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第3話:子どもと大人の時間



次の日の朝──。

片手に缶のブラックコーヒーを持ったあたしは、いつものように恭ちゃんをマンションのエントランス前で待っていた。


恭ちゃんは大人ぽい人が好きなんでしょ?


あたしだっていくらでも大人ぽくなれるんだって証明して見せるんだから。

少し経って恭ちゃんが部屋から出て来る。


──コツ、コツ、コツ。


きたきた!

これであたしのこと、少しくらいは見直してくれることだろう。


エントランスから出てきたスーツ姿の恭ちゃんに声をかける。


「恭ちゃーん、おはよう!今日はなんとブラックコーヒーを飲みながら来たよ……!」

「騒ぐなアホが」


どうだって見せながらドヤ顔で言うつもりだったのに、すぐに恭ちゃんにさえぎられてしまい、それは消化不良に終わった。


「見て!ほら、ブラックコーヒー!練習したら少し飲めるようになったよ」

「はいはい、差し入れサンキュー」


ひょいっとあたしの手から空いてる缶コーヒーを奪う恭ちゃん。


「ち、違うから!これはわたし用で……」

「お子ちゃまは黙って甘ーいココアでも飲んでな」


そう言うと、そのまま缶コーヒーに口をつけ、ゴクゴクと飲み干した。


「なっ……」


ビックリして固まるあたし。


これって俗に言う間接キスじゃ……。


いやだな、もう。

恭ちゃんもあたしに興味があったなら早く言ってくれないと。


あたしだって落ち込んじゃうじゃない♡


そんなことを考えていると恭ちゃんは缶コーヒーのゴミをあたしに差し出した。


「じゃ、これよろしくな?」


すると恭ちゃんはひらっと手を振って、先に歩き出してしまった。


もう、またバカにして……。


むっとしながら彼の後ろ姿を見つめていると、恭ちゃんは思いついたようにぴたりと止まる。


「あ」


そして、くるっと振り返って言った。


「今日は家に来んなよ、絶対にな」


な、なんで……!?

ここまで念押しして言ってくるってことは何かあるってこと?


絶対に怪しいよね。

今まで家に来るなと言われたことは何回もあるけれど、こんな風に念押して言われることはなかった。


もしかして今日、家に女性が来るとか!?


そ、そんなの絶対に嫌だよ!


なんとしてでも阻止しないと……。


色々考えているうちにいつの間にか恭ちゃんの背中は遠くなっていた。


そんな恭ちゃんの後ろ姿を見て、あたしは絶対に家に行ってやる!と熱を燃やし、ひとり学校に向かったのだった──。


「おはよーう」


教室に着き、一番に麻美に挨拶すると、彼女はさっそくあたしが手に持っている缶コーヒーの空き缶に興味を示した。


「何それ?」


「これね、ブラックコーヒー。朝、恭ちゃんに奪われて大変だったんだよ~。あたしは毎日これがなきゃ始まらないって言うのに、おかげで自動販売機でもうひとつ買う始末……」


ひらっと長い髪を揺らして、大人ぶった表情を見せる。


「ごめん。それ、ツッコんだ方がいい?」


だけど麻美には全然に相手にされていなくて、少し落ち込んだ。


少しは誤魔化されてくれてもいいのでは……?


