無事に仕事も見つけ、杏樹さんとも正式にお付き合いをすることとなったのだが、思わぬ誤算に俺達は戸惑いを隠せなかった。
「フォロワーが……スゲェことになってるんだけど? どーすりゃいいんだ、これ!」
「うわぁー、気持ち悪いくらいに増えてるなー。もしかして顔とか晒されたんじゃね?」
いや、このアカウントは知り合いには教えていない。こんなことになるならビデオチャットなんてやめておけばよかった! (ちなみにシユウはアバター使用で顔バレなし状態)
「大丈夫ですよ、絋さん。滅多にプライベートな発言をしないシユウが発言したから話題になっただけです。絋さんの情報は漏れてないから安心していいですよ」
「そうなん? んじゃ、放っておこうかな」
って、凄まじいスピードと眼力でスライドしている杏樹さん。こんな彼女の姿、見たことがないんだけど?
「でも念の為にシユウに釘は刺していた方がいいですよ? 発言も削除してもらえるならしてもらった方がいいし」
「確かにその通りだな。ちょっと連絡取り合ってみるよ」
メッセージを送って、一先ずは発言を削除してもらったのだが、時すでに遅しと言ったところだろうか。
「芸能人ってすげー。絋みたいな一般人でもこうなっちまうんだ」
「この前まで数千人だったのに、もう数万人フォロワーだよ。まぁ、中にはアンチも多いだろうけど、仕事をするにはいいアピールになるし」
だが、せっかくなら正当に評価してもらいたかったというのは贅沢な悩みなのだろうか?
「とりあえず、無事に仕事決まってよかったですね! これで杏樹さんともきちんと交際ができるし、一安心じゃないですか?」
崇の言葉でやっと脱線した話を元に戻すことができたのだが、肝心の杏樹さんの表情は曇ったまま笑顔に戻らなかった。
むしろずっとスマホでサーチばかりしている。
「シユウ、シユウ……(ぶつぶつぶつ)」
こ、これはそっとしておくのが正解なのだろうか?
どうすればいいのか分からずに戸惑っていると、千華さんが『二階に』と上を指差しながら口パクで伝えてきた。
このままではどうしようもないから、きちんと話し合えと言うことなのだろう。
『私達に気遣わなくていいから、杏樹ちゃんを慰めてあげて?』
流石、女の心理は女が一番わかっているということだろう。千華さんの心配りに感謝して、俺は杏樹さんを誘った。
「杏樹さん、今日はもう二階で休もうか?」
「——え、二階ですか?」
「それがいいよ、杏樹ちゃん。私達のことは気にせずに上がっていいよー」
この時の女性陣のやり時に気付けばよかったのだが、色んなことが起こりすぎて焦っていた俺に冷静さなんて皆無で。
二階に上がる意味を、すっかり忘れていた。
階段を登り終えて俺の部屋の前に着いた時、恥ずかしそうに俯いていた杏樹さんがギュッと手を握ってきた。
「あ……、あの、私、こんなに早く機会がくると思っていなくて」
「え?」
機会? 何のことだ?
「あぁ、そっか。普段は一階で過ごしてるから俺の部屋って入ったことないんだっけ? 何もない部屋だけど入る?」
機嫌は直っていたけれど、話さなければならないことは山ほどある。杏樹さんの部屋でもいいのだが、どっちの方がゆっくり話せるだろうか?
「えっと、その……! もう絋さんも気付いていると思うんですけど、私、初めてなので」
俺の部屋に入るのが初めてってことか?
うん、それは俺も知ってることだけど、そんなに緊張する必要はないのに。カチカチに固まっている彼女の背中を摩りながら、中に入るように誘った。
普段、あんなにイチャイチャしているのに、何を気にしているのだろうか?
「そんなに緊張することないよ。いつもの感じでいいんだから」
「な、なんで絋さんはそんなに余裕なんですか⁉︎ 私はこんなに緊張しているのに!」
「いや、緊張も何も……だって初めてじゃないし」
シェアハウスに引っ越してくる前も部屋に招いていたし、今更だ。
だが俺の言葉に杏樹さんはショックを覚えてワナワナと震え出した。
「た、確かに絋さんは初めてじゃないかもしれないけど、私は初めてだし……! そんなふうに言わなくてもいいじゃないですか!」
「いやいや、杏樹さんだって初めてじゃないっしょ? ここでは初めてかもしれないけど、前の家では経験済みだし」
「経験済——! わ、私……っ、もしかして寝呆けながらヤっちゃいましたか? それとも絋さんから?」
——ん? 何か会話が噛み合わないぞ?
「言ってくれたら良かったのに……! いや、むしろエッチをしたなら、こんなに勿体ぶらなくて良かったのに! 卑怯です、絋さん! 私はこんなに我慢していたのに‼︎」
「いや、エッチ⁉︎ それはしてない! 俺が言ってるのは部屋に入ること!」
「へ、部屋……?」
流石に勘違いしていたことが恥ずかしかったのか、杏樹さんは顔を真っ赤にしてその場に蹲った。
っていうか、杏樹さん。そんなにエッチがしたかったのか……。
「わ、忘れて下さい! 私、もう自分の部屋に戻ります」
勢いよく立ち上がって走り出そうとした杏樹さんを掴まえて、そのまま抱き寄せて引き留めた。照れ隠しなのか本気で抵抗しているのかは分からなかったが、必死にもがいている杏樹さんを宥めて耳元で囁く。
「そんなにエッチなことがしたかったん……? いつから?」
「い、いつからって、何がですか?」
泣きそうになりながら、羞恥心に耐えている姿が可愛い。この前のお風呂で杏樹さんは首元から背中にかけた場所が弱いことを知った俺は、そこに唇を当てて息を吹きかけた。
「んんっ、やだ……ァ」
艶かしく身体をよがらせて、エロい。
杏樹さんを見ていると苛めたくなるというか、辱めたくなる。喘がせて自分のことしか考えられなくなるほど啼かせたくなる。
「——とりあえず部屋に入ろうか? ここは
「んン……っ、絋さんズルい」
ズルくない、ズルくない。むしろ、こんなになるまでエッチなことを考えていた杏樹さんがズルい。
正直、二人の関係についても色々話したいことがあるんだ。俺は身体が熱り出した杏樹さんを放して、部屋へと招き入れた。
「俺はそんなつもりじゃなかったんだけど……男の部屋に入ってきたってことは、それなりの覚悟をして入ったことでいいんかな?」
不安の色を帯びた瞳は涙目になっていたが、彼女はハッキリと頷いて、上目で覗き込んできた。真っ直ぐに射抜く眼差しに、俺の方が目を逸らせない。
「やっと彼氏彼女になったんですから……これ以上焦らさないでください」
その言葉に俺の方がゾクゾクした。
後戻りは出来ない。もう招いた手を止めることはできなかった。
————……★
「しまった、挑発し過ぎた……⁉︎」