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第22話  アーミテム公爵夫妻の新婚旅行 ①

「あら! ご存知なかったの!? それは驚きですわ!」


 サマンサ様は不機嫌そうだった表情を一変させ、自分から話し始めます。


「あなたのお姉様のことを悪く言うようで気が引けますけれども、知りたいようですから仕方がありませんわね。あなたのお姉様は結婚相手選びを失敗なさったと思いますわ。だって、お姉様の旦那様は自分では爵位を持っていませんの。現在の侯爵は伯爵位も持っておられるのですけれど、爵位を長男に譲られたあとは伯爵として過ごすと言っておられるそうですわ」


 侯爵の爵位を長男に譲ったあとは、自分は伯爵として過ごされるので、次男の分の爵位はないと言いたいのですね。


「そのことを彼女は知っているのでしょうか?」

「さあ、どうでしょう? 結婚する際にお相手であるジークレイ様がお姉様にお話しているかどうかだと思いますわ。勝手な想像でしかありませんけれど、ジークレイ様はあなたのお姉様に話をしていないと思っていますの」


 ふふふ、とサマンサ様は楽しそうに笑いました。


「あの、姉が何かサマンサ様にご迷惑でもおかけしましたか?」

「いいえ。何度か夜会でお会いしたくらいですの。迷惑を掛けられたりするような仲ではございませんわ」


 そのわりには、お茶会には呼ぼうとしていたんですね。


 そんな言葉が口から出そうになりましたが、何とかこらえました。


「ご迷惑をおかけしていたらどうしようかと思いましたが、特に何もなかったのであれば良かったです」

「あら、リーシャ様が気にされることではなくってよ? だって、ほら、あなたは家族に置いていかれたのでしょう? お姉様だけじゃなく、ご両親にまで。しかも、当時の婚約者にも捨てられたとお聞きしましたわ」


 意地の悪そうな笑みを隠すことなく、サマンサ様は言いました。


 これは、腹を立てたほうが負けな気がします。ですので、こちらも笑顔で対応します。


「おっしゃる通りですわ。詳しいことはお話しできませんが、置いていかれたあとは本当に大変でした」

「まあまあ! 思い出すのもお辛いでしょうね! 私はそんな体験をしたことはございませんから、お気持ちを理解してあげられないことが本当に残念で申し訳ないわ」


 ここからは、サマンサ様の自慢話が再開したため、彼女の地雷を踏むことはなく、無事に時間が過ぎ、お屋敷をお暇することが出来ました。


 帰りの馬車の中でぼんやりと思ったのは、シルフィーが本当のことを知った時にどうするつもりなのかということでした。


 もしかすると、私とまた接触しようとしてくる可能性もあります。今日の話をライト様にしておかないといけないと考えた私は、その日の晩、ライト様に相談してみました。すると、ライト様は眉尻を下げて言います。


「悪い。その話をしていなかったな」

「知っていらしたんですか?」

「まあな。君に教えても意味がないかと思って言っていなかった」

「……そうですね。今までの状況でしたら知らなくても困らない情報でした」

「それに相手の男性だって自分が平民になるのは嫌だろうから少しは考えているだろう」


 シルフィーを妻にする男性にまともな思考があるのでしょうか。もしくは、シルフィーを騙しているだけの悪い人かもしれません。


 もし、シルフィーが騙されているなら自業自得のような気もしますが、騙すという行為はやってはいけないことです。


「シルフィーのことは特に考えなくても良いでしょうか」

「だと思う。それから、今日のビリーからの手紙だが、いつもと違うことが書いてあったんだがどうする? 気になるなら話すけど」

「お願いします」


 頷くと、ライト様はサイドテーブルの引き出しから手紙を出して話をしてくれます。


「ジョージが病気になったらしい」

「病気? それはお気の毒に。重病なのですか?」

「それはまだわからない。金がなくて医者に診てもらえないから金を恵んでもらえないかと書いているからな」

「都合の良いことを言うものですね!」


 ライト様から手紙を受け取り破ろうとしましたが、ふと頭に浮かんだことがあり、その手を止めて尋ねます。


「そういえば、アッセルフェナムは医師が余っているのですか?」

「どうしてだ?」

「サマンサ様のお家に何人もお医者様がいらっしゃるようですので気になりまして」

「ああ、そういう意味か。ジィルワ家に多いだけで実際はそういうわけではない。それに彼女の場合は医学生時代から目を付けて就職先を自分の所へ斡旋している。彼女の両親も自分の家にお抱えの医者が多いのは助かるから好きなようにさせているみたいだな」

「では、屋敷の人間が怪我をしたら無料で診てもらえるんですね?」


 私の問いかけに、ライト様は難しい顔をしたあと首をひねります。


「どうだろうか。使用人までは診させてないんじゃないか?」

「そんな! 家族だけ診てもらうなら、お医者様は1人でも十分なのでは!?」

「と思うがな。医者たちにしてみれば短い労働時間で莫大な金が入るのだから人気の就職先だ。まあ、顔が良くなければ、あの家には就職なんて出来ないが」


 呆れたような口調のライト様に尋ねます。


「サマンサ様は、見た目が素敵なお医者様ばかりを集めてどうしたいのでしょうか?」

「婿にしたいんじゃないか?」

「お医者様をですか?」

「ああ。アッセルフェナムでは医者は女性が結婚したい相手の職業では1位だぞ」

「そうなのですか! では、お医者様で若くて顔が良いとなると余計に周りからは羨ましがられるでしょうね」

「そうだな。だが、未だに結婚していないということは……」


 ライト様は言いづらそうに言葉を止めたあと、話題を変えます。


「新婚旅行のことについては失念していたな。リーシャは覚えていたか?」

「頭にはありましたが、そういう間柄ではありませんし、屋敷でゆっくりすることも悪くありません」

「そうはっきり言うなよ。でも、世間体のことを考えると行ったほうがいいんだろうな。どこか行きたいところはあるか?」

「私がアッセルフェナムに来たのは、嫁入りの時が初めてですから、買い物以外、どこにも行ったことはありません。ライト様にお任せしますよ」


 侍女たちとのお喋りや家での仕事もそれはそれで楽しいです。でも、旅行なんて行ったことがありませんので、ご迷惑でなければ行ってみたいと思いました。


「急だが、10日後からでも大丈夫か?」

「私はかまいませんが、どうかされたのですか?」

「城で宴がある」

「そちらに出席ですか?」

「逆だ、欠席する」

「城での宴を欠席して旅行に行くということですか? それって大丈夫なのでしょうか」


 驚いて尋ねると、ライト様は難しい顔をして話します。


「今度のパーティーは各国の王家が集まるんだ」

「各国の王家ということは……」

「そうだ。あの陛下も出席する予定らしい」

「でしたら、ライト様が出席するとややこしいことになりそうですね」

「俺が休むことはナトマモ陛下から了承を得ているから、そのときに出かけよう。少しでもアバホカ陛下から離れたほうが良いからな」

「ありがとうございます! 楽しみです!」


 私にとっての初めての家族旅行になります!

 本当に楽しみです!


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