ごほん、と咳払いをして気を取り直すと、あたしは強い口調で言った。


「恭ちゃんの好きなタイプが、大人っぽくて胸のデカい大人な女性なんだって。ヒドイと思わない?」


「それ、完全に彩乃と真逆だね。で、なんでブラックコーヒーが出てくるのよ?」


「ブラックコーヒーが飲める=大人」


あたしがそう言った瞬間、麻美は深いため息をついた。


「そう信じて疑わないアンタをいっそのこと可愛いと思うよ」

「ん?」


「あたしは愛してあげるからね」


悟ったような表情を浮かべながら、あたしの頭をヨシヨシと撫でる麻美。

プシュっと音を立てて缶を開ける。


「ふっ、味方がいなくてもあたしは大丈夫じゃ。正真正銘大人なところを見せてあげましょう」


そして、あたしはブラックコーヒーをゴクゴクと飲み干した。


「う……おい、美味しいです……」


それは、もう渋い顔をして。


「わあ……すごい……」


そんなあたしを麻美は哀れな者を見る目で見てくる。


そしてハッキリと言った。


「見た目がそのままで大人ぶったって仕方ないでしょーが」

「じゃあどうしたらいいのさぁ……」


あたしは机に顔を伏せながら、泣き言を言う。


だって、自分とタイプがまるで違いすぎて、どこからやったらいいのか全然分からなかったんだもん。


すると、麻美はズバっと言った。


「まずは身なりよ」

「身なり?」


「とにかく最初は見た目から入るの。見た目が大人っぽくなれば、向こうも急に意識したりするし、自分だって変われるでしょう?」


確かに……。

さすが、ミスコン1位の姉さん。


アドバイスが的確だ。


「そのためには、まずあたしが大人女子の化粧とかを教えてあげる」


麻美はそう言うと、カバンから化粧ポーチを取り出して、あたしに色々な大人メイクを伝授してくれた。


「まずはシャドウの色を変えて、それから口紅ね」


「あ、あたし口紅は使わないんだ~コップとかにつくのが嫌だからいつも色付きリップにしてるの」


「口紅にしなさい!リップはすぐに落ちちゃうし、色が薄いと色気に影響が出るわよ」


「は、はい……」


化粧について教えてくれる麻美はスパルダだった。


「それからまつ毛カーラーは必須ね。まつ毛がくるんとカールすればするほど大人に近づくと思いなさい」


「はいっ!」


まつ毛ってそんなに重要なんだ……。


何かすごいな、麻美って。

下手な雑誌を見るよりもくわしい気がする。


将来は美容系の職ついたりするのかな?


「はい、出来た」


大人っぽい化粧や髪のセットの仕方を教えてもらうと、なんとか出来る範囲で変身することに成功した。


髪型もいつもは何もしないけど、今日は麻美にやってもらって巻き髪にした。


「うん、なかなかいい感じじゃん」


麻美から渡された鏡を見てみると、少し変わった自分がそこに映っていた。


「すごい、麻美……!ねぇ、これだったら恭ちゃん振り向いてくれるかな?」


「どうかな、でも少しは意識してくれるんじゃない?ギャップって大事だからね」


世の中で俗に言うギャップってこういうことだったんだ!


うわぁ、どうしよう。

そんなこと聞いたら早く恭ちゃんに会いたくなってきた。


今日は来るなよって言われたけど、別に行ってもいいよね?


恭ちゃんの反応が楽しみで、今日受ける一つ一つの授業が長く感じた。


それでも早く終われ、早く終われって、心の中で唱えながらやっとのことで終わった授業。


「彩乃ちゃん、今日可愛い〜」


「本当だー!巻き髪似合うね」

「ありがとう!」


途中クラスメイトが褒めてくれたりして、さらにあたしの気持ちは高まっていった。


麻美に崩れたメイクを直してもらってから、あたしは高校を出て自分の家まで向かった。


「ただいま〜」


お母さんに声をかけるが、お母さんは家にはいなかった。


買い物にでも行ったのかな?


