「このままでは君の大事な男は過労死してしまうと書いてある。それがわかっているのなら自分がどうにかしてやればいいものをと思うけどな。まあ、君に戻ってきてほしいから、こんなことを書いているのかもしれないが」
「今、どんな状況なのかが気になります」
シーンウッドのことは心配ですが、彼は自分のために私が国に帰ったと知れば、ショックを受けると思うのです。
……そういえば、宰相はどうしているのでしょうか。
「あの、ボサマリ宰相はどうしているのでしょうか。あの方、宰相という役職ですのに、仕事をせずに遊んでばかりだったんです。さすがに今は働いてくれているのですよね?」
「そのことはここには書かれていないな」
「彼が逃げていないことを祈ります。そうです。お兄様にも手紙を書いて調べてもらいます!」
お兄様は城の内情はわからないかもしれませんが、陛下の愛人であるモナ様たちから、今どんな状況か話は聞けるはずです。
お兄様とはここに来てからら何度か手紙のやり取りをしていますが、城内がどうなっているかという話はしていません。
「書けたら言ってくれ。早馬で届けさせる」
「ありがとうございます」
お兄様宛の手紙と一緒に、モナ様たちへの手紙も入れておきましょう。お願いすれば、お兄様は3人に渡してくれるでしょう。
それまでにシーンウッドがどうにかならなければ良いのですが……。
心配ではありますが、どうしようもないので、手紙を書いたあとはとりあえず、お兄様からの連絡を待つことにしました。
そしてその間に、私は初めてライト様とお出かけすることになったのです。
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アーミテム公爵家にやって来てから、初めて敷地の外に出ます。少しだけ緊張しましたが、ほとんどが馬車移動のため、ライト様とお話をしているうちに、緊張もなくなりました。
「そういえば、シルフィーたちはまだ近くにいるのでしょうか」
「いや、さすがに君が出てこないので諦めたようだな。それを確認したから街に出ることにしたんだ。まだ君はかなり痩せているからな」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「気にしなくて良い」
繁華街の手前で馬車を降り、ライト様と護衛騎士、侍女たちと一緒に店が建ち並ぶ通りを歩きます。
小さい頃にノルドグレンの繁華街に連れて行ってもらったことはありましたが、また違った雰囲気で、レンガ造りの可愛らしい外観の建物が多いです。
「まずは何を見ればいいんだ?」
「そうですね、まずはこちらに……」
ライト様が侍女と話を始めたので、辺りを見回していると、細い路地に人が入っていくのが見えました。
「ライト様、あちらには何があるんですか?」
指を差して尋ねると、ライト様はなぜか驚いた顔をされて、私を促します。
「気にしなくていい。あちらには近付くな。とりあえず先に服を買いに行こう。予約をしてくれているらしい」
「…わかりました」
焦っているのが様子なのが気になりましたが、深く聞かないことにして、買い物に集中することにしたのでした。
お店の人たちに挨拶をしたり、カフェでお茶を飲んだりしつつ、無事に買い物を終えて、馬車を待たせている場所に向かおうとした時でした。
ライト様が私の体を引き寄せたと同時に、近くにいた騎士が私たちを庇うように前に出ました。
「行こう」
「は、はい!」
急に引き寄せられたことには驚きましたが、ライト様は何かから私を隠すように歩き出したので、私も大人しくそれに従って歩みを進めます。
「待って! 待ってください! 私はその子のっ」
女性の叫ぶ声が聞こえたため、振り返って確認しようとしましたが、ライト様に止められます。
「君は気にしなくていい」
「リーシャ、私よ! 覚えている!?」
「リーシャ様、今日は楽しかったか?」
女性の「覚えている」という言葉までは聞こえたのですが、ライト様が私の両耳を軽く押さえて話しかけてきたので、その先の言葉は聞こえませんでした。
「た、楽しかったです。あの、何の騒ぎです?」
「君は知らなくていいことだ」
「待って! リーシャ、私よ! お母様よ!」
馬車に乗り込む際にそんな声が聞こえてきました。そう言われてみれば、聞き覚えのある声でした。
「レベッカがいるのですか」
「……ああ。今、彼女は貧民街で暮らしている」
「そうだったのですね」
私が来ていることをどこかから聞きつけて、ここまで来たというところでしょうか。
「レベッカは私に何の用なのでしょうか?」
「金の無心かもしれないな」
息子と娘を捨てて逃げ出しておいて、困ったら助けてほしいなんて都合が良いにも程がありますよ!