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第9話  新妻にとっては不幸の手紙

 アーミテム公爵家は白亜色の壁にレンガ色の屋根の三階建ての洋館で、門を入り玄関に続く一本道の左右には綺麗な庭園が広がっています。門から見て真正面に見えるのが本館で、その左右に別館が一つずつあり1つは使用人の寮に使われてるそうで、もう1つは夜会を開いた時に使うダンスホールや、遠方から来たお客様が宿泊できる部屋があるのだと教えてくれました。


 来客者用の別館は本館とそっくりだけれど、一回り小さい綺麗な2階建ての洋館で使用人の寮は木造2階建ての建物で、ログハウスのような可愛らしい外観のお屋敷です。


 敷地内に入った所で馬車から降り、3つの建物の紹介を終えると、ライト様は馬車に乗り込もうとしました。庭園が見たかったので、距離はありますが歩きたいと告げると、一緒に付き合ってくれました。


「ライト様、私はこれから何をすれば良いのでしょうか」

「ナトマモ陛下が言っておられたようにゆっくりすればいい。君は小さな頃から働き詰めだったんだろう?」

「お気持ちはありがたいのですが、だからこそ働かないと落ち着かなくなると思うんです! 仕事をください!」

「おい。典型的な仕事中毒じゃないか。そんなことを言うのはやめろ。とにかく寝て食べるんだ」

「やめろと言われましても、長年そうやって生きてきたんです。父が領民にかけた迷惑の罪滅ぼしになるかと思ったんです」


 家族が夜逃げをしたせいで、候爵領の人たちはかなり動揺したそうです。その話を思い出すと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


「もう十分だろう」

「え?」

「君はもう十分にやった。これからは君が幸せになることだけ考えればいい」

「それでしたら、ライト様への恩返しをさせてください!」

「なぜ俺に恩返しを?」


 まだギロリと睨まれてしまいました。さすがにまだ慣れないもので、びくりと身体を震わせると、慌てて笑顔を作ろうとします。


「お、怒ってないぞ」


 ものすごく笑顔が引きつっているので、何だかとても申し訳ない気持ちになりました。


「あ、あの、もう大丈夫です」

「……怖がらせてすまない。だけど、俺に恩返しなんてする必要はないだろう?」

「いえ。私みたいなものを嫁にもらってくださるのですから、その恩返しはさせていただかないといけません」

「どうして君はそんなに卑屈になるんだ。悪いのは俺だって言っているだろう」

「ですから、ライト様は悪くないと言っているじゃありませんか」


 二人とも足を止めて、向かい合って話します。


「俺がこんな態度や顔だから、フローレンスは君から婚約者を奪ったんだ」

「奪われても困らない相手でしたから、お気になさらないでください」

「……相手は国王だろう? そんなことを言って良いのか?」

「失言でした。お忘れください」


 深々と頭を下げてお願いすると、ライト様はまた眉根を寄せましたが、すぐにまた引きつった笑みを浮かべて首を横に振ります。


「そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。だから、ここだけの話にしておこう」

「ありがとうございます」


 お互いがトーンダウンしたので、また歩みを再開すると、少しずつ近付いてくる屋敷を見て不安になってきました。


「屋敷の皆さんは私を歓迎してくださるでしょうか」

「それは当たり前だろう。フローレンスのことがあったから、余計に君のことは大事にすると思う」

「ですが、フローレンス様と一緒に住んでおられたわけではないのでしょう?」

「まあな。だが、彼女は何度かこの屋敷に来ているから、使用人たちも顔を合わせたことはある。相性が良くないとぼやいていた。まあ、彼女達もプロだからフローレンスが嫁に来た時には職務を遂行すると言っていたし、気にしなくて大丈夫だ」

「それなら良いのですが……」

「何か嫌なことがあれば遠慮なく言ってくれ」


 冷酷公爵と言われていますが、やはり戦場での姿だけなのかもしれませんね。言動は変わっているところはありますが、私に冷たく当たってきたり殺そうというような素振りは見えませんもの。


 ぎこちない笑顔になっていますが、笑顔を作って私を怖がらせないようにしてくれているところはとても好感が持てます。


 フローレンス様はライト様の何が嫌だったのでしょう?真面目すぎてイラッときてしまったとかでしょうか。とにかく、お世話になる以上、ライト様の妻になったのですから、喜んでもらえるように頑張らなければなりません!