まっ、ちょうどいいか。

うるさく言われないで済むし……。


出かけるわけじゃないけれど、自分の中でも一番大人っぽい私服に着替えて部屋にある全身鏡を見つめる。


うん、自分が違ってみえるってすごくいい。


ちょっと髪型やメイクを変えるだけでも、こんなに大人っぽくなれるんだから女の子で良かったなって思う。


そして、あたしは今日も昨日と同じ時間に家を出て、恭ちゃんの仕事が終わるのを待つことにした。


恭ちゃんの家のエントランス前。

いつもの場所にしゃがみこんで、じっと待っている。


好きな人を待つ時間は嫌いじゃない。


まだかな、早く来ないかなってドキドキ出来るから……。


だけど、寒い中じっとしているとなんだか身体がふわふわして来た。

なんか眠い、かも。


恭ちゃん、まだ来なさそうだし……いいよね。


うとうとしながら、そのまま身をゆだねると、気づいたらあたしは寝てしまった。

そして。


「おい、彩乃」


誰かに声をかけられ、ビックリして目が覚めた。

目を開けると、すぐそこにいるのは、恭ちゃんの姿だった。


「わ!ビックリした……恭ちゃんかぁ!」


「なんでこんなところで寝てんだよ!お前は、動物か!人間の自覚がないのか!?」


眉にシワを寄せながら言う恭ちゃんを見ていると、なんだか嬉しい気持ちになった。


恭ちゃん、帰って来た。


「へへっ、恭ちゃん!おかえりなさい」

「おい、っていうか俺言ったよな?朝来るなって。なんでいんだよ」


おおっと、これはものすごく不機嫌なご様子……。


「へへっ……おかえりなさい」


外にいて冷えたのか、あたしの声は鼻声になっていた。

そして立ち上がった瞬間、一気に寒気を感じて、身体を震わせる。


「……っくしょん!」


うう、さすがに2日続けて外で待ってるのは身体に来たかも。

なんだか、いつもと違う寒気さえする。


「ちっ、入れよ」


恭ちゃんはあたしのその様子を見て、家の中に入れてくれた。


恭ちゃんの優しさに心が温まっていく。


強引に帰れって言うことも出来るのに、こういう時恭ちゃんは絶対あたしを甘やかせてくれるんだ……。


恭ちゃんの家の中に入ると、ジャケットを脱ぎもせずにヒーターの設定温度を上げて、部屋を暖めてくれる。


しかし、掛布団だけは昨日よりも乱雑に投げつけられた。


「わっ……」


なんとかキャッチしたけれど、これは……怒ってるな。

やっと恭ちゃんはジャケットをハンガーにかける。


すると、低い声で聞いて来た。


「で、なんで今日はいたわけ?」


ちょっと、というより昨日よりも怒ってるように思える。


「じ、実は今日ね、友達にすごく大人っぽくしてもらったから恭ちゃんに見せたくて…これで少しは大人っぽく見えるでしょ?」


「は?」


それでも気を取り直して、手を広げて見せたらちょっとくらいは褒めてくれるかな、なんて淡い期待胸にドキドキしながら恭ちゃんの反応を待つ。


しかし、恭ちゃんは冷たい目であたしを見るだけで何も反応してくれなかった。


あれれ?


「ほら、髪とかメイクとか服とか大人っぽいでしょ?あたしだってね、少し頑張れば、恭ちゃんのタイプの大人な女性になれるんだよ」


「本当にそれで変わったと思ってんの?」


ずしっと、のしかかる冷たい言葉は、上から降ってきた。


恭ちゃんはネクタイを外しながらあたしをにらむ。

その瞬間、ぐらり、と視界が揺れベットに押し倒された。


えっ。


「恭……ちゃん?」

「似合ってねぇんだよ」


しゅっると片手でネクタイを外す恭ちゃんがあたしにおおいいかぶさっている。


部屋が薄暗くて、どんな顔をしてるのか分からない。


だけれど、今日の恭ちゃんはなんだか変だった。


「彩乃、大人ってどういうことするのか分かってんの?」


スルスルと手が服に伸びて首筋をたどる。

その感触にびくり、と身体が反応すると、恭ちゃんは冷たく笑った。


「大人って言うのは、こういうこともするんだよ」

「んっっ……」


恭ちゃん、どうしちゃったの?


恭ちゃんが耳元で甘くささやく言葉がなんだか知っている恭ちゃんじゃないみたい。


ただただ、ビックリして何も出来ずにフリーズしていると、彼はは、ぷち、ぷちっとあたしの服のボタンを1番上から外していった。


「恭ちゃ……っ」


そして、上から3番目のボタンを外した時、怖くなってぎゅっと目をつぶる。

すると、顔にデコピンが降って来た。


「ぎゃっ!」

「バーカ、抵抗しないで待ってんじゃねーよ。言ったろ、お前は恋愛対象外だって」


ぎしっと音を立ててベットから降りていく恭ちゃん。


「対象外に何されたって響かねぇよ」


あたしに残された言葉はそれだけだった。


「何で、よ……」


恭ちゃんはいつも決めつける。

あたしのこと、好きにならないと。


「分からないじゃん!」


真剣に恭ちゃんを見つめたって、真剣に言われる言葉はいつも否定するものばかり。


「分かるよ。恋愛対象外つーのは、何をやってもムダなの。お前がいくら大人っぽくなろうが、どう努力しようが、俺の恋愛対象にはなれねぇの。だからお前も早く諦めて……」


「嫌だ!絶対諦めないもん!!」


「お前なぁ……っ」


恭ちゃんがあきれている。

でもそんなの今更だ。


「そんなの分からないじゃん。恭ちゃんのタイプにはなれなくても、頑張ったらふり向いてくれるかもしれないじゃん!」


あたしはベッドから起き上がって感情的に言った。


こういうところが子どもっぽいって思われるんだろう。

そう分かっていても否定しないで聞いてることはできない。


あたしは恭ちゃんのことが好きなの。


そんな風に切り捨てないで。


どんなに難しくっても、無理だって言われても、頑張って背伸びするから。まだダメだって言わないで。


すると恭ちゃんは静かに話し出した。


「……健全じゃねぇよ。普通高校生は高校生同士、寄り道したり遊びに行ったりするもんだろ。それを社会人の男待って外に出てるなんて、全然健全じゃない。お前が周りから変な目で見られる前にやめた方がいい」


恭ちゃんは真面目な顔をしていた。


変な目で見られちゃうのかな?


あたしが恭ちゃんのことを好きなのは世間的に言うとおかしなことなのかな?

