どんな展開になってそうなったのかわからなくて、目を瞬かせているとライト様が話し始めます。
「俺の名を汚そうとした以上、甘い顔はしていられないんだ。俺に謝ったあとに君に謝りたいだとか何だとか言っていたが、森の入口付近の木にロープで縛り付けておけと騎士に命令しておいた。森の入口だから運が良ければすぐに人に見つけてもらえるだろう。最悪、獣の餌になるかもしれんが君を傷つけただけでなく、俺にまで喧嘩を売ったのだから、それくらいは覚悟しているだろう」
恐ろしいことをけろりとした顔で言われるので、冷酷公爵と言われるのはこういうところなのでしょうか。
「私は傷ついたりしていませんよ」
「今はそうかもしれないが、当時は嫌な気持ちになっただろう」
「……それは、そうかもしれません」
頷いてから、私はライト様に頭を下げます。
「色々とご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「君に迷惑をかけられただなんて思っていない。悪いのはジョージだ」
「ありがとうございます」
首を傾げるライト様がなんだか可愛らしく思えて微笑むと、彼はなぜか照れくさそうに目を逸らしたのでした。
******
その日の夜に確認してみたところ、通りがかる人はジョージに気がついていたようですが、ライト様を怒らせたということが周知されていたせいで、誰にも助けてもらえていませんでした。そのため様子を見に行った騎士がジョージを回収したらしく、ジョージは無事でしたが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていて情けない顔になっていたそうです。
その後、ジョージが二度と私に近づくことがが出来ないように、裏社会では有名だというマダムの所に連れて行かせたとライト様は教えてくれました。
寝室はダブルベッドになっていたので、いつもよりも近い位置にいるライト様に尋ねます。
「そのマダムというのは、どのような方なのですか?」
「母の知り合いでな。表向きは貴族の夫人だが、裏ではカジノや男娼の店を経営している」
「男娼ですか」
「ああ。ジョージが病気だというのは気を引くための嘘らしいから、どちらで働かせるかはマダムに任せることにした。ビリーが俺たちに接触してようとしてきたら、彼もそこで働かせるつもりだ」
「ビリーが役に立つでしょうか」
苦笑すると、ライト様は呆れた顔で答えます。
「役に立つまで働かせるだろう。マダムの手下が見張るだろうし、辛くなって逃げようとしても無駄だろうな」
「ジョージは住み込みで働くような形になるのでしょうか」
「そうだ。それぞれの店の地下に従業員用の部屋がある。地下だから窓もないし辛いだろうな。仕事以外の時間はその部屋で過ごすことになる。一般人も働いているが、その人たちは自分の家から通っているようだ」
「太陽に当たらないと体に良くないという話を聞いたのですが、そのことについては大丈夫なのですか?」
「適度に日光浴くらいはさせるだろう。彼女の場合は殺したいんじゃなくて、働き手が欲しいだけだからな。まあ、ジョージは死ぬまで自由もなくこき使われるだろう」
マダムがどんな方なのか気になりますが、深く聞かないほうが良いですよね。深く探ろうとして口封じのために殺されるなんてことになるのは御免です!
