杏樹さんとのお泊まりデートを致してから数日、正直に白状すると俺は彼女の行動や言動をかなり警戒をしていた。
関係を深めたととでリミッターが外れてしまうのではないだろうとか、時や場所も弁えずにせがんでくるのでは——と。
だが、実際の杏樹さんは自重していたというか、俺が思っている以上に大人しかった。
むしろお泊まりをする前の方が異常だったのではと拍子抜けするほど、彼女は俺に淡白だった。
例えば、夕食を食べ終わって皆で映画やテレビを鑑賞している時も、俺の隣ではなく千華さんと一緒にお菓子を摘みながら楽しんでいたり。学校から帰ってきた後も挨拶だけをして、まっすぐに自分の部屋に向かったり。
極め付けは就寝時、あれだけ添い寝をねだっていた彼女が、自室で眠るようになったのだ。
電気を消して真っ暗になった部屋で、一人ぼっちのベッドに横たわりながら天井を眺めて、俺は困惑して自問自答を繰り返していた。
「——嘘だろう……? えぇー? 俺、何かやらかした?」
以前の彼女は「絋さんと一緒じゃないと寂しくて眠れないんです」って嫌がる俺を押し切って強引にベッドに潜り込んでいたのにだ。
どう考えても何か理由があるとしか思えない。
アレか? 思っていたほどセックスが良くなかったとか?
俺なりに精一杯頑張ったつもりだったけど、果てるのが早かった? 前戯が足りなかった? それとも痛いだけで気持ち良くなかった?
いいと思っていたのは俺だけだったとか⁉︎
「もしかして俺、振られるのか? せっかくこれからだと思っていたのに? 嘘だろ?」
杏樹さんが卒業する時に今のメンバーとのシェアハウスも解散してしまう。
俺は当たり前のように杏樹さんと同棲するつもりだと思っていたが、まだ相談すらできていない状況だ。
このまま避けられて、距離が出来て、自然消滅してしまうのだろうか?
ふっと、杏樹さんと出会う前に付き合っていた彼女のことを思い出した。
当時の俺は高校生で、年上の彼女に言われるがままに付き合ったのだが、彼女が大学に進学したのをきっかけに、いつの間にか連絡が途絶えてしまったことを覚えている。
それなりに好意も抱いていたし、尊敬もしていた。
だが、人当たりが良くて人気のあった先輩の邪魔をしてはいけないと連絡を控えていたし、ワガママも言っていなかった気がする。
そういえば、あの時も初めて行為をして、互いに距離が出来始めた気がする。まだ学生だったので金銭的に厳しくて、デートもセックスも数回くらいしか経験がなかった。
あの時は仕方ないと思っていたけれど、もしかして俺が下手だったから避けられていたのか?
「ってことは、もしかして杏樹さんも同じパターンになってしまうのか?」
このままセックスを避けられて、自然消滅になってしまうのか⁉︎
絶望的な結果に血の気が引いた。
俺はどうするべきなのだ?
あたふたと慌てていた時だった。コンコンとドアをノックする音に、俺はやっと我を取り戻した。
「あの、絋さん……まだ起きてますか?」
ドア越しに聞こえたのは、待ち望んでいた杏樹さんの声だった。俺は高鳴る心臓を落ち着かせるように胸元を掴んで、大きく息を吸い込んだ。
「起きてるけど、どうした?」
僅かに声が震える。胸の内はは期待と不安が半々。もしかしたら別れ話を切り出されるのでは——と、焦る気持ちも否めなかった。
乾く口内。やっとの思いで唾と不安を飲み込んで、覚悟を決めた。
ドアの鍵を開けて、ゆっくりと開けた。隙間から見てたのはお風呂上がりの、熱った顔が色っぽい杏樹さんだった。
「あ……、ごめんなさい。もしかして寝てました?」
「いや、考え事をしてただけだから大丈夫だよ。それより杏樹さんこそどうしたん? 何かあった?」
俺の言葉に彼女は首を傾げて、上目で覗き込むように呟いた。
「用事は時にないけど……絋さんに会いたくて来ました」
うっ、何だこの、さっきまでの不安を一掃する破壊力は!
可愛い、可愛過ぎる‼︎
だが、油断は出来ない。もしかしたら俺の機嫌を取った後に別れ話を切り出す可能性も捨てきれないのだ。
何故なら俺は、元カノに「セックス下手クソ粗チン野郎」の烙印を押されたダメ男なのだから……!
——いや、ダメだ。弱気になってしまっては運気が悪くなってしまう。しかしだ、彼女が俺を避けていたのも事実。思い切って理由を聞いてみるか?
切り出そうと杏樹さんに身体を向け直すと、俺の行動よりも先に彼女の指が俺の服の裾を掴んでいた。
「……久しぶりの絋さんだァ。実はここ数日、その……女の子の日で、エッチできないと思ったので、自主的に距離を取ってました」
「女の子の日……?」
「えっと、あの、アレです! せ、生理!」
恥じらうように両手で顔を隠す彼女を見て、ハッとした。そうか、生理か。それなら仕方ないか。
——いや、別に今までも添い寝をしていたのに?
生理だけで何で避けていたんだ?
俺が黙り込んで首を傾げていると、杏樹さんは慌てたように弁解を始めた。
「だ、だって、絋さんとイチャイチャしていたら私、我慢できなくなるもん……! シたいのに出来ないことほどツラいものはないから我慢してたんです!」
またしても真っ赤な顔を両手で覆って、可愛い。ヤバい、その反応。
胸がギューっと締め付けられる。今すぐ抱きしめたい。いや、もうベッドに押し倒して足先まで愛で回したい。
俺は彼女の濡れた髪を指で掬い上げて、覗き込むように顔を近づけた。すっかり冷たくなってしまった鼻頭をくっつけて、あえて寸前の距離で聞いてみた。
「こうして来たってことは、もう大丈夫ってこと?」
「だ、大丈夫って?」
「イチャイチャして、エロい雰囲気になっても……我慢しなくていいってこと?」
ストレートな言葉に戸惑いつつも、確かに頷く彼女を見て、俺は腰に手を回して抱き寄せた。
すっぽりと腕の中に収まる彼女が愛しい。愛しくて、愛しくて、堪らない。
「何も言ってくれないから、嫌われたかと思って不安になったよ。良かった」
「嫌いになんて、なるわけないじゃないですか! こんなに好きで仕方ないのに……」
拗ねるように怒った彼女に笑みを溢しながら、俺達は唇を重ねて、そのまま舌を絡ませて交わった。そしてベッドへと移動して、数日分の気持ちを白状し合ったのであった。