考えることはたくさんある。


でもやっぱり、そんな理由で恭ちゃんのことを諦めることは出来ないの。


恭ちゃんの事、なんで好きになっちゃったんだろうって、いっつも思うよ。


何度も何度も恋愛対象外だって言われて、子ども扱いもされた。


もっと、自分のことを好きになってくれる人を好きになれたら良かったのにって思うこともあったけど、それでも、一度だって諦めたいとは思わなかった。


無理だっていわれるたびに、どうやったら振り向いてもらえるのかって考えて、ダメなのかなって弱気になって。


それくらい、恭ちゃんのこと好きなの。


それでも不健全だって言われちゃうのかな?


何度でも頑張るから、自分の納得がいくまで切り捨てたりしないで。


あたしの目からぽろり、と涙がこぼれる。


すると、彼は頭をかきながら小さな声で言った。


「まぁ、色々言ったけどさぁ……やなんだよ」


えっ?

私がばっと顔をあげると、恭ちゃんは言った。


「健全か健全じゃないかよりも先に、お前が、俺を待ってて風邪引くのは嫌なんだよ」


ふいっとそっぽを向いて、少し拗ねた表情を見せる恭ちゃんの顔は、さっきの大人っぽい表情とは違って少し幼くも見えた。


「恭ちゃん……!」


私はそれを見て、少し嬉しくなる。


「大丈夫。あたし、風邪引かないよ!」


恭ちゃんの言葉が嬉しくて元気に言うと、彼はふき出した。


「ははっ、そこ、もう待たないじゃないのかよ」


良かった。恭ちゃんが笑ってくれた……。


ほっとする。

優しい恭ちゃんの顔。


「でも、もう家の前で待ってんの禁止」


「そんな……。じゃあ会いたくなった時はどうすればいいの?」


しょぼんと肩を落とす。

すると恭ちゃんはまたあきれ顔で言った。


「お前は家で待つってことを知らねーのかよ」


「だって、恭ちゃん。帰って来たタイミングじゃないと家に入れてくれないじゃん!」


「おー、良くご存知で」


やっぱり、休日家からやって来たあたしを入れてくれないのは、ワザとだったんだな。


「ひどいっ!じゃあ待ってる、風邪引くまでずっと待ってるもん」


腕を組んでそっぽを向くあたしに再びため息をつく恭ちゃん。


ふんっ。

恭ちゃんのために風邪引くなんてあたしにとってはお安い御用なんだからね。


すると恭ちゃんは突然つぶやいた。


「20時」

「え?」


「だいたいそのくらいには帰ってる」


きょ、恭ちゃんっ……!


「大好き!!」


あたしは嬉しくなって恭ちゃんに飛びついた。

それって会いにきてもいいってことだよね。


自然と笑みがこぼれる。


ゆるむ口元を隠せずに私は恭ちゃんにたずねる。


「あたしが恭ちゃん家の番号にピンポンしたら家に入れてくれるってことなんだよね?」


「まぁ……気が向いたら?」


ちょっと怪しいけど……こんなに言ってるし大丈夫だよね?


「おい、つーか、そろそろそれどうにかした方がいいんじゃね?」

「それ?」


「見えてっぞ、前」


恭ちゃんに指差された先には、はだけたあたしの服があった。


「ぎゃああああああ!」

「うっせ、耳元で騒ぐな」


「だってあたしの身体を……」

「は?お前のガキみてぇな身体なんかに興味ねぇよ」


そう言うと、恭ちゃんはスーツを脱ぎはじめた。


ちぇっ……。

ちょっとぐらい興味持ってくれたっていいのに。


それにしても恭ちゃんのスーツ姿って、いいな……。


じっと恭ちゃんのことを見つめていると、視線に気づいた彼が言う。


「彩乃ちゃん、そろそろ出て行ってくんね?それとも続きされるの、待ってんの?」

「へっ!?」


続き……!?


その瞬間、恭ちゃんがさっき言った言葉を思い出した。


『じゃあ、大人ってどういうことするのか分かってる?』


色っぽい大人の恭ちゃん。


「恋愛対象外のお前でも俺、今疲れてるし何かの弾みで手、出しちまうかもな?」


かあっと顔が赤くなるのを隠しながらあたしは慌てて言った。


「か、帰る!」


そりゃぁ……そのうち恭ちゃんとはそういう関係になりたいとは思ってるけど、恋愛対象外じゃ意味ないもん!


その反応を見て恭ちゃんはククっと笑った。


もう、またバカにして。

私の反応見て子どもっぽいって思ってるんだろうな。


「もう帰りますよ~~だ!]


むっとしながら上着を着て、玄関でクツを履いていたら恭ちゃんは小さくつぶやいた。


「なぁ……彩乃。言ってなかったけどお前のそれ、いつもよりいいんじゃね?」

「えっ!」


ぱっと顔をあげて恭ちゃんを見る。


ちゃんとみてくれた。見てくれていた!


