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第11話  新婚夫婦はゆっくりできない ①

 公爵邸に足を踏み入れた夜は、あれよあれよという間に過ぎていき、手紙の内容を聞けずじまいに終わりました。

 やはり精神的にも体力的にも疲れていたようで、食事を終えたあとはぐっすり眠ってしまったのです。

 次の日の朝になって飛び起きると、メイドたちは身支度を整えてくれましたが、朝食の時間まで部屋から出ることを許してくれませんでした。

 どうやらライト様が使用人たちに、私に自堕落な生活を送らせるよう指示しているようです。


「リーシャ様は湯浴みはお好きですか?」

「はい。好きですよ」


 何の気なしに答えると、メイドたちは私を湯の張られたバスタブのある場所まで案内してくれました。

 バスタブから出たあとは昨日と同じように髪を乾かしてもらい、ライト様と朝食を共にするということで軽く化粧をしてもらいました。

 紺色のワンピースドレスに着替え終えて自室に戻ると、部屋に朝食が運ばれてきました。運んできてくれたキヤさんが申し訳なさげに言います。


「普段はダイニングルームで食事をしていただくのですが、旦那様は朝食を抜いて仕事をされるそうですから、こちらにお持ちいたしました。夕食は必ず一緒にとるとのことです」

「……そうですか」 


 今日から一人で食事をすることはなくなるのだと期待していただけに、少しだけがっかりしてしまいました。私もお兄様も仕事ばかりで一緒に食事をとることもなかったから、誰かと食事をしたいという願望があるのですよね。


 でも、ワガママを言ってはいけません。夕食は一緒にとることができるんですから!


「奥様、よろしければ食事の後に旦那様の様子を見に行かれませんか?」


 私の顔が寂しそうに見えたのでしょうか。キヤさんは優しく微笑んでくれたのでした。


 お邪魔になるかと思いましたが、ジッとしていられない性格が勝ってしまい、お言葉に甘えて、ライト様の様子を見に行くことにしました。


「おはよう。朝食を一緒にとれなくて悪かった」

「おはようございます。お忙しい時に来てしまって申し訳ございません」

「謝る必要はない。悪いが、もう少しだけ待ってもらえるないか。この書類に目を通し終えたら話が出来るから」

「あ、あの、何かお手伝いできることはないでしょうか!」


 両手に拳を作って訴えると、ライト様は眉根を寄せます。


「仕事中毒すぎるだろ! 君の仕事はお菓子を食べたり寝たり、食べて寝ることだ」

「食べると寝るしかできないじゃないですか! 私はライト様のお役に立ちたいんです! 存在が鬱陶しいとおっしゃるのなら部屋にこもっておきますが……」

「そんなわけないだろ」


 ライト様は否定すると、彼の横に立っている、長めの黒髪に茶色の瞳を持つ、キツネ目の男性に目を向けました。長袖の白シャツ、首元には赤い細いリボン、ダークブラウンのパンツに身を包んだ男性は、私に恭しく頭を下げます。


「奥様、はじめまして。ライト様の側近の1人、シリル・サヨヤシーと申します。シリルとお呼びください」

「ご丁寧にありがとうございます。私はリーシャです。これからよろしくお願いいたしますね」


 シリル様に一礼すると、彼はなぜか困ったような顔になりました。


「シリル、気にするな。彼女は腰が低いんだ。これからもっとワガママな妻にしていかく必要がある」

「ワガママな妻、ですか」


 ライト様の言葉を聞いて、シリル様はますます困惑した様子です。


「とにかく詳しい話はあとでするから、リーシャのお茶とお菓子を用意してくれ」

「承知いたしました」


 シリル様は私を近くにあったソファーに座るように促すと、ベルでメイドを呼んで指示をしてくれました。

 その間、不躾だとはわかっていますが、部屋の中を見回してみると、たくさんの本棚があることに気づきました。表題を確認すると、難しそうなタイトルばかりです。


 それにしてもライト様は、公爵の仕事もして出征したりと忙しそうです。

 出来れば戦争に行ってはほしくないですが、行かれることになった際には私が代わりに頑張らなければなりません。


「君が何を考えているか当てようか」

「え!?」


 ライト様は書類から目を離して言います。


「仕事を頑張らないと、だろ?」

「よ、よくおわかりになりましたね」


 まだ会って一日も経っていないのに、すごいです。ライト様は人の心が読めるのでしょうか。


「読めないからな」

「えっ!」


 びくりと体を震わせると、ライト様は大きく息を吐き書類を机の上に置きました。仕事が終わったのかはわかりませんが、私の向かいに座ると話し始めます。


「俺は心理を読むのが得意なんだ。だから戦場で生き残れている」

「そういうことなのですね。ライト様の場合は心が読めるというよりか、考えが読めるというやつでしょうか」


 納得していると、メイドがサービスワゴンでお茶とお菓子を運んできてくれました。

 黒のローテーブルの上に置かれたケーキスタンドには一口サイズの色々な種類のケーキが載っています。私がケーキに感動しているうちにメイドはお茶を淹れて、執務室から出ていきました。


「君は菓子を食べながら聞いてくれ」

「こ、これを食べても良いんですか?」

「ああ。ゆっくり噛んで食べろよ」

「承知しました!」


 お茶を一口いただいてから、ケーキを小皿に取って食べてみると、柔らかく適度な甘さで美味しくて、幸せな気分になりました。


「君が知りたいのは手紙の内容だろう?」

「そうです」 


 ケーキが美味しくてニコニコしながら頷くと、ライト様は表情を緩めて話し始めます。


「アバホカ陛下からの手紙には、君と俺との結婚を認めない。だから俺に拒否しろと書かれていた」

「なんてことを……」


 アホバ……アバホカ陛下は一体何を考えているのでしょうか!


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