「おいおい、リーシャ、そんなカリカリしなくてもいいだろ。カルシウムが足りてないんじゃないか? 顔も前より不細工になってるぞ。ちゃんと寝て食ってんのか?」
不細工と言われたことを気にしている暇などありません。私はヘラヘラしているアバホカ陛下に冷静に尋ねます。
「一体、何があったのですか」
「そうだな。話が長くなるけど聞くか?」
「お願いします」
私が頷くと、陛下は近くのソファに腰を下ろし、上機嫌で話してくれた内容はふざけたものでした。
陛下が公務で隣国に行った際、パーティー会場で知り合った女性と意気投合し、その日の夜に体の関係を持ったのだそうです。それで終わっただけでなく、体の相性が良かったという理由で国に帰ってからも会う約束をしたそうです。別れ際に次に会う日時と場所を決め、二人はこの半年の内に、何度も体の関係を結んだとのことでした。
今回公になった理由は相手の女性が陛下の子供を身ごもってしまったからだと聞いた時は、目の前が真っ暗になりました。
「相手の女性の素性を確認しなかったのですか?」
「貴族だとは知っていた。隣国の王家主催のパーティーに来ていたからな。遊び相手にはそれで十分だろう」
「何を考えているのですか! あなたは国王なのですよ! その自覚をお持ちください!」
「自覚ってどうやって持つんだ? 重いのか?」
人を馬鹿にしすぎです! ああでも、苛立ちを見せれば陛下は喜ぶだけですから、ここは落ち着かなくては。
それにしても陛下の側近は三人いるはずですのに、一体何をしていたのでしょうか! 誰一人陛下を止めないだけでなく、相手の素性も調べないなんて信じられません! 職務怠慢にも程があります。相手は隣国の貴族なのですから、スパイだったとしてもおかしくありません。
黙って聞いていたシーンウッドが陛下に話しかけます。
「あの、発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか」
「良いぞ」
「あの、避妊はされていなかったのでしょうか」
問題はそこではない気がしますが、愛人の方たちから子供が出来たという報告は聞いていませんし、どうして彼女だけ? と疑問に思う気持ちはわからなくもありません。でも、あまりにも直接的な質問すぎますよね。
「シーンウッド失礼ですよ」
「も、申し訳ございません!」
私が窘めると、シーンウッドは慌てて頭を下げました。
「いや、気にするな。疑問に思う気持ちも理解できる」
陛下は失礼な質問に気分を害した様子もなく、顎に手を当てて考えながら答えます。
「俺は避妊してたつもりだったんだけどな。あ、もしかしたら妊娠なんて嘘かもな。冷酷公爵の嫁に行きたくないだけかもしれない」
「……冷酷公爵?」
眉根を寄せて聞き返すと、陛下は頷きます。
「ああ。リーシャが嫁ぐ予定の男はそう噂されてんだ」
公爵なんてものは多少の冷酷さは必要でしょう。と返そうかと思いましたが、それよりも聞かなければならないことがあります。
「どうして私がその方の元に嫁がなければならないのでしょうか?」
「いやあ! ほんと悪い! 反省してるって! 俺のためだと思って嫁にいってきてくれよ。どうせすぐ離婚すんだろ? 離婚したらまた俺の所に戻ってきたらいいからさ」
「……ですから、どうして私が嫁がなくてはならないのか聞いているのですが!?」
はぐらかしているのかわかりませんが、質問の答えを返してくれないので声を荒らげると、陛下は不思議そうに首を傾げました。
「なんで分からないんだ? どうした、リーシャ。ショックで頭がおかしくなってんのか?」
「おかしいのはあなたですよ! 私がどうしてあなたの責任を取らないといけないんですか!? 婚約者というだけで結婚したわけではないんですよ!」
陛下は頭をかきながら苦笑します。
「いやあ、向こうの国王がカンカンなんだよ。彼女の婚約者の冷酷公爵はさ、国王の親戚だったんだよ。しかも特に可愛がってた甥っ子だったみたいでさ。俺と仲良くなったその娘はお前にやるから代わりの者をよこせって言うんだよ。高位の貴族か王族、もしくは素性の分かる娘を出せって言うんだ。そうなった時に思い浮かぶのはリーシャしかいないだろ?」
「私は侯爵の妹なだけで、侯爵令嬢ではありませんよ?」
「俺の婚約者でもある! だから認めてくれるってさ! あ、言い忘れてたな。向こうとは話もついてっから心配すんな!」
「何ですって!?」
驚きのあまり乱暴な口調で叫ぶと、陛下はにやりと笑いました。
「いやあ、俺だってリーシャと結婚するつもりはあったんだけどさ。お前は処女だろ? 処女は面倒だと思ってたんだ。冷酷公爵は逆にそっちがご希望らしいから、初夜を迎えてから捨てられて来いよ」
「自分が何を言っているのか理解しておられますか?」
「してるつもりだけどなあ」
絶対に理解できていませんよね!
私が言い返す前に、陛下は私を睨んで言います。
「言っておくがこれは王命だからな。あ、そのために、とりあえず俺から婚約破棄してやるから安心しろ」
「国王としての危機感はないんですか? あなたは隣国の国王陛下を怒らせたんですよ。国民を危険に晒すような行為をされたということを自覚してください!」
「そんなに怒らなくてもいいだろ。相手は国王かもしれねぇけど、俺も国王だ! だから何をしても良い!」
国王は何でもして良いだなんて、本気で思っている人がいたなんて!
「そんな訳がないでしょう! 大体、私がいなくなったら、私が今やっている仕事は誰がやるのですか!」
「仕事はできるる分だけやって嫁にいってくれたらいい。んで、すぐに帰ってこいよ。傷付いた心も仕事をすれば忘れられるって!」
陛下はソファから立ち上がり、私に近づいてきたかと思うと、バシバシと私の背中を叩いて顔を覗き込みます。
「おい。リーシャ、肌も髪もひどいもんだな。ちゃんと寝てるのか? 風呂とかも入ってんの? そこまで仕事をしないと駄目だなんて、本当にお前は仕事が出来ないんだな」
「……はい?」
この時、私の胸に陛下に対して私と兄に全てを押し付けて逃げた家族への憎しみと同じ感情が湧き上がったのでした。