誰のためでもない、恭ちゃんのためにした格好を褒めてもらえてあたしはあふれる気持ちをそのまま言葉にした。


「恭ちゃん、好き」

「はいはい」


「大好きだよ」

「はいはい」


最後はまた流されてしまったけど、今日は少しだけ進めた気がする。


この調子で頑張ろう。

あたしはそう誓って、鼻歌を歌いながら家に帰ったのだった。


そして次の日の夜──。


「うう……騙したな、恭ちゃんの奴め!」


あたしはひとり、恭ちゃんの家の前でなげいていた。


『健全か健全じゃないかよりも先に、お前が、俺を待ってて風邪引くのは嫌なんだよ』


そう、昨日の言葉を思い出し、ニヤニヤしながら恭ちゃんに家に向かったあたし。


言われた通り、20時に家のインターフォンを鳴らしたのに、いざ恭ちゃんから返って来た言葉はこれだった。


「わり、今日人来てるから無理だわ。あ、めんどいから明日も来んなよ?その次の日も、つーか永久に来んだよ?」


エントランスの扉を開けてさえくれなかった恭ちゃん。


あたしが待ってなければ、家にいれなくていいとばかりに……騙すなんてズルい!


許せない!

っていうか、人来てるって誰だろう……。


今日は休日。

休日に恭ちゃんの家に来るほどの親しい間柄の人がいるってこと?


だとしたらそれは……女の人!


あたしの警戒レーザーが発動する。


それは絶対に許せませんな!


そんなことを考えていると。


「こんにちは」

「こんにちは」


ここのマンションにいる人がエントランスの扉をあけた。


あ、あたしも……。

少しだけだから許してくれるよね!


あたしはその人に便乗してエントランスをくぐっていく。


そして恭ちゃんの家がある6階までエレベーターで登っていくと、恭ちゃんの家の前まで向かった。


へへん、ここまで入ってやりましたよー!


恭ちゃんが悪いんだからねぇ!


私を家に入れてくれるって言ったのに、騙したんだから……!


ぶつぶつ言いながらも、家の前にいてインターフォンを押そうとすると、部屋の中から、明らかに恭ちゃんとは違う女の人の声が聞こえてきた。


「恭平、……れ、てよ」


う、ウソでしょ!?

玄関付近にいるのかな?


聞こえてるんですけど……!


あたしは足を止め、ドアに耳を当ててみる。


話の内容までは聞こえないけれど、声のトーンは確かに女の人のものだった。

もしかして、彼女?


いやいや、そんな事ないよね。

だって、いるなんて一言も言ってなかったし……。


でも、恭ちゃんが大学生の頃はあんまり会えなかったし、その間に彼女を作っていたという可能性もある。


それか、社会人になって出来たとか?


どっちにしろ、この目で確かめるしかない。


今は突撃すると怒られそうだから、 この場は諦めて、あたしは次の日になるのを待った。



そして次の日──。

今日は日曜日で学校がない。


いつもならゆっくり寝ているんだけど、今あたしは黒いマスクと、帽子を深めに被り、時期外れのサングラスをかけて、恭ちゃん家の辺りを見張っていた。


土、日、祝と休みの恭ちゃん。


今日は仕事がないハズ。


もし、仮に彼女がいるとしたら(絶対に嫌だけど)、一晩恭ちゃんの家に泊まるはず……。


つまり、どこかのタイミングで絶対に家から出てくるだろう。


そう思ったあたしは朝から変装をして恭ちゃんの家のマンションのエントランスに来ていた。


「ふっ、完璧だわ」


それにしてもあたしの変装。

完璧すぎる。


これなら誰が見てもあたしだって気づかないだろう。


あたしって頭いい!


しばらく見張りを続ける。


人が何人もあたしの前を通りすぎていって、怪しげにあたしを見ていく人々。

怪しいものではありません……!と心の中で唱えながら、私は見張りを続けた。


そしてついにマンションのエントランスから恭ちゃんが現れた。

そしてその隣にはしっかりとキレイな女性がいる。


やっぱり、恭ちゃんの家に泊まってたんだ(泣)

恭ちゃんの浮気もの!バカ、アホ、アンポンタン!


泣きそうになるのを必死にこらえながら、女性を見つめる。


その女性は背が高くとてもスタイルが良くて、目もくっきり。


そして、ベージュ色のふわふわパーマをした女性だった。


む、胸も大きい……恭ちゃんのタイプだと言っていた通りの大人の女性。

あたし……どこもあの女性に勝ってない……。


そんな彼女は恭ちゃんと一緒に並んで外に出て来る。


う、う……。

これはもう確定じゃんか。


このキレイな人が恭ちゃんの彼女じゃんか……。


裏切りもの……!


