それから十日後、ライト様が新婚旅行先として連れてきてくれたのは、自然が豊かで貴族の別荘地として人気の場所でした。
アーミテム家所有の別荘は、ライト様のお母様が使われているため、繁華街から少し離れた二階建ての大きな洋館を貸し切ってくれました。
義理のお母様にご挨拶をと思い、お手紙を送ったところ、新婚旅行なのだから2人で楽しんでください、という返事がきました。文面通りに受け止めるわけにもいきませんので、ライト様に相談したところ、あちらに滞在するのではなく、お互いの顔合わせだけ済ませようと提案されたのです。
ライト様のお父様が亡くなっていることは、メイドたちから聞いています。お母様についての話は皆さん触れようとしないため、触れてはいけないことだと思っていました。
決めつけてしまうなんて、本当に失礼な話です。私が聞かなかったから、私の家庭環境が複雑だということもあり、ライト様も言い出しにくかったのかもしれません。
義理のお母様にもなんて失礼なことをしてしまったんでしょうか。
ライト様や使用人たちが言うには、義理のお母様は見た目も中身もとてもお優しい方で、ライト様は亡きお父様似だということでした。
私たちが滞在する洋館には、いつも屋敷で働いている主要なメンバーを連れて行くことになりました。
やはり食事のことなどを考えると、現地で雇うよりも信頼している人たちを連れて行ったほうが良いと思ったみたいです。
近くには、水面の色が時間によって変わるという湖など観光スポットもあり、繁華街は観光客で賑わっています。
義理のお母様のところにお伺いするのは最終日の前日になりましたので、それまでの4日間は二人でお出かけしたり、別荘でゆっくりするということになりました。
多くの貴族が滞在しているので、色々な所に何処かの家の騎士が立っているので、治安はとても良いそうです。もちろん、出かける際にはアーミテム公爵家の護衛も一緒に行くことになっています。
万が一のことがあってはいけませんからね!
ライト様は何かあった時に、自分のことは気にせずに私を守るようにと、護衛に指示をして出発しました。
「こんなに戦場に行かないのは久しぶりだ」
馬車の中でライト様が流れる景色を見ながら言いました。
「ライト様は戦場ではどんなことをしているのですか?」
「あまり人に言えないことをしている」
「それはそうですよね」
深く聞いてはいけない気がしたので話題を変えます。
「お義母様へのお土産は何にしたら良いのでしょうか?」
「……そうだな。人形が好きだから人形がいいかもな」
「人形ですか?」
「ああ。父が亡くなってからしばらく塞ぎ込んでいたんだ。だから、父の代わりにといって等身大の人形をあげた」
「等身大? お義父様の形をしているのですか?」
驚いて尋ねると、ライト様は口元に笑みを浮かべます。
「言い方が悪かった。うさぎが好きだから、うさぎの等身大のぬいぐるみをたくさんあげたんだ。そうしたら落ち着いてくれて、しばらくしたら家を出たいと言い出した」
「寂しいのに、ライト様と一緒にいることはせずにこちらに転居されたのですか?」
「俺たちが住んでいる家は、父上との思い出が多すぎて辛いんだそうだ」
「そうでしたか。本当にお義父様のことを愛していらしたんですね」
しんみりした声を出してしまったせいでしょうか。
ライト様は身を乗り出し、ポンポンと頭を優しく撫でてくれました。ちょうどその時、馬車が停まったので、私たちは外に出ました。
「まずはあの店から行こうか。マーサたちが下調べをしてくれている店だから、君の好みのものがあるだろう」
「ありがとうございます!」
歩き出そうとすると、なぜかライト様がこほんと咳払いをしてから、私に左手を差し出します。
「利き手はもしもの時に使えるようにしておきたいんだ」
「はい」
手を差し出されている意味がわからなくて首を傾げると、ライト様は少し不服そうな顔をして手を引っ込めました。
「嫌ならいい。悪かった」
「え? え?」
機嫌を損ねてしまったのでしょうか。
ライト様は上着のポケットに手をつっこんで歩き出しました。
「あ、あの、ライト様? 怒っています?」
「怒っていない」
「で、ですが、機嫌が良いようにも見えません!」
「機嫌が悪いんじゃなくて恥ずかしいんだ。こんな人前であんなことをして…」
「恥ずかしい?」
助けを求めて少し離れた場所で歩いているマーサたちを見ると、私の視線に気がついたマーサは近くにいた騎士の手を取りました。
騎士は驚いた顔をしましたが、すぐにハッとした顔になり、マーサの手を握り返すと、私に向かって首を縦に振ったのです。
も、もしかして、ライト様は手を繋ごうとしていたのでしょうか!?
理解したと首を何度も縦に振るとマーサと騎士は慌てて手を離しました。
「どうした?」
私が立ち止まっていたからか、ライト様も立ち止まって聞いてきます。
「いいえ! 行きましょうライト様!」
「……そうだな」
勇気を出してライト様の手を握ると、ライト様は驚いた顔をしましたが、私の手を握り返してくれました。
ライト様の手はゴツゴツしていて少し痛いですが、誰かと手を繋ぐなんて子供の頃以来です。
上機嫌で歩いていると、向かっていたお店の手前で人だかりが出来始めました。
「何があった?」
ライト様が輪の中から出てきた中年の男性に尋ねると、その人は答えます。
「婚約者に捨てられたって若い男が突然泣き出したんですよ。で、しかも自分は病気でもうすぐ死ぬんだと」
「それはお気の毒に……」
そう言ってはみたものの何だか最近、似たような話を聞いたことがあると思い、何だか嫌な予感がしました。
それはライト様も同じでした。
顔を見合わせて頷きます。
「俺たちまで気にしてやる必要はないだろう」
「そうですね」
中年の男性に礼を言ってから歩き出すと、叫び声が聞こえます。
「ああ! なんて僕は可哀想なんだ! 愛する人と一緒になるために逃げたのに他の男に奪われ、ヤケになって遊んだ女性から病気をうつされるなんてぇ!」
すごく聞きたくなかった話です。
「たぶん人違いだ。あの男がこんな所にいるわけがない」
ライト様が私の手を握り直し、急いで目的の店へ向かおうとした時でした。
「アーミテム公爵閣下は酷いんです! 義理の父が何通も手紙を送っているのに無視するんですよ!!」
その言葉を聞いたライト様の眉間のシワが今まで見たこともないくらいに深く刻まれたのがわかりました。
「リーシャ」
「は、はい」
「マーサと一緒に先に店に入っていてくれ。絶対に外へ出てくるなよ」
「え? あ、はい」
私が頷くと、ライト様は私の手を離し、マーサに指示をして騎士たちに近付いて行きました。マーサがやって来て私を促します。
「さあ、奥様。まずはアクセサリーを見ましょう。好きなものを旦那様が買ってくださりますよ」
「それは有り難いのですけど」
マーサと一緒に歩きながら後ろを振り返ると、私と手をつなぐために騎士に預けていた剣をライト様が受け取るのが見えました。
剣を持っているライト様は凛々しい感じで、ドキドキしてしまいます。
と、それよりも、ジョージがどうしてここにいるのでしょうか。