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第4話  国王からの婚約破棄 ① 

 一心不乱に仕事をしていると、窓の外はいつの間にか暗くなっていました。どっと疲れを感じましたが、まだまだ仕事は残っています。時間を気にせずに頑張っていると、シーンウッドや文官たちがやって来て「お願いですから、帰って眠ってください」と言われてしまいました。私がいると彼らも帰りづらいのかもしれません。皆に詫びてから、今日は帰ることにしました。


 この国は治安が良く、夜中であっても女性が1人で歩けるほどです。まだ私は国王陛下の婚約者という立場ですから、行き帰りは騎士が馬車を護衛してくれるのでより安全です。


 この時間に騎士に送ってもらうのは気は引けますが、お兄様に今日のことを伝えなくてはならないため、寮に泊まることはやめておきました。

 抑えられなかった欠伸をしながら、屋敷のポーチに降り立つと、目の前の扉が開き、お兄様が中から飛び出してきました。

 私と同じ色の髪と瞳を持つお兄様は、整った顔を歪めて駆け寄ってきます。


「リーシャ! 遅かったじゃないか! 遅くなるという連絡もないから心配したんだぞ!」

「申し訳ございません。仕事に夢中になっていて、連絡するのを忘れていました」


 普段は遅くなる時は一報を入れていますが、それどころではなかったのですよね。


「あの、お兄様、もしかして今まで待ってくれていたのですか?」

「気になっていたとはいえ、僕も仕事をしていたから待っていたとは言い難い。だけど、リーシャを出迎えようと思っていたのは確かだ。どうせ君のことだから何も食べてないんだろう? こんな時間だから胃に優しい食べ物を用意させようか?」

「そう言われてみれば、朝食をとったきり何も食べていません」


 お腹が減っていてもピークがすぎると、気にならなくなるものですね。


 苦笑すると、お兄様は眉尻を下げて私に尋ねます。


「昼も食べていないのか? ちゃんと食べないと駄目だ。あと」

「アバホカ陛下の件ですわよね? 私が隣国に嫁がなければいけなくなったことはご存知ですか?」

「聞いているよ。こんなことを言ったら不敬かもしれないが最低な男だな。どうしてあんな男を国王のままにしておくんだろう。クーデターが起こらない理由がわからない。代わりがいないからか?」


 お兄様は侯爵家の仕事で忙しく、内政の実情にはあまり詳しくありません。訝しげなお兄様に説明します。


「クーデターが起こらない理由の一つは、国民は今のままでも幸せだからです。トップが変われば、今の制度が変わってしまうかもしれないでしょう? 新しい国王が医療や学費を無料にしている制度を無くすと言い出す可能性もないとは言い切れません」

「国王が最低な奴であろうが、自分たちの生活が脅かされなければそれで良いということか」

「それに反王家派だとわかると暗殺される可能性も出てきますからね」


 今まではよほどの法案であれば、政務官たちが相談しに来てくれたので止めることができていましたが、私がいなくなると別です。


「常識のある人間が官僚に少なくなりますから、この国はどうなるかわかりません」


 私というストッパー、もしくは尻拭いをする人間がいなくなれば、最初に困るのは役職の低い人たちです。


 その人たちにはシークウッドから体を壊さない内に辞めるようにと連絡をしてくれるでしょう。そして、その人たちが仕事を辞めてからが大変です。


 今まで部下に仕事を任せきりで遊んでいた人たちが、どこまで出来るかという話になってきます。


 官僚にも優秀な人が多少はいますが、ほとんどの人間が仕事をせずに楽ばかりしてきた人達ばかりですし、仕事がまわるとは思えません。


「厄介なことになったな」

「はい。お兄様はどうされるおつもりですか?」

「雲行きが怪しくなってきたら隣国に行くつもりだけど、領民を見捨てるような形になってはいけないから、しっかり段取りしていくよ」

「お待ちしておりますわ。といっても、アーミテム公爵とうまくいかなければ、私がお兄様に泣きつくことになるかもしれませんけど」

「一応確認するけど、アーミテム公爵ってライト様のことだよな?」

「お兄様はアーミテム公爵をご存知なのですか?」


 屋敷の中に入り、お兄様は執事に私の食事の用意をするように指示してくれたあと、私の質問に答えてくれます。


「交換留学で僕の通ってた学園に来ていたんだ。しかも僕と同じクラスだったから何度か話をしたことがあるんだよ。絶対とは言えないが、悪い人ではないと思う」

「でも冷酷公爵と言われていますよ」

「冷酷公爵? そんな人じゃないと思うんだがなあ。まあ、僕と彼が話をしたのは5年くらい前の話だから、人が変わってしまった可能性もある。戦場は人を変えるって言うからな」

「良い人であることを祈りますわ」

「僕もアーミテム公爵に書簡を送っておく。僕のことを覚えていなくても義兄になる人からの手紙だから、目は通してくれるだろう」


 話しながらダイニングルームに着くと、すでに温かなスープが用意されていました。十数時間ぶりの食事をとり、胃が満たされると一気に眠気が襲ってきました。お兄様と必要なことを話し終えてから、4時間ほど仮眠をとった私は、まずは陛下との婚約破棄を成立させるための書類を作るために登城することにしました。


 婚約解消もしくは婚約破棄をしていただかないと嫁にいけませんからね。



******


 登城すると、私宛の手紙がアッセルフェナム王国の国王陛下から届いており、嫁ぐ準備ができたら連絡がほしいと書かれていました。

 やはり、嫁がないといけないのは確かですね。思った以上に友好的にも感じられる内容でしたので、私は胸を撫でおろしたあと、婚約を破棄するための書類を作りました。


「は? リーシャが来ているだって?」


 書類を作り終えて陛下の部屋に伺うと、彼はご機嫌斜めのようで、メイドに鬱陶しそうに答える声が扉の向こうから聞こえてきました。


 部屋の中に入る許可が下りたので、一礼して足を踏み入れると、陛下は上半身裸の状態でベッドの上にいました。下半身は白いシーツで隠されているため、どんな状態かはわかりませんが、なんとなくわかるので、陛下から目を背けました。彼の隣には茶色のブランケットで身体を隠した見知らぬ女性が横になっています。


 愛人たちとは違う女性で、私がまだお会いしたことがない人のようです。もしかして、この方がフローレンス様でしょうか。


 ああ、今はそんなことよりも婚約を破棄してもらうための書類にサインをもらわなければなりません。陛下はニヤニヤしながら話しかけてきます。


「こんな朝早くから何しに来た? もしかして、俺に助けを求めに来たのか?」

「そういうわけではありません。昨日、陛下は私との婚約を破棄すると言っておられましたよね。そのために来ました」

「は? リーシャ、マジで言ってんの? 本当に行くつもりなのか?」


 陛下は驚いた顔をして私に尋ねたのでした。


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