「特に深入りしようとしなければ大丈夫だ。現に俺も母上も殺されていないだろう?」
「ライト様の場合は相手を返り討ちに出来るからではないですか?」
「まあ、それはそうだが、それなら母はどうなる? 母は普通の人間だぞ」
「お会いしたことがないのでわかりませんが、お義母様の場合はマダムのお友達だからではないですか?」
「そう言われればそうか。俺にとってのマダムは悪人には厳しい人だが、それ以外の人には優しいというイメージなんだ。だが、そんなに不安になるくらいなら、マダムの正体は知らなくていいと思うし、ジョージのことも忘れろ。店に行かない限り二度と会うことはないだろうからな」
ライト様は私の頬に優しく触れたあと、小さくあくびをしてから言います。
「そろそろ寝るか」
「いいえ! 今日こそは子作りをしなければなりません!」
起き上がって叫ぶと、ライト様も飛び起きて叫びます。
「何を言ってるんだ!」
「メイドたちが言っていたんです! せっかくの新婚旅行なのですからやり直しの初夜をと!」
「まだ早いと言っているだろう! 大体、まだリーシャは細すぎる!」
そう言って私の手首を指差しました。自分で自分の手首を見ても細いかどうかはわかりませんが、ライト様の手首と比べてみると、やはり私の手首は細いようです。といっても、ライト様は私よりも体が大きいですから、私よりも手首が太いのは当たり前な気もします。
「どれくらいの体形になれば許可していただけるんです?」
「どうして、リーシャはそんなに焦ってるんだ。別にそんなことをしなくても君と離縁したりはしないと言ってるだろう」
「そのようなお言葉を聞けてとても嬉しいですが、私はもっとライト様のお役に立ちたいんです!」
「俺の役に立つ?」
ライト様はわけがわからないといった顔をするので素直に答えます。
「ライト様は子供が好きなのでしょう? ですが、皆さん、ライト様のお顔が怖いといって近づいてきてくれませんよね? でも、自分の子供でしたらどうでしょう。小さい頃からライト様の顔を見慣れていれば、あなたがお父様だということを認識して懐いてくれるのではないでしょうか」
「うっ! そ、そんな都合の良いことになるだろうか。それに、自分の子供にも拒否されたらショックじゃないか」
「もしかすると、ライト様そっくりの男の子か女の子が生まれるかもしれないじゃないですか。そうなったら、自分の顔は怖くないでしょうから、ライト様の顔も怖くないはずです」
「それはそれで子供が苦労しそうだから、あんまり良いとは思えないんだが!?」
「大丈夫です! 私はライト様の顔を見慣れたら怖くなくなりましたから!」
良いことを言ったつもりでしたが、ライト様は半眼になって私を見つめます。
「最初は怖いと思っていたんだな」
「……申し訳ございません!」
ベッドの上に額を付けて謝ると、ライト様の慌てた声が聞こえます。
「謝る必要はない。俺の顔が怖いのが悪いんだ」
「それもどうかと思います。それにライト様のお顔は私も使用人も怖くありません!」
「そりゃあ、本気で怒ってる顔を見たことがないからだろ。とにかく頭を上げてくれ」
「通りがかりの子供の前で本気で怒った顔をしているわけではありませんよね?」
頭を上げて尋ねると、ライト様はがっくりと肩を落とします。
「ま、まあな。普通の顔をしているつもりだ。いや、笑顔を作っているつもりなんだ」
「笑顔を」
あの引きつり笑いですね。私は今となっては笑顔に見えてきていますが、知らない人にしてみれば怖いのでしょう。
「とにかく、リーシャにはまだ早い」
ライト様はそう言ったあと、話題を変えます。
「ジョージはまあ、マダムのところから出られないからいいとして、次にビリーがどう出てくるかだな。というか、俺は挨拶をしなくちゃいけないのか?」
「……ビリーにですか?」
「ああ。一応、君の父親だろう?」
「私の父はノルドグレンでは死んだことになっていますので挨拶はいりません」
「向こうはそう思っていなさそうだけどな」
「本当に信じられません! ビリーも少しは痛い目を見ればいいんです!」
置き去りにされた時のショックを思い出して悲しくなりましたが、すぐにそれは苛立ちに変わり、何の罪もない枕を叩いていると、ライト様が私の両手を掴んで言います。
さ、さっきまでよりもだいぶ顔も近いです。
「寝る前なんだからそんなに興奮するな」
うう。恥ずかしいです。男性にこんな風に間近で見つめられたことなんてないです。
恥ずかしくて頭突きしてしまいそうです!
「頭突きはするなよ」
どうしてわかったんでしょうか。さすがライト様です。
ライト様は呆れた顔をして言ってから、さっきよりも顔を近づけて続けます。
「これくらいで顔が真っ赤になってるのに、子作りなんて出来るわけないだろう」
「しょっ、しょれはっ!」
「しょ?」
「それはって言おうとしたんです!」
ライト様の手を振り払い、近くにあったタオルケットを自分の頭にかぶせて言います。
「おやすみなさい!」
「おい、さっきまでの勢いはどうした?」
「おやすみなさい!」
もう一度言うと、ライト様が笑いながら「おやすみ」と言ってくれたあと、部屋の明かりを消してくれたのでした。