「恭ちゃん……ウソだって言ってよ~」


あたしが涙声を混じりながらの叫びをあげたその時。


「おい、」


低くて、不機嫌そうな声はどこからか聞こえてきた。


あ、あれ……この声は……。


そう思って振り返ると、そこにいたのは私服の恭ちゃんで、あたしはひっ、と小さく悲鳴を上げた。


「何してんだよ、彩乃」


ば、バレた……!?

ってか恭ちゃんいつの間にこっちに!?


「いや……あたしは彩乃という者ではありませんが……どなたかと勘違いをしていませんか?」


「分かってんだよ、お前の正体は。そんでもってお前は、昨日の俺の話しを聞いてな・い・の・か・な?」


ギリギリとあたしの頭を容赦なくつかむ恭ちゃん。


「い、痛いっ、いたいっです……ご勘弁を!」


なんで気づかれたの……。


変装は完璧だったハズ。

すると、恭ちゃんはあたしの考えていることに気づいたのか、鼻で笑いながら言った。


「だいたいこんなアホみたいな格好してるやつなんて、お前しかいねぇだろ。彩乃」


もうバレバレだ……!

せっかく上手くいってると思ったのに!


ヤケになった私は勢いで言い放った。


「だ、誰のせいでこんな格好してると思ってるんだか」

「なんだよ、罰ゲームでもしてんのか?」


「違うよ!」


じっ、と恭ちゃんを見つめる。


心当たりあるでしょって心の中で言いながら見つめると、彼は不思議そうな顔をした。


分かってないわけ!?


「か、彼女……!いるなら言ってほしかったし……」


私の声はだんだん小さくなっていく。


そして恭ちゃんの隣の人を指さして言った。


「知ってるんだからね、この人……昨日から恭ちゃんの家に泊まってること!」


真剣な瞳でそう言うと、恭ちゃんは舌打ちをして、面倒くさそうな顔をした。


「ちっ、見てたのかよ」


頭をかきながら、目を逸らし、少し間を置くと彼は言った。


「あー……、まぁ、彼女だけどお前には関係ないだろ」


──ズキッ。

その時、言葉が心に突き刺ささる。


やっぱりそうだったんだ……。


もうほぼ確実だとは思っていたけど、 なんとなく、分かってはいたけれど……本人に聞くまではそう思わないようにって心を強く持っていのに。

本人に言われてしまったら、どう逃げたってもう解釈は一つしかない。


「そ……っ、なんだ」


あれ、上手く笑えない。


いつものような返しが見つからなくなったあたしは、言葉に詰まってしまった。


どうしよう。この場所から離れなきゃ。


涙がこぼれる前に帰らなきゃ、そう思った瞬間。

恭ちゃんの隣にいた女性がつややかに微笑んで言った。


「あれ?恭平、こんなピュアな子たぶらかしてるの?」


恭ちゃんの彼女だ。

何度見ても美人で大人っぽくて叶わないと思ってしまう。


「うっせな」

「ダメじゃない。そういうことすると勘違いしちゃうでしょ?」


ふふっとその女性は笑って見せた。


全然釣り合ってない。

相手にもされていないし、ライバルにもなれないあたし。


恭ちゃんとはお似合いで、かける言葉も出てこなかった。


「ちっ、つーか。お前タイミング悪すぎ、あっち行ってろ」


恭ちゃんは舌打ちして彼女にそう放った。


お前……か。

あたしは、恭ちゃんにそう呼ばれることが、なんだか距離が近く感じて好きだった。


だけど、あたし以上にもっともっと距離の近い人は存在したんだね。


すると、女性はふわりとした笑顔をこちらに向けて来た。


「って冗談だけど、彼女はどちら様なの?」


そんな笑顔もドキっとしてしまうくらい色気があって、みじめな気持ちになる。


「か、帰る……っ」


あたしが恭ちゃんに背中を向けて家に帰ろうとした、その瞬間。


「来い」


──グイっー!


恭ちゃんに思いっきり腕をつかまれ、無理矢理家まで連れて来られた。


「ちょっ、恭ちゃん!やめてよ」


なんでこんなことするの?

恭ちゃんと彼女がイチャイチャしているの目の前で見てろってこと?


そんなのあまりにもひどすぎるよ……。


あたしはずっとまっすぐに恭ちゃんのことが好きだったんだよ!?


どうしてこんなことができるの?


