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第1話 反省の色が見えない婚約者

 ノルドグレン王国の侯爵家の次女として生まれた私、リーシャ・ノーウィンは、元々は国王陛下の婚約者になる予定などありませんでした。


 五年前、当時17歳だった姉は、現実味を帯びてきた陛下との結婚を拒み、書き置きを残して両親や私の元婚約者であり、お姉様にとっては恋人である男性と一緒に逃亡してしまいました。


 家の金庫にしまってあった現金や高価な宝石は全て持ち去られており、突発的に夜逃げしたのではなく計画的なものでした。


 両親から私やお兄様宛の手紙が残されていて、内容は私とお兄様を置いていくのは、お兄様には侯爵の爵位を継いでもらいノーウィン家の血筋を絶やさないでほしいから。私の場合は姉の代わりに陛下の婚約者になるようにと書かれてありました。

 そうすれば、王家に迷惑がかからず追っ手が来ないと考えたようです。普通に考えれば、そんなわけがありませんよね。

 ですが、この国ではそれがまかり通ってしまうのです。なぜなら、陛下がバ……、んんっ!

 不敬になってしまいますから、これ以上は言ってはいけませんね。

 陛下が寛大な御心を持っていてくれたおかげで、ディルガ兄様は侯爵の爵位を引き継げましたから感謝しなければなりません。


 ……が、両親や姉を許すかどうかは別問題です。


 両親は姉のことをとても可愛がっていましたが、私のことは嫌っているようでした。


 昔、いわれのないことで怒られていた私をお兄様が庇ってくれたことで、お兄様も両親に疎まれるようになってしまいました。両親は姉が幸せであれば、私やお兄様がどうなっても良いのでしょう。


 目が覚めた時に家族が自分とお兄様を置いて夜逃げしたことを使用人から聞かされた時は、当時12歳の私と14歳のディルガ兄様にはどうすることも出来ませんでした。


 親戚はいましたが、侯爵家の当主が娘が結婚を嫌がるからといって一緒に逃げるだなんてありえないことです。そんな無責任な親戚とは縁を切ると言い、私たちのことも一緒に切り捨てました。


 執事やメイド長などは、お父様たちから話を聞いていたのでしょう。お父様たちが逃げた日の朝には、彼らの部屋はもぬけの殻になっていました。


 屋敷に残っていたのは平民の使用人ばかり。どうしたら良いかわからなかった私は、事情を知った陛下に責任を取れと言われ、置き手紙の通り、姉の代わりに婚約者になったのです。


 先代の国王陛下と王妃陛下は流行病にかかり、今から5年前である現在の陛下が15歳の時に夫婦共に他界されました。それと同時に当時王太子殿下だった、アバホカ陛下が国王になったのです。アバホカ陛下は目も当てられない程に言葉遣いが悪く、女性遊びが大好きな男性で王太子の時も職務よりも女性遊びを優先していました。

 だから、姉も夜逃げしたのでしょうが、人に押し付けるのはどうかと思います。


 姉たちが夜逃げした時は、先代の国王陛下夫妻の葬儀やアバホカ陛下の即位などに追われていて、私が婚約者になることに難色を示しませんでした。それどころか王妃教育をするといって私を城に呼び寄せたのです。


 王族が結婚できる年齢に決まりはありませんが、王族以外の女性が結婚できるのは、ノルドグレン王国では16歳からです。

 現在17歳になった私は、アバホカ陛下と結婚していなければならない年なのですが、私に任された仕事が多すぎてそれどころではありませんし、何より陛下も結婚を望んでいませんでした。


 望まない理由はまだまだ女性遊びがしたいのと、私の見た目が地味過ぎるという理由だそうです。

 私の外見が地味だということに異論はありません。


 艶のあった綺麗な黒髪は今ではすっかり傷んでしまっており、髪の毛を背中に流したままにするとすぐにボサボサになってしまうので、普段はシニヨンにしています。


 アーモンド型の目の下にはクマが出来ており、何とか化粧で誤魔化してはいますが、コケてしまった頬は何ともなりません。

 紺色の瞳にも覇気がなく、最近は幽霊のような自分の顔や痩せ細った自分の体を鏡で見ることも嫌になっています。


 寝る間も食事をする間も惜しんで、時にはお手洗いも限界まで我慢してまで働いています。


 ここまでしなければならない理由は、私が王妃教育中だからだそうです。この国の王妃教育というのは、陛下や宰相、執政官がやらなければいけない仕事を代わりにすることなんだそうです。

