動揺を抑えて、手紙の内容を詳しく聞こうとした時でした。屋敷の扉が開き、メイド服を着た三人の女性が出てきたかと思うと、ライト様に挨拶をしました。
「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」
「旦那様?」
ライト様が眉根を寄せて聞き返すと、閉められた扉がまた開き、中から背筋のピンと伸びた綺麗な白髪を持つ女性が出てきました。テセさんと同じく温和な雰囲気を醸し出している人で、私と目が合うとにこりと微笑んで一礼します。
「ようこそ、奥様。お待ちしておりました。わたくし、メイド長のキヤセワと申します。呼びにくいと言われますので、キヤとお呼びくださいませ。そして、ここにいる三人が主に奥様のお世話をさせていただくメイドたちになります。侍女は後ほど紹介いたしますn」
キヤさんはメイドたちを一人ずつ紹介してくれてから、ライト様に話しかけます。
「旦那様はご結婚なさったのでしょう? 爵位を継がれた時点で、本来ならわたくし共は旦那様とお呼びしなければならないところをライト様とお呼びしていましたからね。奥様が来てくださったのですから、旦那様に呼び名を変えていくことに致しましょう」
「俺が当主なのにキヤが決めるのか」
「ご迷惑でしたか?」
キヤさんは笑っていますが、なんとなく圧を感じます。それはライト様も同じだったようです。
「いや、別にかまわない。リーシャ様、君はそれでいいか?」
「……どうして私に様を付けるようになったのですか」
「いや。考えてみたら、君は国王の婚約者だったじゃないか。だとすると、俺よりも偉いだろ」
「自分の妻に様を付ける人なんていません! ですから、先ほどまでと同じようにリーシャと呼んで下さいませ!」
「じゃあ、君もライトと呼んでくれ」
「名前の呼び方に対等を求めなくても大丈夫です!」
ライト様と一歩も譲らない戦いをしていますと、キヤさんが笑いながら言います。
「会ったばかりで結婚されたというのに、もう喧嘩を始めておられるのですか? 仲が良いことはとても喜ばしいことではありますが、奥様はお疲れでしょうから、お部屋にご案内させていただきますね。お荷物はございますか?」
「馬車の中に乗せてもらっています」
「そうだ! 彼女の荷物が少なすぎる! 普通はもっとあるだろう!?」
ライト様はギロリと私を睨みつけて言いました。馬車の中でもそのことについて、とても怒ってくれていたのですよね。
「必要なものはお兄様が買い揃えてくださったので大丈夫ですよ」
「駄目だ。足りない。結婚祝いに買い物をするぞ」
「か、買い物ですか!?」
「とにかくリーシャ様は早く部屋に行くんだ」
「だからどうして様を付けるんですか! ライト様様って言いますよ!?」
「そんな呼び方をしたら夜中に君の枕元に立つぞ」
「何のためにです!? それに眠っていたらわかりませんよね!?」
枕元に立つというのは見下されるということでしょうか?
「旦那様が嬉しそうでキヤは幸せですよ。さあ奥様、どうぞこちらへ」
キヤさんは微笑むと、メイドたちと一緒に私の自室となる場所に案内してくれました。部屋に入りお茶を淹れてもらったあとは、明るくて可愛らしいメイドたちに、ライト様の話を聞いてみます。
「冷酷公爵だとお聞きしていたのですが、そうでもないのですね」
「そうですね。基本はお優しい方です。怖いのは戦場での姿だと思います」
メイドが言うには、ライト様は戦場では容赦のないことで有名で、冷酷公爵とは元々は敵国の人間が付けたものなのだそうです。
あと、夜中に枕元に立つと言ったのは、戦場で見張りをしてくれていた兵士に声を掛けようとしたら、暗がりだったからか死神と間違えられたことを根に持っているとのことでした。それで私が怖がると思ったんですね。
お茶を飲み終わると、メイドたちは私の体を洗いピンクの花びらが浮かんだバスタブに浸からせ、マッサージをしてくれました。リラックスして幸せな気分になっていると、メイドが話しかけてきます。
「奥様、近いうちにドレスの仕立て屋に来てもらいますが、それまでのお着替えは既製品でもよろしいでしょうか?」
「もちろんです! あの、仕立て屋に来てもらわなくてもかまいませんよ。そんな贅沢はできませんから」
「公爵家の奥様なのですから少しは贅沢なさっても良いと思います」
「そんなものでしょうか」
家族が失踪してからは、お兄様も私も働き詰めで贅沢をする暇なんてありませんでしたし、領民に申し訳なくてドレスがほしいだなんて思ったこともありませんでした。
「旦那様は奥様のために何かしたいのです」
ライト様のお願いなら、妻として聞き入れるべきですよね。それに公爵夫人になったんですから、身だしなみは整えないといけません。そう思った私は、お言葉に甘えることにしたのでした。