そう思っていると、恭ちゃんはあたしを家の中に押し込める。


ヒドイよ、恭ちゃん……。

玄関で悲しみをこらえながらぼーっと突っ立っていると、恭ちゃんは言った。


「あのなぁ、お前……」


するとその瞬間。


──ガチャ。

家のドアが開いた。


当然中に入ってきたのは、さっきの女性だった。


「ちょっとあたしを置いて家に戻るなんていくらなんでもひどすぎるんじゃない?彼女の私よりもこの子の方を優先したいってこと?」


たしかにそうだ……。


恭ちゃん、なんでさっき彼女さんをおいて私の手を引っ張ったの。


それってあまりにも彼女さんにひどすぎる気がする……。


すると恭ちゃんは呆れ顔で言った。


「姉貴、いい加減その設定乗ってくるのやめろ」


そっか……、恭ちゃんの彼女さん、姉貴って名前なんだね。


そうだったんだ……えっ、姉貴!?

どういうこと!?


「もしかして恭ちゃんの彼女さんじゃなくて、お姉さん!?」


あたしは驚いて目を見開くと、彼女はにこっと笑う。


「そうでーす。恭平の姉の明日香って言うの、よろしくね?」


明日香さんはふわりと髪の気を揺らした。


「か、彼女さんではないんですか!?」


不安気にそんな質問をするあたしを見て、明日香さんは笑いながら言う。


「やめてよー恭平の彼女なんて」


よ、良かった……。

どうしよう。あたし、今ものすごく安心してる。


さっきまで心臓がバクバク鳴って仕方なかった。

でもようやく安心できた。


そっか、恭ちゃんの彼女さんじゃなかったんだ。


「姉貴、とりあえずこいつにココア入れてやって」

「はいはい~」


クツを脱いで急に申し訳ない気持ちになっていると、明日香さんは机に熱々のココアを置いてくれた。


「ありがとうございます。あの……先ほどはとんだ失礼を……」


「ふふっ。全然気にしてないから大丈夫。それで?恭平とはどんな関係なの?」


「家が近くて、恭ちゃんがここに来た時から仲良くなりました。あっ……あたし、彩乃って言います」


ぺこっと頭を下げて挨拶をすると、明日香さんは悟ったように笑った。


「彩乃ちゃんかぁ~さっき私が彼女だと思ってヤキモチ妬いてたでしょ?恭平のこと好きなんだ?」


「はい、もうそれはそれはとても好きです」


隠しもせず、堂々と言った言葉に明日香さんは色っぽく笑った。


「ふふっ、いいね。そういうの。あたし、彩乃ちゃんのこと気に入っちゃった」

「恭平のこと、よろしくね」


「はい、恭ちゃんのことならなんでも任せて下さい!」


ぐっと手を握り、ふたりで同盟を組んでいると部屋着に着替え終わった恭ちゃんがやって来た。


「お前に任されるほど俺の人生は軽くねぇぞ」

「あたしは何でもやり遂げてみせますから!」


「頼もしいわ」


「おい、お前ら勝手に話進めてんじゃねぇぞ」


恭ちゃんがツッコミを入れる。


すると明日香さんが口を尖らせて言った。


「えーいいじゃん、彩乃ちゃん」

「ムリ。コイツ、ガキだし」


明日香さんの言葉に対して、恭ちゃんは容赦なく言い捨てる。


「年よりも、大事なのは愛だよね?彩乃ちゃん」


明日香さん……!

明日香さんの救いの言葉にあたしは大きく頷いた。


応援してもらえるの、嬉しいな。


チラっと恭ちゃんを見ると、明日香さんに文句を言っている。


「だから、会わせるの嫌だったんだよ。姉貴は彩乃のこと気に入りそうだと思ったし、姉貴もマジで考えぶっとんでるしな」


あたしは会えて良かったけどなぁ。

恭ちゃん、こんなステキなお姉さんがいるんならはやく言ってくれたらいいのに。


将来の旦那様のお姉さんに挨拶も無しなんて失礼じゃんね?


それからは、明日香さんとゆっくり話すことになった。

明日香さんは、恭ちゃんが教えたく無いような小さい頃の話とかをしてくれた。


「姉ちゃんは僕が守るって飛び出して行っちゃったり、とにかく正義感が強くてねぇ。今はどうしてこんなに燻っちゃったのかしら?お姉ちゃん、悲しい……」


「なんて尊いお話しなの」


あたしは恭ちゃんの幼いエピソードに手を拝むしか出来なかった。


「おい、何百年前の話をしてんだよ、姉貴は。そんで彩乃はいちいちウゼェ反応すんな」


「この天使のような恭ちゃんだったらウゼェなんて言わなかったのに……」


「誰かに汚されてしまったのね」


「お前らな……」


明日香さんとはお互いにふざけあったり、とても話しやすい人だった。


「でも恭ちゃん、こんなステキなお姉さんがいるのになんで教えてくれなかったの?」


「まー……なかなかこっちに帰ってこれねぇしな」


「帰って来れない?」


明日香さん、そんな遠くで暮らしてるの?

