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第7話   国王の本音 ②

「リーシャは俺の婚約者だって言ってんだろ!」

「な、何をおっしゃっているのですか?」


 あまりの衝撃発言に驚いてしまいましたが、何とか我に返って尋ねると、陛下は私に訴えます。


「お前は俺の婚約者だろ? なんでそう言わないんだよ!」

「もう婚約者ではありません。先日、婚約破棄してくださったじゃないですか」

「だから、それはお前が素直に助けてって言わねぇからだろ!」

「私はこの国のために嫁ぎに行くのですから、助けを求めるつもりはございません。陛下とフローレンス様がせめて清い交際であったなら、ここまで物事は大きくならなかったんです。そのことをお忘れなきようにお願いいたします」


 冷たい口調で言うと、陛下は私の両腕を掴んで言います。


「本当に妊娠なんてさせるつもりはなかったんだよ! 子供を作るなら、お前との子供しか考えていなかったんだ!」

「な、何を言ってらっしゃるんですか?」


 背の高い陛下に見下ろされ、かなりの威圧感を覚えました。恐怖で逃れようとすると、陛下は必死に訴えてきます。


「こんなことになるとは思ってなかったんだよ! そんなにお前は俺が嫌なのか!? 俺はお前がやせ細っていくのが心配で気にかけていたんだぞ!」

「話が飛びすぎて何を言おうとしているのかわかりません!」


 腕を払いたくても、陛下の腕の力が強すぎので無理でした。


 モナさんたちも陛下を止めようとしてくれましたが、陛下は彼女たちに罵声を浴びせるだけで埒が明きません。


 仕方がないので、部屋の外で待機しているシーンウッドに助けを求めます。


「シーンウッド! お願いです! 助けを呼んで来てください!」

「承知しました!」

「……っ! シーンウッド、シーンウッドって! うるせぇんだよ!」


 突然、陛下が激高したかと思うと、腕を離してくれた代わりに私の左頬を平手打ちしました。


「いたっ! 何を」


 頬を押さえて陛下に抗議しようとした時、フローレンス様が視界に入って、私は動きを止めました。

 それはもう嬉しそうな笑みを浮かべて私を見ていたからです。


 人が叩かれて喜ぶなんて最低な女性ですね。


「陛下!! なんてことをなさるんですか!」

「リーシャ、大丈夫!?」


 モナさんたちが悲鳴に近い声を上げて、私の所へ駆け寄ってきてくれました。


「大丈夫ですよ」


 モナさんたちには笑顔を見せましたが、焦った顔をしている陛下には冷たい視線を送ります。すると、陛下はまた怒り始めました。


 陛下は私を心配してくれていたモナさんたちを押しのけて、私を部屋の外に追い出して叫びます。


「勝手にしろや! お前なんて隣国へでもどこへでも行けばいいだろ! どうせこの国に帰ってくることになるだろうけどな!」


 私が言い返す前に、勢いよく扉が閉められたのでした。


 その後、モナさんたちが部屋から出てきて、私の身体を心配してくれました。殴られた頬や掴まれた腕が痛むくらいで大丈夫だと微笑むと、それを聞いた三人は安堵の表情を浮かべます。


「やっぱり、リーシャはここにいてはいけないわ」

「私もそう思います。皆さま、本当にお世話になりました」


 モナさんの言葉に頷きお礼を言うと、三人は私との別れを惜しんでくれました。名残惜しい気持ちはありましたが、また必ず会う約束をして別れました。


 その後はシーンウッドや駆けつけてくれた騎士たち、今まで私を支えてくれた人たちに今までのお礼とお別れの挨拶をしました。

 プレゼントや手紙をたくさんもらって涙が零れそうになりましたが我慢です。


 プレゼントを持って家に帰り、お兄様とは近い内にまた会う約束をし、使用人たちにお礼と別れを告げてから、私はアッセルフェナムに向けて旅立ったのでした。


******


 出発して3日後、私は無事に出国と入国を終えることができました。アッセルフェナム王国の騎士が国境まで迎えに来てくれていたので、ここまで一緒に付いてくれた騎士たちとはお別れです。


「リーシャ様、お元気で」

「ありがとうございます。皆さまもお体にはお気をつけてください」


 寂しい気持ちでいっぱいになりましたが、笑顔で別れを告げ、アッセルフェナムの騎士たちと合流しました。それから3日後の昼に、私は登城することになったのです。


 私の家の事情はアッセルフェナム王国の国王陛下であるナトマモ陛下にも伝わっていて、謁見の際には慰めの言葉をかけてくれました。


 私がこの度のアバホカ陛下の非礼を詫びると、茶色のくせっ毛に同じ色の瞳を持つ大柄な体格で、中年の色気を漂わせるナトマモ陛下は苦笑して首を横に振りました。


「アバホカ殿だけではなく、フローレンスやライトの罪でもあるのだから、お前が気にしなくても良い」

「アーミテム公爵は被害者ではないのですか?」

「ライトも悪いのだ。自分の婚約者を放ったらかしにしておいたのだからな」

「申し訳ございませんでした」


 アーミテム公爵が私の隣で頭を下げました。

 私の旦那様になる予定のライト・アーミテム公爵とは、まだ会話を交わすこともできていません。

 先程、謁見の間で初めて顔を合わせたのですが、ナトマモ陛下の前ですので軽く会釈をし合っただけです。

 現在時点でわかっているのは長身痩躯、艶のある漆黒のストレートの短髪。目にかかる少し長めの前髪で紅色の瞳を持つ色白の吊り目の美形といったたところでしょうか。

 冷酷公爵という噂を聞いているせいか、どこか冷たそうな印象を受けます。


「お前の態度がつれなかったとはいえ、他の男と浮気をしても良いわけではないからな。フローレンスについては相手に婚約者がいると知っていて誘惑しておるし、敵国ではないとはいえノルドグレンの国王だとわかっていてのことだ。ライト、罪滅ぼしではないが、せめてリーシャのことは大事にするように」

「そのつもりでございます」


 黒の軍服を着たアーミテム公爵は、壇上の陛下を見上げて、無表情で答えました。


 本気にしても良いのでしょうか。それとも陛下の前だから、こんなことを言って二人きりになったら嫌なことを言うのでしょうか。


 そんなことを思っていると、陛下に話しかけられます。


「国王の婚約者だというのに、だいぶ痩せ細っているな。アバホカ殿の下で苦労したのだろう。しばらくは仕事はせずにアーミテム公爵家でゆっくりしなさい。今回の件はお前が一番の被害者なのだからな」

「もったいないお言葉をいただき、ありがとうございます」

「お前の身の上を調べたが、今まで苦労してきたようだな。おい、ライト、これ以上負担をかけてやるなよ」

「承知いたしました」


 アーミテム公爵が頷くと、陛下は満足されたのか、近くに控えていた側近を呼び、ペンと書類、そして小さな机を私たちの前に持ってこさせました。


「アバホカ殿が何か言ってこないうちに、婚姻を済ませてしまうんだ」


 陛下に促された私とアーミテム公爵は、躊躇しつつも婚姻を承諾する書類にサインをしました。その後、両陛下が私たちの結婚の保証人になってくださり、婚姻が認められ私とアーミテム公爵は夫婦になったのです。


 なんといいますか、とても呆気ないものですね。たった今、私は会って間もない人の妻になったのでした。



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