店に入ってからも外の様子が気になって仕方がありませんでした。せっかく店員さんがオススメを紹介してくださっても少しも頭に入ってきません。
そんな私に気がついたマーサが苦笑します。
「奥様、旦那様がうまく対処されますのでご心配なく」
「それはそうかもしれませんが……」
先程、剣を受け取られていたのを見ましたし、しかもライト様は戦場では冷酷だということです。ここは街中で戦場ではありませんから手加減はするとは思うのですが……。
そんなことを思っていた時、店の扉が開く音が聞こえて振り返ると、ライト様が入ってきました。怪我をしていないかどうか確認するため全身を眺めていると、呆れた声が頭上から聞こえてきました。
「別に殺したり怪我をさせたりしたわけじゃないから安心しろ。いや、怪我はしてるか?」
「ライト様は大丈夫ですか?」
「俺がやられるわけないだろ」
「それなら良かったです。それから、剣を抜く様な物騒なことにはなっていないのですね?」
「当たり前だろう。繁華街なんだから子供も歩いているんだ。そんなところを見せてトラウマにでもなったらどうする」
「それはそうですよね! ありがとうございます!」
「礼を言われるところではないと思うが……」
ライト様は眉根を寄せましたが、すぐに表情を柔らかなものに戻して聞いてきます。
「欲しいものはあったか?」
「実は、あまり見られていなくて」
「……ジョージのことが気になってそれどころじゃなかったのか?」
「ジョージのことといいますか、ライト様が大丈夫かどうかと、ジョージをどう処理するのか気になっただけです。ジョージが痛い目にあうのはしょうがないと思います。あんな道端で人様に迷惑をかけるようなことをしていたんですから。しかもライト様を悪者みたいな言い方をして……」
「俺はどちらかというと悪者だ。さっき通りすがりの子供に大泣きされた」
小さく息を吐くライト様を慌てて慰めます。
「きっと剣を持っていたからですよ! 剣に驚いたんだと思います!」
「……その時は持っていなかった」
「うう。あ、あの、持っているように見えたのかもしれません」
語尾に近づくにつれ声が小さくなっていったせいか、ライト様はしかめっ面のまま、大きく息を吐きました。
「気を遣わせて悪いな。いつものことだから気にしていない」
「気にしていないようには見えません」
ライト様が子供を好きなことを知っているだけに、気の毒に思ってしまいます。私がライト様の子供を産めば、顔を見ても泣かない子供になるでしょうか。
「それよりも旦那様! 奥様のアクセサリーを選んであげて下さい!」
マーサの訴えにライト様は頷きはしましたが、すぐに困った顔になったので聞いてみます。
「どうかなさいましたか?」
「選べと言われても、何が良いのかわからないんだ。俺が選ぶよりもリーシャが自分の好きなものを選んだほうが良いと思う」
「で、では、いくつか選びますから、その中から選んでいただけますか?」
「そんなことをしなくても欲しいものは全て買えばいいだろう」
「そんなことは出来ません! 無駄遣いになりますから!」
私はあまり外出する機会はありませんから、たくさんアクセサリーがあっても勿体ないです。
「全く身につけないのに買うのなら無駄遣いかもしれないが、身につけるのなら買っても良いだろう。よっぽど気に入ったものや思い入れのあるものでない限り、同じアクセサリーをつけてパーティーには出かけないんだから、数は必要だ」
アクセサリーは使い回すものかと思っていました!
驚いた私は、ライト様に尋ねます。
「貴族ってそんなに裕福なんですね」
「君だって貴族だっただろう。今だってそうだ」
「小さい頃は姉が優先で好きなものはあまり買ってもらえませんでしたし、服は全て姉のお下がりだったんです。それでも勿体ないと言われていましたし……」
「勿体ない?」
ライト様が目を細めて聞き返してきたので、当時のことを思い出しながら答えます。
「シルフィーが着ていた服を私のような人間が着るだなんて勿体ない。平民が着るような服で良いのだと言われました。お下がりを着ることを許されたのは世間体を気にしてですね」
「君はシルフィーの身代わりにされる前から、酷い扱いを受けていたんだな」
ライト様は本気で怒ってくれているのか、眉間のシワを深くして言いました。
「その時は仕方がないと思っていましたが、今は酷い親だと思っています」
「親が自分の子供を差別するなんて」
呟くライト様を見て苦笑すると、彼はぎこちない笑顔を作ります。
「君に怒っているわけじゃないからな。ビリーたちに怒っている」
「ありがとうございます」
人のために怒ることができるライト様は、とても優しい人ですね。
「礼を言われることじゃない」
「言いたくなっただけですのでお気になさらず。ところで結局、ジョージをどうしたのですか?」
「……そうだな。人前でする話でもないし、昼食の時でもいいか?」
「承知いたしました」
頷くと、ライト様は私たちから少し離れて様子を見ていた店員に声を掛け、私に似合いそうなアクセサリーを出してくるように伝えました。今までは私が誰かわからなかった店員もライト様の妻だとわかった時点で、とても低姿勢になり「アーミテム公爵の奥様に似合うものですね。よろしければ奥の方へどうぞ」と促してきたのでした。
それから約1時間後、選び終えたアクセサリーは滞在先のお屋敷に届けてもらうようにお願いし、私たちは昼食をとることになりました。お店はすでに予約されていて、貴族に大人気の高級レストランということです。外観は趣のある洋館でした。奥の個室に通され、料理が運ばれてくるまでの時間の間にジョージの件を尋ねてみます。
「ジョージは一体何をしたかったのでしょうか。 それに、どうしてこの場所にいたのかもわかりません」
「簡単に話を聞いたが、貴族に金を恵んでもらおうと浮浪者になって、この街に住むことに決めたらしい。食事の余りをもらったりすることもできるんだそうだ」
「ここは貴族の別荘地として有名ですのに、家のない人もいるのですね」
「臨時で使用人を雇う貴族も多いから、無料の宿泊所があるんだ。そこに泊まっているらしい」
「そんな便利なものがあるのですね」
「そうなんだ。どうやら俺たちがここに来ると聞きつけて先回りしてきたみたいだな」
ライト様が話すにはジョージとビリーに見張りを付けていて、ここに来ていることはわかっていたようですが、私をお義母様に会わせたいということや、新婚旅行先をジョージたちのために変更するのも馬鹿らしいと思ったそうです。それは私もそう思います。迷惑をかけてきているのは向こうなのに、こちらが予定を変更するだなんて御免です。
「そういえばビリーもこっちに来ているんでしょうか?」
「ああ。俺たちからの手紙の返事を待って家にいるかと思ったがそうでもなかったようだ。まあ、あれだけ無視すればそうなるか」
「手紙はビリビリに破っていますからね」
そこまで言ったところで前菜が運ばれてきたので、一度会話を中断しました。食べ終えると、ライト様が口を開きます。
「ジョージのことだが森に捨てに行かせたから、リーシャは何も心配しなくていい」
「はい?」
聞き間違いでしょうか。
森に捨てたって言いました?