔が赤くなる。

だけど触れられたくない内容だったから、あたしは話をはぐらかした。


「別に……、良樹には関係ないことだよ」


「また恭ちゃんとか言う奴?」


その言葉を聞いてびくり、と反応する。


今、恭ちゃんの話はしたくない。


あたしは力強く手を握って答えた。


「関係ないよ、良樹には全然。別にいいじゃん……あたしが泣いたって」


あたしが目を逸らしながらそう言った時、良樹はバンっと音を立てて立ち上がった。


「良くねぇよ!」


その顔はさみしそうで、まるであたしよりも傷ついているような顔だった。


「……き、な」

「え?」


小さくて聞き取れない声。

あたしが聞き返すと、今度ははっきりと振りしぼるような声で言った。


「好きな、女が他の男に泣かされてんだ。関係ないわけあるかよ……っ!」


えっ。今なんた言った!?

あたしの勘違いじゃなかったら、好きな奴って言ったよね……?


目をぱちくりさせて良樹を見る。


その目はまっすぐで、拳をぐっと力を入れて握っている様子なんかを見てしまったらとても、冗談なんかで言っているんじゃないと悟ってしまった。


「良樹って、その……あたしのこと……」

「ずっと好きだった」


うそ、でしょ……。

あの良樹があたしのこと好きだったなんて。


「あ、の……」


頭で上手く考えられなくて、言葉を出せなくなっているあたし。そんな私を見て、良樹は、ハッと我に返ったように言った。


「あ、いやつーか。俺、今言うつもりなくて……何言ってんだろうな。ハハ……」


頭をかきながら、乾いた笑いを浮かべる。


「聞かなかったことに……」

「良樹……」


あたしは知ってる。

自分が伝えた気持ちをウソにされる悲しさを。


冗談にされるかなしさを知っている。

だからダメだ。


言ってくれた言葉をなかったことにするなんて。


「その気持ち、本当なんだよね?」


だから、今良樹が伝えてくれた気持ちも無かったことにはしたくない。


確かめるように彼に聞くと、良樹はこくっとうなずいた。


さっきの悲しそうな顔から決意したような表情を浮かべてあたしの方に向き直る良樹。


「こんな時に付け込むように言ってごめん。俺はお前のことが好きだ」


改まった言葉を彼から受けたその瞬間。


──ガチャ。


タイミング悪く、準備室のドアが開いた。


「おー、やってるか?って、良樹もいるのか!手伝いに来るなんて感心だな」


良樹がここに来た時に言った言葉。


『担任に手伝ってやれって言われたから、仕方なく来てやった』


その言葉が照れくささを隠すための言葉だったんだと知って、少し心が温かくなった。


「ありがとな。後は先生がやるからお前たちは帰っていいぞ。これは手伝ってくれたお礼だ」


先生は教室の冷蔵庫から缶ジュースを出すと、あたしたちに1本ずつくれた。

そしてあたしたちは準備室を出ると教室に向かう。


先生が入って来て言うタイミングを逃してしまったけど、あたしのこと……気づかない所で思ってくれていたことが純粋に嬉しかった。


どうやって伝えたらいいだろう……。


少し迷っていると、良樹は言う。


「付き合って欲しいとか、今そういうこと言うつもりは無いから。弱みにつけこんでる自覚もあるしな……」


「良樹……」


「でも、もしお前が嫌じゃないなら、少しでいいから俺のことも考えてみて欲しい」


「うん……」


「はい話、終わり。 お前今日は先帰ってろ。若干気まずいだろ?」


そう言って笑う良樹に少し心臓がドキンと音を立てた。


今日はその好意に甘えよう。

あたしはカバンを持つと、「また明日」と良樹に言ってから教室を出ることにした。


あたしのこと好きでいてくれる人がこんなに近くにいたなんて思わなかったな。


あたしはそれだけずっと恭ちゃんしか見ていなかったんだね……。


外に出て、すっかりと冷え込んでしまった空気に身震いする。


あの日良樹がマフラーを貸してくれたことを思い出して、あたしは思った。


あの時も側にいて、あたしを見ていてくれたから気づいてくれたんだよね。


こんなに一緒にいて、お互い子どもみたいなことしてケンカしていたのに今、

良樹があたしの気持ちを配慮しながら言ってくれるのが不思議でたまらない。


いや、そんな事ないか。 

一緒にいたから、見ていてくれたんだよね。


恭ちゃんを諦めて新しい一歩を踏み出すって言ったけれど、その選択に良樹がいる可能性だってあるんだ。


「全然、考えたこと……なかったな」


新しい一歩を踏み出せるのかな?

恭ちゃんを忘れられるのかな?


今はまだ答えをだすことは出来ない。


だから今日、いっぱい考えよう。


これからのことを──。


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