私が不思議そうにしているからか、ライト様は「気にしなくていいから、食べろ」と言いました。
どうせあとから教えてもらえるのだろうと思い、出された料理を全て食べきりました。
もう満腹でしたが、デザートはしっかりいただきました。
食後は部屋に戻り、少しゆっくりしてから、湯浴みの時間になり、その時に私はメイドたちから初夜にすることを教えてもらったのでした。
貴族は結婚したその日の夜に寝室で、大人の恋人同士や夫婦しかしちゃいけないことをするそうです!
こういう時はどうすれば良いかなど、色々と教えてもらって知識は得たのですが、本当にそんなことをライト様としなければならないのでしょうか。
何だか緊張してきましたし、ライト様のご迷惑になるのではないかと心配です。
「旦那様のことですから、しばらくは何もされませんよ。リーシャ様の手に触れただけでも折れそうだと心配なさっていましたから」
「ライト様は過保護なところがありますよね」
苦笑して言うと、侍女のマーサが微笑みます。
「一緒に眠る習慣だけつけてくださったら良いかと思われます。別々の部屋で眠ることも悪くはありませんが、一緒にいる時間が多ければ、お互いのことを知る機会ができて良いのではないでしょうか」
「一緒に寝るだけで良いのですか?」
「そうなるかと思います。お世継ぎを生むには、今の奥様の体形では、かなりの負担がかかってしまうでしょうから」
「お心遣い痛み入ります」
「奥様! 私共にそんなことを言う必要はございません! もっと堂々となさるべきです」
「そうです! 私たちに遠慮なんてしないでくださいませ!」
頭を下げると、マーサやメイドたちは慌てて私に訴えたのでした。
その後は用意してもらったピンク色の寝間着に着替え軽くメイクをしてもらってから、寝室まで案内されました。
「ご無理はなさらぬよう」
「応援しています」
「が、頑張ってみます!」
メイドたちに応援されたあと、私は寝室の扉をノックします。ライト様から返事がありましたので、ごくりと唾を飲み、扉を開けて中に入りました。
寝室はとても広く、扉の真正面にはバルコニーがあり、右手には書物机が、左手奥の突き当りには暖炉が見えます。その手前にはソファーに化粧台とダブルサイズくらいのベッドがふたつ並んで置かれており、そのベットの一つにライト様が横になっていました。
扉の前で立ち止まっていると、ライト様上半身を起こして言います。
「緊張しなくても大丈夫だぞ。何もしないから」
「その言葉は女性として、どう受け止めれば良いのかわからないのですが」
「嫌な意味じゃない。君に負担をかけさせたくないだけだ」
「……ライト様はとてもお優しいですよね」
「当たり前のことを言っているんだ。君は誰と比較しているのかわからないが、アバホカ陛下やジョージと一緒にしないでくれ」
白シャツに黒のパンツ姿のライト様は不機嫌そうに言うと、奥のベッドを指さします。
「君は奥でいいか? 俺は夜中に出かける時もあるから、奥で寝ると君の睡眠を邪魔するかもしれない」
「承知いたしました」
言われた通りにベッドに向かいます。綺麗に整えられた清潔な白いシーツに枕が2つ並んでいて、とても贅沢に感じます。
「ふかふかですね」
柔らかなベッドに倒れ込み、枕に顔を当てました。ふんわりと花の甘い香りが鼻腔ををくすぐったので、リラックスできる何かを軽くつけてくれているのかもしれません。
私とライト様のベッドの間にはサイドテーブルがあり、ランプと水差し、ふたり分のコップが置かれています。
「あの、ライト様」
「ん?」
枕を背もたれにして本を読み始めようとしたライト様に、ベットの上で居住まいを正してから尋ねます。
「夜の営みのことなのですが」
「手は出さないと言っているだろう」
「では、いつ出していただけますでしょうか!」
「……はあ?」
ライト様が大きな声で聞き返してきました。かなり驚いている様子です。
「考えてみたんです。私が妻としてライト様に出来ることは後継ぎを生むことしかできないのではないかと!」
「妻として出来ることはそれだけじゃないだろう! 君は真面目すぎるんだ。もっと気楽にいったほうがいい」
ライト様は読んでいた本を横に放り投げるようにして置き、私に向き直って続けます。
「君が俺の妻になってくれたことを屋敷の皆は喜んでいる。俺もそうだ。君は妻として十分なことをしてくれている」
「や、優しすぎませんか? もしかして、私が傷つかないようにそんな嘘を?」
「どうしてそんなことを思うんだ?」
「アホバカ陛下は、いつも私のことを女として見れない。色気がないと散々言ってこられましたから」
「名前を間違えているが、わざとだろうからスルーしておく。リーシャ、それはアホバカ陛下が君を好きだったからだ」
「陛下が私を好き?」
ライト様もアホバカと言っておられましたが、驚きでそちらに反応できませんでした。信じられなくて聞き返した私に、ライト様は大きく頷きます。
「俺に結婚するなと何度も手紙を送ってきていた。陛下曰く、リーシャは俺のものなんだそうだ」
「自分が勝手に嫁に出しておいてそんなことを書いてきていたんですか?」
「ああ。たぶだが、陛下はリーシャのことをこちら側が認めないと思ったんじゃないだろうか」
「……どういう意味でしょう?」
「リーシャはビリーたちの子だろう?」
「……そういうことですか。私の生い立ちを知れば、ナトマモ陛下が断って来ると思ったのですね」
「だと思われる」
信じられませんが、そういえば、陛下の愛人の方たちもそんなことを言っていたような気がします。
「本当に私のことが好きなのでしょうか?」
「たぶんそうだろう。ビリーからの手紙にもそんなことが書いてあった」
「ビリーの手紙にも?」
「ああ。陛下がリーシャに思いを寄せていると知っていたから置いていったと、自分たちの行動を正当化するように書いてあった」
「ふざけてますね」
意味がわかりません。ビリーたちのこともそうですが、陛下は昔から私のことが好きだったというのですか?
「陛下が私のことを好きになりそうな出来事が思い浮かばないのです」
「君が気づいていないだけじゃないのか?」
「違うんです。幼い頃に陛下と関わった記憶がないんです」
「どういうことだ? 陛下だけがリーシャのことを知っていたってことか?」
「顔を合わせたことはありますが、話をした記憶がないんです」
答えると、ライト様は難しい顔をして答えます。
「君は可愛らしいから、一目惚れか何かかもしれないな。もうこの話はやめよう。どうでも良い人間のことを考える時間が無駄だ。ところで、十日後に予定はあるか?」
「何も考えておりません」
「なら、一緒に買い物に出かけないか。領民に顔を見せられるしな」
「お仕事は大丈夫なんですか?」
「それが、ナトマモ陛下から新婚なんだし、しばらくは家の仕事以外するなと言われているんだ」
「……もしかして、ライト様も仕事中毒だったりいたします?」
恐る恐る聞いてみると、ライト様は焦った顔で否定します。
「そんなわけがないだろう! 仕事は大事だ」
「仕事中毒の可能性がありますね。共通点が見つかって嬉しいです」
「……夫婦揃って先が思いやられるな」
呆れた顔になったライト様を見て、ついつい笑ってしまったのでした。
私はここで幸せになれそうですし、ビリーたちや陛下が私のことを少しでも早く忘れてくれるように祈りながら、その日は眠りについたのでした。