両陛下との謁見を終えた私とアーミテム公爵は一緒に謁見の間を出ました。
これからどうすれば良いのかわからず、私よりも頭一つ分背の高いアーミテム公爵を見上げると、無表情で「行くぞ」と言って歩き出しました。
歩幅が違うので、一生懸命早足で追いかけていると、いきなり歩くスピードが遅くなりました。私に気を遣ってくれているのだと思い感謝しながら付いていき、待っていた馬車に乗り込みました。
向かい合って座り馬車が動き出したところで、アーミテム公爵が口を開きます。
「簡単な自己紹介をさせてもらう。今日から君の夫になった、ライト・アーミテムだ。父が二年前に亡くなったので、その時に公爵位を継いだ。聞いているかもしれないが、君の兄上と同じ年だ」
「はじめまして。本日からお世話になります、リーシャ・ノーウィンと申します。2つ年下の17歳になります。不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」
リーシャだけで良いのかもしれませんが、とりあえず旧姓で名乗って頭を下げました。すると、アーミテム公爵も頭を下げます。
「俺のせいで君には多大な迷惑をかけた。髪を丸刈りにしろと言うならそうする」
「はい?」
丸刈りってなんでしょう?
突然の謝罪と丸刈り発言に目を瞬かせていると、アーミテム公爵は頭を上げて言います。
「反省の意を見せるには毛を剃れと教えられてる」
「け、毛を剃るって、せっかく綺麗な髪ですのに、そのままで結構です」
「なら、指を詰めればいいのか?」
「や、やめてください! 私のことを一体何だと思っているのですか!」
恐ろしいことを仰るので思わず強い口調で言うと、アーミテム公爵は私を睨んできました。
うう。
こういうところが冷酷公爵と言われる
びくびくしていると、アーミテム公爵は驚いたように目を見開きました。そして、私から視線を逸らすと眉間に皴を寄せて謝ってきました。
「悪い。怒っているわけじゃないんだ。こういう顔なんだよ。いつも睨んでると思われてしまうんだが睨んでるんじゃない」
「失礼なことを承知で申し上げますが、怒っていなくても目つきが悪いということでしょうか?」
「ああ。考え込むと目を細くしてしまう癖があるんだ。ただでさえ怖い顔をしていると言われているのに、そのせいで余計に怖がられる」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。色々とご苦労されているのですね」
「まあな。赤ん坊なんて俺を見ただけで泣く」
アーミテム公爵は大きなため息を吐きました。
話をしてみると、見た目で誤解されているだけで悪い方ではなさそうです。
私が黙っていると、アーミテム公爵は居住まいを正して、私に向き直ります。
「で? 俺はどうすればいい? 俺にできることなら何でもさせてもらう」
「……では、指を落とすは冗談だったのですか?」
「できれば避けたいができないことはない」
「駄目です! 指を詰めることを出来る範囲にいれないでくださいませ」
「それぐらい君には申し訳ないことをしただろう」
何と言ったらいいのでしょう。アーミテム公爵は気真面目過ぎるような気がします。アバホカ陛下にこの真面目さを分けてほしいくらいです。
「そこまで迷惑だと思っておりませんからお気になさらず! そのかわりお願いがあります」
「なんだ?」
「アーミテム公爵とお呼びするのは長いので、ライト様とお呼びしても良いですか?」
「かまわない」
「ありがとうございます。私のことは『あれ』でも『お前』でも『そこの』でも好きなようにお呼びくださいませ」
「い、いや、普通に名前で呼ばせてもらうよ」
ライト様はドン引きしていますが、私はこんな呼び方をされていましたからね。今までの環境がよっぽど悪かったようです。
「私を気遣っていただけるのはありがたいのですが、ライト様のほうが今回の件でショックを受けられたのではないですか?」
「俺が? どうしてだ?」
不思議そうな顔をするので、おかしなことを言ってしまったかと不安になりながらも答えます。
「あの、フローレンス様が……」
「ああ、浮気されたことを言っているのか。別にショックは受けていない。ただ、首をはねられても良い覚悟で浮気したんだと思っていたんだが、そうじゃなかったことには驚きだったな」
「く、首をはねる? 浮気でですか?」
「悪事なんて、それくらいの覚悟でするもんだろう」
「それくらいの覚悟があっても悪いことはしてはいけません」
強い口調で言ってしまい、まずいと思った私は、慌てて口を押さえました。初っ端から生意気な口をきいて家から追い出されては困ります。機嫌を損ねていないか確認しようと顔色を窺ってみますが、先程と変わらぬ仏頂面のため、どう思っているのか表情を見ただけではまったくわかりません。
黙っていると、ライト様が口を開きます。
「フローレンス嬢の件だが、婚約者や配偶者もしくは恋人がいても誰かを好きになることだってある。それは仕方がないだろう。そうなった時はけじめをつけてから恋愛をするべきだ」
「アホバカ陛下もフローレンス様も婚約を解消してから交際すべきだったとおっしゃりたいんですね?」
「そうだ。というか、君、今、国王の名前を間違えてなかったか?」
「気のせいだと思います」
「そうか?」
ライト様は訝し気な顔をされましたが、私に手を差し出します。
「俺は君のことは書類に書かれてあったことしか知らない。だから色々と教えてくれ」
「承知いたしました。それは私も同じことですので、これからライト様のことを詳しく教えていただけますでしょうか」
手をのせると、ライト様は優しく握って頷きます。
「もちろんだ。俺と一緒になどなりたくなかっただろうし、君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。出来るだけ君が屋敷内で楽に過ごせるように使用人にも伝えておくから、君の望む過ごし方をすればいい」
「そこまでしていただかなくても結構です! 屋敷に置いてくださるだけで十分幸せです! 何かできる仕事がありましたらこき使ってくださいませ!」
「いや、それだけじゃ駄目だろう。悪いのは俺だ」
「ライト様は悪くありません! 悪いのはアホバカ陛下と大変なことをしたと言うのに、呑気にしているフローレンス様です!」
「二人を浮気させるきっかけを作ったのは俺だろう。って、待て。また名前を間違ってないか?」
「ライト様が他言しなければ大丈夫です」
私が答えると、ライト様は手を離し「君は変わった人だな」と言って、少しだけ表情を和らげてくれたのでした。