 ……と勢い込んだ時でした。

 屋敷の扉が開かれ、丸い眼鏡をかけた年配の男性が外へ出てきました。黒の執事服を着ているのでバトラーかもしれません。


「おかえりなさいませ、ライト様! 予定の時刻よりも到着が遅れていましたので心配しておりました!」


 背が低くて丸顔の温和そうな男性はそう叫んでから、私に恭しく頭を下げます。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくしはこの家の執事、テセマカと申します。よろしければテセとお呼びください。誠心誠意お仕えさせていただこうと思いますので、何かお困りのことがありましたら遠慮なくお申し付けください」

「これからお世話になります、リーシャと申します。よろしくお願いしますね。この家の決まりなど、最初はわからないことばかりだと思いますので、色々と教えてもらえると助かります」

「承知いたしました」


 テセさんは微笑んだあと、ライト様に話しかけます。


「旦那様、メイドが奥様をお部屋にご案内している間に少しお話をさせていただきたいことがあるのですが……」

「どうかしたのか?」

「ええ」


 テセさんが眉尻を下げたので、つい口を挟んでしまいます。


「ご迷惑でなければ、私もお話を聞いてもよろしいですか?」

「奥様、わたくし共に敬語はいりません」

「こういうクセなので気にしないで下さい。私よりも年上の方には敬語が抜けないんです。屋敷の外では使わないようにしますので許していただけると助かります」

「……」


 テセさんが困った顔でライト様を見ると、ライト様は大きく息を吐きます。


「君が望むなら好きなように話せばいい。だけど、ワガママは言うようにしてくれ。我慢はするな。それから、たくさん食べて寝ろ」

「子供じゃないんですから、食べて寝ろはどうかと」

「君はまだ子供だろう! それに細すぎる! 風が吹いたら風船みたいに飛ばされそうだし、俺とぶつかったら骨が折れそうだ」

「そこまで弱くありませんよ! それに私は17歳ですから、アッセルフェナム王国でも成人のはずです!」


 ノルドグレンでは16歳から大人扱いされますし、アッセルフェナムも同じなはずです。ムキになって言い返すと、ライト様はこめかみに指をあてながら言います。


「気分を害したなら申し訳ない。とにかく無理はしないと約束してくれ。それから少なくとも三十日は大人しくして食べて寝ろ」

「仕事はさせてもらえないんですか!?」

「だから、君はゆっくりするという仕事をするんだ!」

「ゆっくりするという、………仕事」


 どんなものなのかと考えていますと、門のほうから馬に乗った騎士がやって来てライト様に報告します。


「ライト様、また手紙が届いたのですがどうすれば良いでしょうか?」

「本当にしつこいな」


 ライト様は呟くと、私に尋ねてきます。


「聞きたいんだが、君はいつか知るかもしれないことを早く聞きたいほうか、それとも知らないまま必要な時に知るほうがいいか、どっちだ?」

「内容によるとは思いますが、どうせなら今教えていただきたいです」

「………そうか。あともう一つ聞きたい。君はノルドグレンに帰って、アバホカ陛下と一緒になりたいか?」

「いいえ!」


 きっぱりと答えると、ライト様は「わかった」と頷き、騎士に言います。


「手紙は受け取らずに、使いに持って帰らせろ」

「承知いたしました」


 騎士が一礼して去っていくのを見送ってから、ライト様に尋ねます。


「一体、何が起きているのですか? 私に関わることなのでしょうか」

「とにかく中に入って話そう。テセ、リーシャを部屋で十分休憩させてから、俺の部屋に連れて来るように侍女やメイドに頼んでくれ」

「承知いたしました」

「見たらわかると思うが丁重に扱えよ」

「もちろんです。こんなに細い令嬢を見るのは初めてです。さぞ、辛い思いをされていたのでしょう」


 テセさんが私を見て悲しそうな表情になりました。


「私は見た目よりも強いですし、壊れ物じゃありませんから大丈夫ですよ。私を気遣ってくださる気持ちはとてもありたいのですが、それよりも先に、ライト様が何を言おうとしていたのか教えていただけませんか?」


 アドレナリンが出ているせいか、今のところ疲れを感じていません。話を聞く元気はありますのでお願いしてみると、ライト様は躊躇う様子を見せつつも口を開きます。


「俺宛に君のことが書かれた手紙が二通届いている」

「二通?」


 考えられるとしたら、一人はお兄様です。お兄様と誰でしょうか。


 見当がつかないので聞き返すと、ライト様は眉根を寄せて答えます。


「1人はアバホカ陛下。そして、もう1人は失踪中ということになっている君の父だ」

「ええっ!?」


 アバホカ陛下はどうせ私の悪口でしょうけど、どうして、今頃になってお父様が関わって来るのでしょうか。


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