(ああ、どうして、こんなことになってしまったんだ!)
射るような眼差しで自分を見つめているライトを見て、ビリーは心の中で叫んだ。そして、次の瞬間には過去の出来事が脳裏に浮かびあがって来た。
ビリーは幼い頃はビビリのビリーと呼ばれていた。次男だった彼は侯爵家を継ぐ予定はなかった。しかし、両親と兄が急逝してしまったため、急遽、ビリーが継ぐことになってしまったのだ。気の弱いビリーはどうすれば自分の人生が順風満帆にいくのか、よく当たるという占い師に相談した。
すると、占い師は言った。
『#生まれてくる__・__#娘を大事にしなさい』
ちょうどその時、シルフィーが#生まれた__・__#時期だった。ビリーは予言の娘をシルフィーのことだと思い込み、夫婦揃って可愛がった。だから、次女のリーシャも娘であることをすっかり忘れていた。
シルフィーが逃げ出すと言った時には、家督を捨ててまで逃げ出した。そうすれば自分も幸せになると思ったからだ。けれど、あんなに可愛がったシルフィーにはいとも簡単に捨てられてしまった。
その時にビリーは気が付いた。
(そういえば、あの占い師は生まれてくる娘を大事にしろと言っていた! 大事にしなければならないのはリーシャのほうだったんだ!)
娘であるなら二人共大事にするのが当たり前だということに、愚かなビリーは気づかなかった。ビリーはリーシャがアーミテム家に嫁ぐと知った時は、これは神様が自分に与えてくれたチャンスだと思った。
(過去には戻れないから、今からリーシャを大切にしろと神様はおっしゃっているんだな!)
調子の良いことを考えたビリーは、何とかリーシャに会おうと手紙を書いた。しかし、一向に返事は返ってこない。
『どうして返事がこないんだ!』
苛立っているビリーにジョージは言った。
『アーミテム公爵はリーシャに手紙を渡していないんじゃないだろうか』
その言葉を聞いたビリーは思った。
(きっとそうだ。アーミテム公爵が邪魔をしているんだ! 実の娘が親を捨てられるわけがない!)
シルフィーにあっさり捨てられたことも忘れて、ビリーはそうだと思い込んだ。こうなったら直接会いに行くしかないとジョージと共にリーシャを追いかけてきたビリーだったが、なかなかリーシャに自分を認識してもらうことが出来なかった。
リーシャの周りには護衛騎士がいて、リーシャに少しでも近付こうとすると邪魔されてしまうからだ。それでも何とかして気を引こうとしたジョージは、ライトに連れて行かれてからは行方がわからない。
ジョージをビリーが助けようとしなかったのは、仲間であると思われて自分もひどい目にあいたくなかったからだ。
(私はリーシャを捨てたことを後悔している! そう言えばリーシャは許してくれるだろうし、公爵家の温かな布団で眠れるようになるはずだ)
そう思ったビリーは、朝からリーシャたちがいる別荘を探し出し、鍛錬中のライトを見つけて鉄柵の向こうから話しかけたのだった。ビリーは『後悔している』と謝れば、ライトが快く迎えてくれると、なぜか思い込んでいた。
実際はそんなことはなかった。
自分を見つめる、ライトの目には殺意の色しか見えなかった。ライトは汗だくで軽く息は上がっているが、そんな状態の彼にビリーが立ち向かっても到底勝てそうになかった。
話をしてみたが、ライトはわかってくれそうにない。そうしているうちにライトが持っていた剣の切っ先をビリーに向けたため、ビリーは尻もちをついて叫んだ。
「ぎゃあああ! 助けて! 助けて下さい! まだ死にたくない!」
「静かにしろ。それ以上うるさくするなら悲鳴をあげられないように喉を掻っ切るぞ」
「い、嫌だ! 嫌です!」
喉を守るように押さえ、涙を流しながらビリーは首を何度も横に振った。剣をおろし、ライトがビリーに尋ねる。
「リーシャに会ってどうするつもりだ?」
「あ、会って、その、一緒に暮らすつもりでした」
「なぜ一緒に暮らす必要がある?」
「後悔しているからです! 謝ろうと思って!」
「謝るだけなら一緒に暮らす必要はないだろう。大体、捨てた娘に謝っただけで許してもらえるだなんてよく思えるな」
ライトが鼻で笑うと、ビリーは叫ぶ。
「どうして、義理の父親にここまでするんですか! 私は娘に会いたいだけなのですよ!」
「今さら父親ぶるのはやめろ。彼女はお前のことなど父だと思っていない」
「そ、そんなっ!」
「彼女は優しいからお前が死んだと聞くと悲しむかもしれない。だから、俺の手でお前を殺すことはやめておこう」
ライトは剣を鞘に戻すと、右腕を上げて指を動かした。すると、ライトの斜め後ろに真っ黒の衣装に身を包み、顔には目と口の部分だけが開いた真っ白なマスクをつけた何者かが現れた。
「彼をラレゲニイナの監獄へ送ってくれ。手続きはしておく」
ライトの言葉を聞いたビリーは叫ぶ。
「そんな! 私が何をしたというんですか!」
(ラレゲニイナの監獄は凶悪犯しかおらず、終身刑の人間しかいないんだぞ!?)
「娘を捨てておいて、よくそんなことが言えるな。彼女に近付かず大人しくしておくか、ちゃんと反省していれば、こんなことにならずに済んだのに」
ライトは冷たい声でそう告げると、ビリーを見下ろして続ける。
「反省する気もなく後悔だけなら勝手にしてろ」
ライトが背を向けたと同時、先ほど現れた人間とは別の同じ格好をした人間が現れ、ビリーの腕を掴み何か言おうとしたビリーの口を押さえた。
(どうして! どうしてこんな目に!)
ビリーは叫ぼうとしたが、首の後ろに強い衝撃を受け、意識を失った。