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第20話  公爵令嬢からの招待状 ①

 ライト様が来たことで大人しく帰ってくれるかと思いましたが、宰相はまだ食い下がります。


「……どうしても無理でしょうか。リーシャを連れて帰らなければ、私は酷い目に遭わされるのです」

「あなたと妻がどんな関係性だったかは知らないが、親しげに名を呼ばれるのは気に入らないな。それに、あなたがどうなろうが俺の知ったことではない」


 ライト様は宰相に冷たい目を向けて言いました。宰相は諦めたのか馬車に向かって歩き始めましたが立ち止まり、振り返って私を睨みます。


「国が潰れたらどうするんだ。君のせいだぞ」

「どうして私のせいになるんですか」

「君が頑張るから仕事が今までまわってしまっていたんだ! 適当にやっていれば良いものを!」

「あきれますね。仕事を裁かなければ最終的に困るのは国民です!」

「そう思うなら戻って来い!」


 話をしても無駄ですね。嫌になって口を閉ざすと、ライト様が宰相に近づきます。


「ふざけたことを言うな。これ以上、好き勝手に馬鹿なことを言うなら、二度と貴国の地を踏めないようにするぞ」

「ひっ! ひいいっ!」


 ライト様が腰に携えていた剣に手をかけると、宰相は慌てて馬車に乗り込んでいきました。


 彼の乗った馬車が去っていくのを見送ったあと、ライト様が門越しに話しかけてきます。


「これからは君宛に誰かが訪ねてきても、俺が帰るまではノルドグレンの人間とは会うな。よほどの緊急事態や君の兄上なら許すが、基本は俺が相手をする」

「申し訳ございませんでした」

「謝って欲しいわけじゃない」


 ライト様が睨んでくるので不思議に思っていると、テセさんが耳打ちしてくれます。


「遠回しではありますが、心配していると伝えたいそうです」

「そうなんですね! ありがとうございます!」


 今は喜ぶべき場面ではないのかもしれませんが、お礼を言って微笑むと、ライト様は眉間にしわを寄せ、門が開かれると私の所まで歩いてきます。


「帰るぞ」

「はい! おかえりなさいませ!」

「ただいま」


 言い忘れていた言葉を伝えると、ライト様は優しい表情になって、私の言葉に応えてくれたのでした。



******



 屋敷の生活に慣れ、やっと公爵家の仕事をお手伝いさせてもらえるようになった頃、お兄様経由でシーンウッドからの手紙が届きました。


 そこには自分が何とか元気にしていることやモナ様たちも元気だということ。宰相が離縁されたということが書かれてありました。


 宰相が離縁された原因は、やはり仕事をしていなかったことがバレたからだそうです。

 奥様は子煩悩だから、仕事を何とか終わらせて早く帰ってきてくれていると思っていたそうです。職場の人が減り、遅くまで帰ってこない夫を浮気かと心配して調査をしたところ、部下の人たちが彼の今までの所業をぶちまけて発覚したとのことでした。

 私や皆に仕事を押し付けていたサボり癖が発覚し、奥様は宰相を問い詰め事実だと確認すると、私に謝り、許してもらえるまで帰ってくるな、もし、許してもらえなかったら離縁すると言ったんだそうです。


 宰相は私が国に帰れば許してくれたことになるだろうと考え、私を迎えに来たようでしたが、それも失敗に終わり、奥様から離縁状を叩きつけられたのだそうです。子供と会う条件は何年かかってでも、こき使った部下の人たちに謝罪してまわることでした。

 会いたくないと言う人もたくさんいるでしょうし、かなり時間がかかるでしょうね。


 仕事の休憩時間にそんなことを考えていると、侍女がやって来て封が切られたたくさんの封筒を私に手渡してくれました。


「これは誰からのものでしょう?」

「奥様宛に届けられたお茶会への招待状です。奥様は今まで夜会にも出席されていませんし、結婚式だって挙げておられませんから、多くの貴族は奥様とお会いしたくて仕方がないのだと思います」

「結婚式をしないことは、私が望んだことですから仕方がありません」


 ライト様はこじんまりとしたものにしても良いから、結婚式を挙げようといってくれました。ですが、ドレスの値段を見てひっくり返りそうになったので遠慮したのです。

 普通のドレスもそうですが、ウエディングドレスってとてもお金がかかるのですね。一生に一度のものかもしれませんからお金をかけるのはわからないでもないのですが、ドレスを買うお金で貧しい人たちに何日か分の炊き出しなどが出来そうです。


