あのあとすぐには眠ることはできませんでしたが、ライト様の寝息が聞こえ始めた頃にはドキドキも落ち着いて、気が付いた時には眠っていました。
「おはよう。起こしてしまったか?」
いつもはライト様が先に起きても目を覚まさないのですが、今日は同じベッドで寝ているため、ベッドが軋んだことで目を覚ましてしまいました。
「おはようございます」
目をこすりながら体を起こすと、ライト様が自然な笑みを浮かべます。
「すごい寝癖だな」
「そ、そうなんですか!?」
鏡を見ようと思い起き上がろうとすると、ライト様が近づいてきます。
「起きるには早すぎる時間だ。君はまだ眠っていろ」
そう言われて近くにあった時計を見ると、外はもう明るいですがまだ朝の5時をまわったところでした。
いつもなら寝ている時間ですね。
「どこかへ出かけるのですか?」
「いや。朝の日課をするだけだ」
ライト様がいう朝の日課とは剣の鍛練のことです。さすがにお付き合いできませんが、ライト様が部屋から出ていかれる際に、起き上がってお見送りします。
「無理はなさらないようにしてくださいね」
「わかっている。一眠りしてくれたらいいが、次に目が覚めたら今日はどこに行きたいか、もしくは何をしたいか考えておいてくれ」
ライト様はそう言って、私の頭を撫でると部屋を出ていったのでした。
眠っていいと言われましたが、なかなか寝付けません。ベッドに横になって今日の予定をひたすら考えましたが、特に何も思い浮かばないです。
そうしているうちに眠くなり、いつもの時間まで眠ると、起こしにきてくれたマーサに尋ねます。
「ライト様とどこかに出かけたいと思うのですが、のんびりできる場所は近くにありますか?」
「この別荘の近くに有名な湖がありますので、ピクニックなどいかがでしょうか。護衛は付いていきますが、お二人の邪魔はしないかと思います」
「ピクニックでしたら軽食を用意してもらったほうが良いでしょうか」
「奥様がお望みでしたら、料理長には私のほうから伝えておきます」
話を聞いていたメイドが笑顔で申し出てくれました。外を見るととても良い天気です。こんな機会もそうないかと思いますので、お願いすることにしたのでした。
朝食の時に私からもお願いすると、がっしりとした体格の料理長のゴデウスさんは気難しそうな表情を緩めます。
「せっかくの新婚旅行なのですから、奥様と旦那様に楽しんでいただきたいんです。私に出来ることでしたら、何でもさせていただきます」
「ありがとうございます!」
デゴウスさんだって一見、近寄りがたい怖そうな顔をしていますが、さっきのように柔らかな表情を見せてくれたら怖いだなんて感じませんでした。
ということはやはり、ライト様も上手く笑えるようになったら、怖さも軽減して子供たちに怖がられないかもしれません。そのことを伝えたくて一緒に朝食をとろうと、ライト様が来るまでダイニングルームで待っていたのですが、時間になっても現れません。
「まだ日課の途中なのでしょうか」
気になって窓から外を眺めた時でした。誰かの叫び声が聞こえてきたので窓を開けて確認しますと、どこからかはわかりませんが、はっきりと声だけは聞こえてきます。
「お願いします! 娘に会わせて下さい! 本当に後悔しているんです! 幼い娘になんて仕打ちをしたのだろうかと夜も眠れないくらいなのです!」
姿は見えませんが、叫んでいるのはビリーだとわかりました。別荘の周りには木々しかありませんので、耳を澄ますと、ビリーを応対しているライト様の声も聞こえてきます。
「あなたとリーシャを会わせるつもりはない。後悔だけなら勝手にしろ。どうせ反省などしてないんだろう?」
「いいえ! 反省しているから娘に会いたいのです! お願いします! 会えば娘もわかってくれます!」
「ふざけたことを言うな。それ以上言ったら……」
その先の言葉は声が小さくなったため聞こえませんでした。ですが、すぐにビリーの悲鳴が聞こえてきます。
「ぎゃあああ! 助けて! 助けて下さい! まだ死にたく」
ビリーの叫びの途中で近くにいたキヤさんが慌てて窓を閉めました。
「奥様、旦那様はお取り込み中のようですから、先に朝食を召し上がられてはいかがでしょうか」
「あの、何か絶叫が聞こえてきたような」
「何かあったのかもしれませんが、奥様は気になさらなくてもよろしいかと」
キヤセワさんがニコニコして言うと、近くにいたメイドも笑顔で私の席の椅子をひいてくれました。何も聞かずに座って先に朝食をとって待っていなさい、ということなのでしょうね。
さ、さすがに殺したりはしていませんよね?ビリーがどうなっても良いとは思いますが、屋敷に訪ねてきただけで殺されるのはちょっと可哀想な気がします。
正直、何があったのか気になって食事が進むとは思えませんが、キヤさんたちに促されるまま、私は朝食をとることにしたのでした。