 それが嫌なら、姉の責任を取って死で償えと脅されたこともあり、仕事をせざるをえませんでした。

 私が働き始めたことにより、トップが無能で苦労させられていた人たちには、仕事がしやすくなったと感謝されたので、良い点もあったのだと思っています。


 ただ最近は、仕事が山積みすぎて嫁入りするまでに過労死しそうです。泣き言を言って休みを取りたい気持ちは山々ですが、私がやらなければ一緒に頑張ってくれているたくさんの人たちや国民に迷惑がかかってしまいますので、やるしかありません。


 いざとなった時に頼れる強い権限を持った上にまともな思考の人間が、私の周りにはディルガ兄様しかいません。ディルガ兄様にも迷惑はかけたくありませんし、ここは私が我慢するしかないのです。


「リーシャ様! お時間よろしいでしょうか!」


 城内にある執務室で仕事をしていたところ、部屋の外から元気な声が聞こえてきました。


「何でしょう?」

「失礼いたします!」


 返事をすると、乱暴なノックのあとに部屋に入ってきたのは赤茶色のくせ毛の短髪に大きな丸い目を持つシーンウッドです。

 私の身の回りの世話をしてくれている子爵令息の彼は執事服を着た大柄な少年で、時に私のボディーガードにもなってくれています。


 普段は礼儀を重んじる少年なのですが、挨拶もなしに話し始めます。


「大変です! アバホカ陛下がアッセルフェナム王国のアーミテム公爵の婚約者だという女性に手を出したという報告が入ってまいりました!」

「は、はい? 陛下がアッセルフェナム王国の公爵の婚約者に手を出した!?」


 驚いた私がシーンウッドに聞き返した時でした。ノックもなしに扉が開かれ、白のシャツに赤のパンツ、背中には赤いマントを羽織ったまるでヒーローに憧れている子供のような格好をしたアバホカ陛下が部屋に入ってきたのです。


「リーシャに頼みがある!」


 ノルドグレン王国の国王アバホカ・ミリゴウは柔らかな亜麻色の長い髪を後ろで一つにまとめた美男子です。長身痩躯で透き通るような白い肌にピンク色の頬、丸くて大きな目に爽やかな青い瞳を持つ彼は、私という婚約者の他に3人の愛人がいます。


 女性遊びについては私からも何度か注意をさせていただきましたが、相手にもされませんでしたので口にするのはやめました。


 悲しいことに周りの人間は彼の好きなようにさせていれば、自分は何もせずとも甘い汁を吸えることを知っています。そのため彼の行動を咎めることなく、どちらかというともてはやしている感じです。


 陛下の女性好きは他国にも知れ渡っており、外交で他の国に出かけた際には男性を悦ばせる商売をしている女性を彼の寝室に招くことが他国からの歓迎の証になっていました。


 そして、彼もその接待を拒まず喜んで受け入れ、同行していた愛人が怒ると、不敬だと言ってその愛人を部屋から放り出してまで楽しんでいると聞きました。そのせいで愛人が愛想を尽かすことも多々あり、多い時は8人いましたが、現在は3人になっています。


 アバホカ陛下と姉は即位と同時に、本来ならば結婚することになっていましたので、姉が逃げた理由もわからなくはないのですが、妹に押し付けるのもどうかと思います。


 そんな最低な男の妻にならなければならないだなんて可哀想だと思って下さる方が1人でもいれば嬉しいものです。


「何かご用でしょうか」

「悪い! やらかしちまった! 悪いけど、ちょっとアッセルフェナムに嫁にいってくれねぇかな!?」

「は、はい!? な、何を言っていらっしゃるのですか!?」


 にしし、と笑う陛下に聞き返すと、悪びれた様子もなく話し始めます。


「いやぁ、可愛いと思って手を出したら、その子、隣国の公爵の婚約者だったんだよ。やっちまったなあ。恋人はいないなんて言うから手を出したのに、恋人はいないけど親に決められた婚約者はいたんだってさ」


 だってさ、じゃないですよ!


 近くにあった本を陛下に投げつけたくなりましたが、ここは我慢です。


 とりあえず、私は怒りを抑えて詳しい話を聞くことにしたのでした。

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