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第52話 一つ一つの所作を丁寧に

 結局、五日間ほどお預けをくらっていた俺達は、ベッドに腰掛けると同時に相手の唇を貪るように甘噛みし合った。


 チュ……ッ、チュ、クチュと、直接頭に響くような音が暗い部屋を支配する。口内を這う柔らかくて熱い舌の感触が、理性を形崩す。


 潤んだ彼女の瞳が熱を帯びる。


 あぁ、再び彼女に触れることができて、本当に良かった。


「あ、でも、絋さん……。さっきも言ったように私、昨日まで生理で、その……まだ、ちょっと完全には終わってなくて」


「ん? そうなん?」


 申し訳ないけれど、男兄弟しかいかなった俺には、生理というものがイマイチどんなものか分からない状況だった。


 まだ血が出るってことだろうか? 無理をしない方がいいのか?


 少しだけ距離を取って、正面から向かい合うように座り合った。どうやら杏樹さんは、自分の都合でデキないことを申し訳なく感じているようだった。


 そんな彼女の不安を否定するように横に首を振り、柔らかな頬を両手で挟み込んだ。


「俺はさ、こうしてキスして、抱き締め合って、一緒に笑い合ってるだけで十分だから。杏樹さんの身体がキツいなら、無理してスる必要はないし」


 そりゃ、シたくないのかと聞かれたらシたい。その証拠に下半身は切ないくらいにギンギンで、彼女にバレないようにするのに必死だった。


 しかしだ、今までだって十分に我慢してこれたのだ。一日二日くらいどうってことはない。


 不安そうに涙を堪える彼女を慰めるように、額の髪を避けて、キスを落とした。

 こうして可愛い彼女にキスを出来るのは、彼氏である俺だけの特権なのだ。十分過ぎるくらいに幸せなのだ。これ以上の我侭を口にすれば、それこそバチが当たりそうだ。


「それよりもさ、四月以降の予定を立てたいんだけど、杏樹さんはどうしたい?」


「どうって言うと……?」


「選択としては、シェアアウスのメンバーとして残るか。それとも俺と一緒に同棲するか。もしくは一人暮らしをするか?」


 出会ったばかりの杏樹さんは、とても一人にはしておけないくらいダウナーな雰囲気を纏っていたけれど、今は違う。


 今から大学受験を控えているので正確な未来予想が描けないかもしれないが、自立をして一人で暮らすことも不可能ではないはずだ。


 要は変態染みた親戚の魔の手から逃れることができれば良かったのだから、俺との生活に固執する必要はない。


「絋さんは……? 絋さんはどうしたいんですか?」


 不安な顔色で尋ねる彼女に、俺は素直に答えるのが正解なのか迷ってしまった。そりゃ、俺は杏樹さんと離れて暮らすなんて考えたくもない。

 だが、あまりにも俺ばかりでは、彼女の世界を狭めてしまうのではと危惧しているのも否定しきれない。


 しかしだ、綺麗事ばかり並べても、俺も杏樹さんも幸せになれないのではないだろうか?


 今にも泣き出しそうな不安げな彼女の頭をポンっと叩いて、出来る限り優しい表情で応えた。


「俺は杏樹さんと一緒にいることを前提で、色々と探してるよ。今更離れ離れなんて寂し過ぎるから」


 今まで自己満足な正当化で彼女を悲しませてしまったから、今回くらいは素直になっても良いのではと、正直な願いを口にした。


 それは彼女にとっても想定外だったのか、数秒間真顔になって、すぐに火がついたように顔を真っ赤にして恥ずかし始めた。


「こ、こ、絋さん? え、嘘……っ、本当に絋さんですか? 変なモノでも食べました? 拾い食いとか」

「してねぇわ、失礼だな杏樹さん」


 だが、茶化したのはその一言だけで、綻ぶような笑みを見せた後、寄り添うように胸元に抱き付いて顔を埋めてきた。


 二つの心臓を重ねるように抱き合って、二人の未来について話し始めた。


「絋さんの未来に私がいるって、すごく幸せです……。私も離れたくない。ずっとずっと傍にいたいです」


「きっと俺達が思っている以上に、自分らって依存しあってると思うんだよね。数日添い寝してないだけで、寂しくて他のやつに嫉妬してしまう。離れて暮らすなんて自殺行為だ」


 無垢な子供のような笑い方をする杏樹さんを見て、俺まで大きな口を開けて笑い出した。


 あぁ、きっとこれが俺達のハッピーエンドだ。

 互いに惹かれ合うようにキスをして、じゃれ合いながらベッドに横たわった。


「広い部屋じゃなくていいから、好きな家具に囲まれて過ごしたいですね。私、絋さんと一緒に座れるソファーが欲しいです」


「俺は映画を見るのに良さそうなホームシアターが欲しいな。今度、家具や電化製品を見に行こうか? 今度は二人で探していこう」


 指を絡ませて、明るい未来を語り合う。

 この時の俺達は、幸せな日常しか思い描いていなかった。


 そう、まさか……俺達の関係を壊そうとする輩が忍び寄っているだなんて、微塵も疑っていなかった。



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