すると明日香さんは口を開いた。


「私ね、今アメリカで暮らしているの」

「あ、アメリカ!?」


「そう、旦那がアメリカ人でね。結婚を機にアメリカで暮らすようになったのよ。だから頻繁には帰れなくて……」


「そうだったんですね!」


それはあたしが知らないのも無理ないわけだ。


「アメリカ人の旦那さんとはどうやって出会ったんですか?」


「大学生の頃、英語を専攻しててそれで、カナダに留学した時に出会った人なの」


「すごい……そういう出会いもあるんですね!」


「うん。向こうでは私たちに英語を教えるコーチみたいな人よ。もうはじめて会った瞬間からビビッと来たの。この人以外考えられないと思ってめいいっぱいアピールしたわ」


すごい、明日香さんらしいな……。


自分の幸せを自分で掴み取りに行くところ。


「おかげで今は幸せな生活が送れてる。簡単に帰れないのは少しさみしいけどね!」


すると恭ちゃんが明日香さんにたずねた。


「親父とおふくろの家には寄ってきたんだろ?」


「もちろん。恭平があんまり帰って来ないってお母さんさみしそうにしてたわよ〜!ちゃんと帰ってあげなさいよ」


「わーってるよ」


恭ちゃんの昔のはなしや、明日香さんの恋バナを夢中になって聞いていたら、気づけば外も暗くなっていて、あたしはここら辺でおいとますることにした。


今日は本当に楽しい1日だったな。


「お邪魔しました。家族の時間なのに邪魔しちゃってすみません」

「全然。私も楽しかったから……今度はアメリカにある私の家にも来てね」


「はい!」


明日香さんの言葉に笑顔で頷くあたし。

すると、明日香さんは、あたしの耳元でこそっとささやいた。


「彩乃ちゃん。恭平とのこと……頑張って、応援してるから」


「ありがとうございます!」


明日香さん、優しいな。

最初は恭ちゃんの彼女だったらどうしようって思ったけど、違うことも分かって安心した。


明日香さんにも応援してもらっちゃったし……良かった。


あたしがウキウキしながら家を出る。


すると……。


「あれ?恭ちゃん?」

「姉貴が送れってうるせぇから」


恭ちゃんもあたしの後に続いて家から出てきた。


すぐそこの距離なのに、わざわざ出てきてくれたんだね。


「明日香さん、明日にはアメリカ帰っちゃうんだってね。さみしいね」

「別に。ずっといてもウゼェだけだろ」


そっぽを向いて、そうやって答える恭ちゃんが少し可愛く見える。


素直じゃないなあ……。


「また会えるかな?」

「よく言うよ。最初泣きそうな顔してたクセに」


「それは、恭ちゃんが変なウソなんてつくからでしょ!」


最初からお姉さんだって言ってくれれば、失礼な態度だってとらなくて済んだのに。


「だってお前、こうでも言っとかないと諦めねーじゃん」


それって……諦めてほしいの?


私はいつもより真剣な顔をしてたずねた。


「あたしが恭ちゃんを好きでいるのは迷惑?」


いつもはそんなこと言われても諦めない、って言うところだけど、今日は真剣に恭ちゃんに聞いてみた。


恭ちゃんに彼女がいるって勘違いした時、諦めなくちゃいけないって、一番最初に思った。


だって、諦めないと迷惑になってしまうから。


恭ちゃんに迷惑はかけたくない。

もちろん、恭ちゃんが大事にしている人にも。


だから今、あたしが恭ちゃんを思う気持ちが、恭ちゃんにとって迷惑なものであるのならあたしは諦めるべきなんじゃないかって思ったの。


だけど。


「別に、迷惑では、ねぇけど……」


彼の言葉はやっぱりズルかった。


核心に迫ると、恭ちゃんはいつも言葉をにごす。

そんなこと言われたら、あたしはきっといつまでも恭ちゃんを諦められないよ。


「じゃあ、好きでいるよ」


恭ちゃんだって分かっているでしょう?


突き放してくれたら楽だと思いつつ、中途半端な言葉にこじつけて、好きでいる。


あたしもズルいのかもしれない。


それでも恭ちゃんが許してくれている限りはズルいあたしでいさせてほしい。

大好きって残酷だなあ。


「言っとくけど、俺はお前のこと好きにならねぇから」

「うん」


分かってる。

それでもいいよ。


先が見えなくても、ハッキリ告げられても、1パーセントの光がそこにあるならあたしは諦めない。


ごめんね、恭ちゃん。

あたし、しつこいみたい。


いつか、いつかはって期待して、すがりついて一緒にいる。


だから、まだ恭ちゃんのこと、好きでいさせてほしいんだ──。



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