 ノルドグレンと違い、アッセルフェナムは貧富の差が激しい国です。格差をなくそうと努力はされているようですが、国が指示をしても事業主が労働者の給料をあげなければ意味がありません。内部留保があるのに賃金を上げないのは、何か起こった時のためなのかもしれませんが、もう少し還元してあげられないのかとは思います。


 ……かくいう私も公爵家の賃金について頭を悩ませているところです。


 口に出しては言いませんが、賃金アップは皆望んでいることです。そのことは理解していますから、賃金を上げたいのは山々なのですが、イレギュラーなことが起きて給料を下げないといけないとなった時に不満が出るのではないかと思うと、たくさん上げにくいというのも現実です。


「難しいところです」

「お茶会がそんなに嫌なのですか?」


 思うだけで良かったのについ口に出してしまい、侍女のマーサが心配そうに聞いてきたので苦笑して答えます。


「ごめんなさい。他のことを考えていたんです」

「そうでしたか。お茶会の参加はどうされますか? 全て参加する必要はないとは思いますが、全てお断りするのも難しいかと思います」

「マーサはどの家のお茶会に出席したほうが良いと思いますか?」


 招待状をマーサに差し出すと、軽く頭を下げてからそれを受け取ってくれました。


「私が選んでもよろしいのですか?」

「もちろん。マーサは侯爵家の次女なのですよね? ということは私よりもノルドグレン王国の社交界に詳しいでしょう?」

「奥様よりも詳しいだなんて、もったいないお言葉でございます。個人的な意見として言わせていただきますと、こちらのお茶会がよろしいかと」


 そう言って差し出してくれたのは、白を基調とした端の方に青色の小花柄が描かれている、とても綺麗な封筒でした。


 差出人の名前は、サマンサ・ジィルワ。たしか、この方は隣の領の公爵令嬢だったかと思われます。


「公爵令嬢に呼ばれているのでしたら出席せざるを得ませんね」

「この方は公爵家の次女なのですが、お姉様はすでに嫁いでおられるため、家にはいらっしゃいません」

「資料によりますと、この方、とても公爵夫妻に甘やかされて育ったようですね」


 仕事をさせてもらえない間、読書だけでなく、この国の貴族のことなどを一生懸命覚えたため、サマンサ様についての情報も入っています。


「そのようです。自分の気に入らないことがあると癇癪を起こすことで有名で、真面目なお姉様とは大違いだと比較されています」

「自分でそのことは良くないとは思わなかったのでしょうか」

「さすがに20歳になってからでの性格の変更は難しいかと……」

「自分でそれがいけないことだと理解できれば直す努力もできますのに」


 ふぅと小さく息を吐いてから、波乱の予感を感じつつもマーサに言います。


「いつかはお会いしないといけませんし出席してみようと思います」

「私の個人的な考えですので、旦那様にもご相談くださいね」

「わかりました!」


 その日の晩、ライト様に早速お茶会に行く話をしてみました。


「ジィルワ家か。あそこは次女だけが変わってることで有名だな」

「変わっているというのはワガママだというお話でしょうか?」

「そうだな。たしか、今はもう20歳くらいだったか?」

「そうです」

「そうとは思えないくらいの精神年齢の低さらしい。彼女に嫌な思いをさせられている令嬢もいるみたいだから気を付けたほうがいい……と思ったが、君はそんなタイプではなさそうだな」

「自分で言うのもなんですが、打っても響かないとイライラされるタイプかもしれません」

「敵を作りに行くだけのような気もするが、君は公爵夫人だから、向こうもさすがに失礼なことは言ってこないかもしれない」


 ライト様は呑気なことをおっしゃられますが、実はその既婚者ということが彼女のコンプレックスを刺激してしまうらしいのですよね。マーサに聞いたところ、サマンサ様は癇癪を起こすことで有名ですが、それを引き起こすワードがあり、それが結婚という言葉なのだそうです。ワガママな性格のせいで貰い手がない彼女は結婚できないことにコンプレックスを抱いており、既婚女性が大嫌いらしいです。


 ノルドグレンにも意地悪な人がいましたが、さて、サマンサ様はどんなことをしてくるのでしょうか。私の場合はすでに結婚している人間ですから、少しはマシなのでしょうか。


「行ってもよろしいですか?」

「駄目だとは言わないが、少し気になることがあるから返事は待ってくれないか」

「……承知いたしました」


 気になることとは何なのでしょう?


 まさか、私の元家族絡みではありませんよね。


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