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第3話  自分のことしか考えていない国王 ②

 睨みつけていたからか、陛下は鼻を鳴らして言います。


「もういい。そんなに無能だとわかっていれば、もっと早くにフローレンスに仕事をやらせていたのに、本当にお前は役に立たないな!」

「相談しても聞いてくれない上に、遊び呆けていたのはどこのどなたですか!」

「うるさい! お前はとっとと隣国に行く用意をしろ! あーあ。着ている服も酷いもんだな。おい、嫁入りする時はまともなドレスを着ていけよ? お前はは国のために嫁に行くんだから餞別にドレスくらいくれてやるよ」


 陛下はインクの汚れが所々にある水色のワンピースドレスを着ている私を笑いながら指差したあと、背を向けて歩き出しました。


 わざわざ高価なドレスを仕事場で着るような人間じゃないんですよ!


「アバホカ陛下! このまま、他人を思いやる心もなく自分本意な生き方をしていれば、あなたはいつか後悔することになりますよ!」


 陛下は足を止め、私に体を向けて答えます。


「はあ? 俺が後悔なんてするわけねぇじゃん。バッカじゃね?」

「……そうですね」


 あなたに思いやりの心を求めた私が馬鹿でした!


「あー、ったく、もういい! 仕事も出来ない上に若いのに肌も髪もボロボロで女らしさの欠片もない女なんていらねぇわ。早く出てけ」

「言われなくてもそうさせていただきます」

「そう強がるなよ。まあ、すぐに帰ってきてもいいけど、処女を捨てるまでは帰ってくんなよ」


 陛下はそこで言葉を止めて、私が何か言うのを待っていたようですが、無言で睨むだけにしました。すると、陛下はまた話し始めます。


「どうしても嫁に行きたくないって言うんなら、この俺に土下座して謝るなら許してやらんでもない。何回も言ってっけど、相手は冷酷公爵として有名なライト・アーミテム公爵だってさ。フローレンスに聞いたら彼は人殺しらしいぜ。せいぜい殺されないようにな。謝るなら今のうちだぜ?」


 ぎゃははははと、下品な笑い声を響かせながら、陛下は今度こそ部屋を出ていきました。


 さっきから、フローレンスという名前が出ていましたが、知らない名前です。陛下の新しい側近か何かでしょうか。


 しばらくの沈黙のあと、シーンウッドが恐る恐るといった様子で話しかけてきます。


「リーシャ様、本当に行ってしまわれるのですか?」

「ごめんなさいね、シーンウッド。陛下の望み通り、私はアーミテム公爵の元に嫁ぎます。こんなことを言っては駄目なんでしょうけれど、陛下と結婚するよりかはマシだと思うんです。それにこれはアホバカ陛下一人が決めたものではありません」

「アホバカ?」

「失礼しました、アバホカ陛下です」


 アホという言葉は遠い異国の地で使われている言葉で、この国ではあまり知られていない言葉です。シーンウッドが言葉の意味を知らなくてもおかしくありません。


「ですが、たとえ公爵といえども相手は人殺しなんですよね? そんな危険な人のところに嫁にいくだなんて心配ですよ」

「アーミテム公爵は戦で何度か勲章をもらっている方だと聞いたことがあります。戦で人を殺めたことはあるでしょう。そのことで人殺しだと言われているのかもしれません」

「そういうことなら……」


 人を殺めることはやって良いことではありません。ですが、兵士が兵士を殺すのは戦争であれば当たり前のことであり、一般人を殺すのとはまた違います。


 アーミテム公爵だって、きっとそんなことをしたくなかったけれど、国のために仕方がなかったのだと思いたいです。


「ライト・アーミテム公爵が良い人だといいのですが……」


 呟いてから我に返り、シーンウッドに指示をします。


「隣国の国王陛下とアーミテム公爵にお詫びの書状と私が嫁ぐことを伝える書状の手配をお願いします」

「承知いたしました」

「私は今抱えている大きな案件だけ済ませてしまいます。あとは、フローレンスという方に任せましょう」

「その方は仕事の出来る方なんでしょうか? フローレンス様は陛下が身ごもらせてしまった女性の名と同じなのです」

「そういうことですか」


 だから、アーミテム公爵のことを悪く言っていたのね。


「アバホカ陛下に引っかかるような女性ですから、仕事についてはあまり期待しないほうが良いかもしれません。といいますか、隣国の女性に仕事を任せるだなんて何を考えているのでしょう。彼女を帰化させるおつもりなんでしょうか」


 そこまで言ったところで、ある考えが浮かび、ため息を吐きます。


 陛下のことですもの。何も考えていらっしゃらないんでしょうね。フローレンス様が隣国のスパイでなければ良いのですが……、というか、あの方は妊婦に仕事を押し付ける気でしょうか。信じられませんね。


「リーシャ様がいなくなるなんて聞いたら文官たちが泣きますよ。リーシャ様が頑張ってくれたおかげで辛い職務でも何とか耐えてきた者たちがたくさんいるんです」

「ごめんなさいね。無責任なことを言うようだけれど、あなたも他の皆もどうしても辛くなったら、この仕事を辞めても良いと思うわ。国民だって馬鹿じゃないはずです。この国が危ないと思えば他国に逃げていくでしょうから、あなたたちももしもの時は国を捨てる準備をしておいたほうが良いでしょう」


 ノルドグレン王国は資源が豊富で他国に輸出して栄えている国です。給与から差し引く所得税は高めの税率が設定されていますが、ノルドグレン王国の国民にのみ学費や医療費は全て無料など福利厚生を手厚くし、国民かは大きな不満が出ないようにしてきました。移民には固定資産などの税金の徴収はありますが、自国民にはありません。


 税収がありますから、私がいなくなったからといって、すぐに国民の生活水準がどうこうなることはないでしょう。危ないと感じたら、さすがに官僚たちが動いてくれるはずです。というか、動いてくれないと困ります。

 国の行く末が気にならないといえば嘘になりますが、王命なのですからどうしようもありません。


「今日は徹夜になりそうです」


 シーンウッドが部屋から出ていくのを見送ったあと、私はやりかけていた仕事にとりかかることにしたのでした。


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